見出し画像

牛丼屋のおっちゃんがいなくなった話

近所の松屋が無くなった。
正確に言うと10mも離れていない「松のや」に吸収された。
「松屋・松のや」になった。
「松のや」は松屋フーズで松屋と同系列。
主にとんかつを扱っている。

おっちゃんとはろくに話したこともない。
たまにクレーム言うぐらいだった。
年齢といえば定年退職相当で、見た目は役職クラス。だが、それを全て剥奪され、やったこともない飲食業にありついた。そんな感じ満載だった。

名前も知らないからとりあえず「おっちゃん」と呼ぶ。
おっちゃんは耳がイカれているのか、何でもかんでもデカい音を発した。
キャスターで搬送する時。キャスターをたたむ時。
荷物の出し入れ。
置く時。

ぶっ壊すぐらいの勢いで音を出す。
食べている牛丼を吹き出すぐらい。

あまりにうるさいのでクレーム入れたことある。
本人に。
でも直らない。
そんでその時は自分が荷物をキャスターで運んだ。
客なのに。

とにかく遅くて要領が悪い。
おっちゃんが5分掛かる所を30秒で運んだ。
自分が要領良いのではない。
普通で30秒だ。

しかしおっちゃんにも利点はあった。
牛丼の牛肉の盛りが適正だった。
ハズレの牛丼店に共通する特徴として牛肉の盛りが極端に少ない時がある。
居酒屋のお通しかと思われるぐらい少ない。
傾向としては細身のオニーチャン。小柄のオネーチャン。
どういう訳か本当に盛りが少ない。

少ない盛りの特徴として白米が見えている。つまりスカスカ。

自分の考察になるが、これら小柄な人間による「牛肉の盛りの少なさ問題」は本人の「感覚」による所が大きい。
「専用のさじで計っている」と猛抗議された事があったが、どう考えても少ないのである。
つまり、「私はこれぐらいあれば満腹になる」「これ以上盛ったら食べられない」そう思って盛っているのである。

その証拠に、店員がガタイの良いオニーチャン、オッサンだった場合。そしてこの店のおっちゃんも成人男性が適正と思われる肉の量を盛ってくれる。

牛丼店に入ったらまず従業員の体格を確認すること。
小柄か痩せ型の人間がいたらそこはまずハズレと思って間違いない。
無難にハンバーグ定食など、従業員の目分量で量を変えられないメニューを選ぶしかない。

また話がそれた。
おっちゃんに戻そう。
去年の秋あたりからおっちゃんの様子がおかしくなった。
妙に挨拶してきたり、注文していない弁当を渡してきたりした。
注文していない弁当は「先日注文した際、サラダの添付を忘れていましたのでお詫びです・・・・」という事らしい。
注文したこともサラダが付いていなかった事も忘れていた。

ただその時はサラダだけではなく牛丼そのものまで付けて寄こしたのでいささか過剰だと思った。

次は、定食のステーキ肉を信じられないぐらい小さくなった(肉の焼き過ぎ炭化しつつあった)状態で持ってきたので「写真の半分しかない!」とクレーム入れたら、その定食を作り直したはいいが無料にしてきた。おっちゃんが。定食の代金をテーブルに置いて行ってしまったのである。
ちなみに肉を焼いたのは新人のオニーチャン。
大学生ぐらいだったか?
そのオニーチャンは厨房の奥でボーっと見ていて、おっちゃんだけが自分に謝っていた。
無料は困るので改めてスマホで同じ定食を注文した。
最近の松屋はスマホで注文できる。
もちろん支払いも注文した時点で成立する。

おっちゃんに「スマホで今の定食を注文したけど作らなくていいです」と言って立ち去った。

ただ引っかかったのは、おっちゃんが異常にサービス過剰であり、たぶん恐らく他の客にも過剰な対応をしているのではないか?という疑惑。

そしてその疑惑は、おっちゃんが解雇されるのではないかという予感に変わった。

きっとおっちゃんは会社から辞めるよう言われてそうするしかなかった。
でも客にサービスすることで客の支持を得られると思った。
客がおっちゃんの解雇を防いでくれるかもしれないと思ったのだろう。

だが松屋には客が従業員を判定して報告するシステムはない。
どうやっても無理だ。
なぜこういう行動を起こしたのか?
おっちゃんは会社と掛け合ったのか?
まあ掛け合ったとしても無駄だろうが。

そしてその予感は的中した。

松屋が吸収された松のやにおっちゃんの姿は無かった。
と言うか、吸収される少し前からおっちゃんの姿は無かった。

旧松屋があった場所には「マイカリー食堂」が出来つつある。
マイカリー食堂は松屋フーズが展開する新ブランドで、カレーに定評があった松屋が満を持して放つ、カレー専門店だ。
ライバルはココイチだろう。
ココイチは値段がアホみたいに高騰しており、食い込む余地は充分にある。

最近の松屋は勢いが凄い。
およそ2年スパンで新事業を繰り出している。
毎年のように事業計画書を出している感じがする。

これは同業他社の吉野家やすき家の比ではない。

新しい事業を次々と展開するのは結構だと思う。
だがその結果、リニューアルと称して古くからいた人材をクビの対象にするのは違うと思う。

確かにおっちゃんに店長やスーパーバイザーのようなディレクションスキルを求めるのは難しかったかもしれない。
ただ、盛りは適正だったし、若いオニーチャン、オネーチャンが働きたがらない深夜帯も働いていた。新人に比べたら普通に使える人材だった。
おっちゃんのような定年過ぎた人間は次の職を見つけられない。
それを解っているのか?

いや解っていない。
解っていないからこそできるのである。
事業計画書や新メニューのプレゼンをするような人間は大卒の30代~40代の働き盛りだ。自分が主役だと思ってるような人間だ。

自分も30代後半まで考えなかった。
親が先に死ぬということを。
自分一人になるということを。

50過ぎの人生など考えなかったし、考えたくもなかった。
30まで生きれば充分だとさえ思っていた。
だが人生は30過ぎてもまだまだ続くのだ。
平均寿命80歳からしたら30過ぎてからのほうが長い。
あと50年もある。

だがそんな事実は自身が当事者にならないと気づかないのである。

松屋のおっちゃんを平気でクビにした連中。
そいつら、いつか気づくだろうがそん時はもう遅いんだよね。

おっちゃんみたいな人間が生きていけるぐらいの余裕すらこの世界にはないのか?
いや、あって欲しい。そう願うばかりだ。

申し訳ありません。
全ては杞憂でした。
私の思い過ごしでした。
おっちゃんは辞めていませんでした。
元気に働いていました。

松屋グループ最高です。
高齢労働者に優しい企業です。
素晴らしい企業だと思います。
こういう企業がどんどん躍進したらみんなが幸せになれる世界が来ると思えてなりません。

※私が思い込みにより書いた文章はそのまま残します。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?