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「日本はもうダメ」と言うのが、いかにたやすいか。(『シン・ニホン』刊行に寄せて)

NewsPicksという経済メディアの中で、新書籍レーベル「NewsPicksパブリッシング」を立ち上げて半年弱が経った。

今日、質、量ともにすさまじい大著が出版される。
シン・ニホン』だ。

シン・ニホン_書影_カバー帯_200123

シンプルなタイトルを補足すると、本書は、
目まぐるしく変化する時代の本質を「AI×データ」を軸に見極め(1章)、
日本の現状を見つめ、勝ち筋を見出し(2章)、
「これまで」とまったく異なる「これから」求められる人材像を描き(3章)、
どうその人材を生み出すか、そのために「教育」はどう変わるべきかを論じ(4章)、
いま、この国がいかに未来に賭けられず、過去に縛られているかを示した上で(5章)、
今日、「残すに値する未来」を創るために何をしているのか、著者の現在進行系の挑戦を共有する(6章)
という壮大な試みに挑んだ一冊だ。

もともと様々なオーディエンスに安宅さんが投げ込まれていたプレゼン「シン・ニホン」をすべてひとつなぎにしたこの本は、ビジネスパーソン・親・政治家・教育関係者・公務員まで、すべての人にとって示唆深い。

この本のすごさについてはこれから著者・安宅さんの言葉に突き動かされた多くの読者の方が語ってくださるはずだと思う。
僕は、編集者側から見えた景色を書き残しておきたい。

「手詰まり感」の正体

1年半ほど前。僕は編集者としてモヤモヤを抱えていた。
ビジネス書のほとんどは、「ソリューション」を売っている。
書店のビジネス書コーナーに並ぶ本の多くは、さまざまな手段で「この本で教える手法が、いかに今までのものより効率がよいか」を語る。
でも、本当にそれでいいのだろうか? 
効率を上げればうまくいくのか? 
だとしたらこの日本全体の手詰まり感は何だ?
ソリューション、答えではなく、解くべき問いを変えるべきなんじゃないか。新しい「答え」ではなく、新しい「問い」のありかを発信する、そんな出版社がひとつくらいあっていい。
そう思い、NewsPicksという会社の中で新しい出版レーベルの立ち上げに挑戦することを決めた。

当時はまったく意識していなかったが、「どの課題を解くかこそが大事」というのは安宅和人さんの処女作『イシューからはじめよ』のメインメッセージだ。22歳の頃、入社一年目に読んだ自分の中に残った安宅さんのメッセージが熟成して今の挑戦につながっていると思うと、なんだかとても感慨深い。

新しいレーベルを立ち上げると決めると、「自分が本を世に送り出す上で解きたい課題は何か」を自問自答する機会が増えた。
手詰まり感のある日本の現状を、効率を高めるのではなく問いの立て方を変えることで、少しでもポジティブなものにしたい。
「一人ひとりは頑張っているのに、全体として成果があがらない」状況を著者の知恵と言葉で突破したい、というのが当時の自分なりの答えだった。

日本の現状に立ち向かう。
そう決めたとき真っ先に頭に浮かんだのが安宅さんだった。
安宅さんが「シン・ニホン」というプレゼンをいろんなところで投げ込まれているのは知っていた。でも、正直なところ、お声をかけにいく勇気がなかった。もはや日本中のあらゆる編集者が声をかけているであろうところに行って、自分に何ができるだろうか。

投げ込まれた「問い」

そんなある日、安宅さんのブログが更新された。
タイトルは「風の谷という希望」。
そのブログでは、こんな刺激的な問いが投げかけられていた。

いたるところが限界集落となって古くから人が住んできた集落が捨てられつつある。これは日本だけでなく、ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどでも同じだ。この1-2世紀かけて、世界のどの国も人口は爆増してきたのに、だ。これは世界中のあらゆるところが都市に向かっていているということだが、このままでいいのか。このままでは映画ブレードランナーのように人間が都市にしか住めなくなり、郊外は全て捨てられてしまう未来に刻一刻と向かってしまう。そんな未来を生み出すために僕らは頑張ってきたのか。これが僕らが次の世代に残すべき未来なのか。今、データ×AIだとかそれ以外にも数多くのこれまででは不可能だったことを可能にするテクノロジーが一気に花開いているが、これらはそもそも人間を開放するためにあるのではないのか。これらをうまく使うことによって人間が自然と共に、豊かに生きる未来というのは検討できないのか、そうだ!「風の谷」だ!

ブログを読んで、迷いが消えた。
「都市にしか住めない、そんな未来を生み出すために、僕らは頑張ってきたのか」
「次の世代に残すべき未来は何なのか」
この「問い」を世に投げかけたいという気持ちでは、自分はどの編集者にだって負けてはいない。
そこから安宅さんに会いに行き、「未来が手遅れになる前に書いてほしい」と頼み続けた。
そこからの経緯は、この本のプロデューサーである岩佐さんがnoteに残してくださっている。
結果として、プレゼン「シン・ニホン」から風の谷までをもひとつなぎにする、とんでもない一冊ができることとなった。

この本は、ビジネス・教育・政治・社会保障・地方の自立・高齢化社会……日本のあらゆるイシューに一気通貫でケリをつけ、最後に「残すに値する未来」を語る。
序盤で語られるのは、「いまなぜ日本がこんな立ち位置にいるのか」だ。
この30年間、多くの人が頑張りながら、世界の他国に相対しての日本の豊かさはどんどん失われていった。
その背景には、「AI×データ」により経済のルール、知的生産のルールが変わってしまったことがある。
ルールが変わったことを、前のルールで勝っていた人たちは容易に受け止められない。

