【1分読書】『いたずら』
『いたずら』
夫を包丁で切りつける。私がそうしても夫は逃げなかった。その時私は夫の対応に怯んで、一瞬切りつけることを迷った。無表情に私を見つめる目に気圧されて、一瞬自分が何故この様な行動をとっているかわからなくなったのだ。それでもその一瞬湧いた感情を蹴散らし私は夫の腕に軽症を負わせた。夫は苦い顔をし、切りつけられた右腕を抑え、その時初めて私から後ずさった。その恐怖を隠しきれない表情が私になんとも言えない気持ちを抱かせた。
「優子」
「私は何も謝らないよ」
シャツからにじみ出た血はしたたって、床にシミを作った。
今日、夫は朝早くから行き先も言わずに外へ出かけていった。病院だろうか。しかし、私は夫の行き先にさほど興味は無かった。私は今日そんなことを理由に会社を休んだ。今日はなんとか自分の気持を抑えようと必死な思いでいる。
私は思い出す。昨日昼寝中、口内に痛みを感じたのを。
「ごめん、ただのいたずらだって」
私は口の中の物を吐き出した。唾液で光る唐辛子を手の上で転がした。
それを思い返して、台所に行きいつもより多めに薬を飲んだ。