日本のいろんな局面で「手詰まり感」が生まれている理由を自分なりに解釈するなら、「ルールが変わったにもかかわらず、以前のルールでうまくいったことをやり続けてきたから」だ。
そして、その事実を貶めるように、「日本はもう終わった」と語る人も多い(自分だって、そう思いそうになることもある)。

怒ることの優しさ

「日本はもう終わった」。
安宅さんほど第一線から世界の現状を見渡す方なら、そんな言葉を口にしても不思議ではない。事実、日本の置かれている現状の厳しさを安宅さんほど正確に見つめている方はいらっしゃらないと思う。
それでも、安宅さんは日本をあきらめない。
「この国は、もう一度立ち上がれる」と、安宅さんは心から信じている(ちなみに、数十の中から最後に残ったこの『シン・ニホン』のメインコピーは、「いちばん安宅さんらしいから」という、ある意味とても感覚的な理由で決めた。それがこの本にとって一番いい気がした)。

安宅さんは、あえて感情的な表現を使えば、怒っている。この国の現状を誰よりもはっきりと見抜く人として、根拠なき楽観論に。代案なき悲観論に。
でも、その怒りは優しさの裏返しでもある。
本当にあきらめない人しか、本気で怒ることはできないからだ。
僕は、編集中に何度も原稿を読みながら、そのたびに安宅さんの愛情深さに驚いた。
なぜ、安宅さんはそれほどまでに優しいのか。なぜ、あきらめようとしないのか。

このまま何もせずにいれば、日本に明るい未来はやってこないだろう。それはわかっている。
このまま何もせずにいれば、隣の部屋ではしゃいでいる2歳の娘に、将来「なんでお父さんはただ黙って眺めていたの?」と責められてしまうだろう。それもわかっている。
それでもなお、未来のために立ち上がるのは難しい。
自分の中の無責任な部分があれこれと言い訳をして、腰を上げるのがおっくうになる。自分なんかにできることはないという無力感に、苛まれそうにもなる。
それでも、もう自分は巻き込まれてしまった。日本がいかに厳しい局面にいるかを知ってしまった。あれほど忙しい中、安宅さんがどれだけの時間を費やし日々学生に向き合っているか、政府に働きかけているかも知ってしまった。その上、安宅さんは毎日夜寝る時間を削って、こんな大著まで書き上げてしまったのだ。

「安宅さんの本を編集できた人なんて、これからも片手で数えるほどだろう。井上くんは、幸せものだ」。
岩佐さんが、ある夜そうおっしゃった。
安宅さんは直接語られないが、これまでも相当な数の執筆依頼が舞い込んでいたはずだ。そんな中、安宅さんはNewsPicksパブリッシングに賭けてくださった。以下、岩佐さんのnoteから引用したい。

NewsPicksパブリッシングは「本で、希望を灯す」をビジョンに掲げた、新鋭の出版社であり、まだ海のものとも山のものともわからない。新星の出版社で若手の気鋭の編集者と組むというのが、いかにも安宅さんらしい。「若い人にチャンスを与える」というのは安宅さんがよく口にする言葉だが、自著の出版に関しても、リスクをとってと言ったら大げさかもしれないが、安パイではなく、未来につながる可能性にかけた。そんな気がしてならない。

僕は、安宅さんから大きな預かりものをした。原稿だけではない。「次の世代に、少しでもマシな未来をつくる」というバトンをだ。
安宅さんは、なぜそんなに頑張れるのか不思議になるほど、多方面に、粘り強く、未来に向けて働きかけている。データサイエンスがこれからどれだけ重要になるかを訴え、活動を積み重ねてきたデータ・サイエンティスト協会の立ち上げメンバーに安宅さんが名を連ねてから、もう6年以上経つ。「風の谷」を含め、その他の活動もここで挙げきることはとてもできない。
多くの人が日本の未来に対してまだ楽観的だった(少なくとも今すぐ何かをしなければいけないとまでは思っていなかった)頃から、安宅さんは、ずっと行動し続けてきたのだ。
自分は安宅さんが築き上げたものをひとつの作品としてまとめ上げる、最後の1ステップをお手伝いさせてもらったにすぎない。

安宅さんに原稿を預けていただいた出版社として、自分はこのバトンを次につなぎたい。
「残すに値する未来」のために本を作り続けることこそ、これからのNewsPicksパブリッシングの使命だ。解くべき問いを与えられた今、僕たちは迷いなく進んでいける。

『シン・ニホン』の出版が決まった最初の打ち合わせで、僕は安宅さんにこうお伝えした。

「安宅さん、僕たちにとって、本を出すことはゴールじゃありません。『シン・ニホン』というコンセプトがこの国に実現するまでの、長いプロジェクトをご一緒したいんです」

今日、『シン・ニホン』という壮大なプロジェクトが始まった。

どうか、みなさんも加わっていただけないだろうか。

最後に、『シン・ニホン』の原稿の中でもとりわけ好きな部分を掲載して終わりたい。



もうそろそろ、人に未来を聞くのはやめよう。
未来は目指し、創るものだ。


【今までNewsPicksパブリッシングから刊行した本】


※↑草思社とのコラボレーション(発行・発売 草思社)

毎月一回、「すぐには役立たないけど10年後に効いてくる本」を紹介するニュースレターを発行しています。





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