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監修後記★屍者の凱旋《異形コレクション》LⅦ (その2)
監修後記の続きです。
1998年。《異形コレクション》第六巻『屍者の行進』と『死霊たちの宴』(上下)が同時刊行された1998年。
1998年は、未来を志向する若いホラー者たちから、ホラーの黄金時代と呼ばれているそうですが、サブカルチャーでの「ゾンビ」も、この頃から目立ってきたように思います。
ハロウィンのゾンビメイク。
ゾンビ議員(小選挙区で落選後、比例代表で復活した議員)などの政治家への比喩。
(実は「ヴァンパイア」なる東欧の不死者の名を英国で有名にしたのも――ジョン・ポリドリの『吸血鬼』より遥かに昔――血税を貪る政治家への風刺記事からでした)
ゲームにおけるゾンビとの攻防。
2000年代に入ってからは、英米の映画での再ブームが起きました。
2002年のゾンビ「風」感染映画ウィルス・パニック映画『28日後…』。
2004年には、ロメロ『ゾンビ』の改変リメイクで、ゾンビの走り出す『ドーン・オブ・ザ・デッド』。
2009年には、英米では、映画『ゾンビランド』や小説『高慢と偏見とゾンビ』などが発表されていきます。
国産の〈屍者〉たちは、少しづつ浸蝕をはじめます。
やはり、メタな角度からの浸蝕を。たとえば……。
■『ラブ@メール』黒史郎(2010 光文社文庫)
一般的なゾンビ小説ではないものの、そのイメージの化身ともいうべき世界が展開します。
これは、《ラブ・フリーク》モチーフの物語と考えるべきでしょうし、作者本人はスティーブン・キング「セル」を意識していると発言していますが、ある意味、映画『28日後…』の暴力(レイジ)ウィルスへのアンチテーゼ――あらゆる意味での――と考えることもできるでしょう。
■『死んだ女は歩かない』牧野修(2010 幻冬舎コミック社)
特異に進化したゾンビ蔓延世界。
医療用ナノマシンの暴走により、男性は生ける屍者に、女性は異能力者に変異した世界でのアクション・ホラー。
牧野修は今回の『屍者の凱旋』でも、まさに異形の骸たちの短篇オムニバス三本立てを描いています。その名も「骸噺三題――死に至らない病の記録」。
■『僕のゾンビライフ』S・G・ブラウン(2011 太田出版)
理性の
あるゾンビになってしまった家族持ちの男。すなわち、一種のアレゴリー。ブラック・ユーモアに満ちた手法で、ゾンビの立場から現代を描くという奇想文学。
この手法は、最近の国産ゾンビにも影響を与えています。
海外でのゾンビ小説を日本に紹介する動きと言えば、こちらも忘れてはならないでしょう。
■「ナイトランド」2013年6月号 特集ゾンビ
現在、「幻想と怪奇」誌の編集室長・牧原勝志さんの編集です。
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■『わざわざゾンビを殺す人間なんていない』小林泰三(2017 一迅社)
ゾンビの増殖する世界での密室殺人事件。ゾンビ×ミステリといえば、前述した山口雅也『生ける屍の死』がありますが、小林泰三の本作はミステリのロジックに加えて、ゾンビに冠するSF的な解釈の追求(後述する科学小説『ソンビ3.0』の領域にも鋭く食い込んでいます)も、ゴアでグロテスクな描写も濃厚に堪能できる作品。
『死者の行進』でSFウェスタン風ネクロ短篇「ジャンク」が話題だった小林泰三ならではの醍醐味があります。
★なお――この年、ミステリの分野で、別の作者によって書かれた、ここに挙げるべき一冊が大きな話題を浚いましたが、プロットの構造上、書名を挙げるのは遠慮しておきましょう。
★さらにいえば――ゾンビモチーフが話題となった『カメラを止めるな』も2017年公開でした。
そして……2019年。
忘れ難い印象を残す作品も書かれます。
■『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ ぼくたちの腐りきった青春に』折輝真透 (2019 集英社)
第四回ジャンプホラー小説大賞金賞受賞作。
近年、最も心に染みついた。ゾンビ化の進行していく大学生の手記。
この世界では変異型白血球によって人間をゾンビ化させる。感染者は時間を掛けて腐敗が進み、最終的に脳を変質させる。ワクチンは開発されているが、感染者は進行を止められない。主人公は、作家F・スコット・フィッツジラルドと自分を重ね合わせながら、それまでの「生」と迫り来る「破局」を考える。彼をとりまく人々とともに。
ホラー・モチーフが書かせた長篇の現代文学。「モダンホラー」という言葉に託されたものの意味も考えさせられる一篇でした。
作者は、こののち、別作品でアガサ・クリスティー大賞も獲得しました。
この翌年のことでした。
2020年。ウィルス、ワクチンなどの言葉が、急速に私たちに深刻な意味をもたらしたのでした。
パンデミック。新型コロナの到来でした。
そして……《異形コレクション》の再開もこの年の11月から始まりました。
《異形コレクション》第49巻『ダーク・ロマンス』。
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このなかの井上雅彦作品「再会」は、自分としてはパンデミック下で書いたゾンビ・モチーフへのメタな視点も込めております。
「ゾンビ・ウィルスはただの風邪」などという流言飛語も鏤めて。
(もちろん、重層的な作品なので、ゾンビのみをサブテーマにしたホラーと主張するつもりはありません。あくまでテーマは《ダーク・ロマンス》です)
■『バイター』五十嵐 貴久 (2020 光文社)
ウイルス感染で血肉を求めるバイター(咬むモノ)化した存在との対決。エンタテイメント性のあるアクション・ホラー。
執筆時は別としても、事実上、パンデミック下で刊行された初の国産「ウィルス感染系ゾンビ」アクションということになるのでしょうか。
(その文庫化刊行が、『屍者の凱旋』編集中のことでした)
国産ゾンビアクションといえば、ドラマ『君と世界が終わる日に』の放送は、この翌年、2021年から始まっています。
一方で、2020年の年末、極めてユニークで優れた「ゾンビ」小説が東京創元社のウェブで発表されました。
■「徒花物語」空木春宵 2020
(『感応グラン=ギニョル』2021 東京創元社)
翌年、上記の短篇集で衝撃的なデビューを果たす空木春宵の中篇です。「花屍」たちは、メタな角度からこの分野に異なる色を添えてくれました。これもまた疫病の時代の物語。
今回の『屍者の凱旋』では、空木春宵は、やはり少女の屍者――遊歩者(フラヌール)たちを登場させてくれました。
さて、感染の時代は続きます。
■『ゾンビ3.0』石川智健(講談社 2022)
これは、コロナ禍で書かれた長篇科学小説。予防感染研究所の女性職員と医学博士たちが、世界各地で起きたホラー映画にも酷似した「ゾンビ化」現象の原因を究明していく。
ゾンビの解剖シーンは、映画『バタリアン』や、前述した竹河聖『そしてゾンビがやってくる』(1987)にも描かれているが、本作は、最先端のゲノム解析、脳科学などの知見、術語、論考が繰り出され、原因を究明していく過程が詳細に描かれている。(読んでみて。不思議なほど納得させられてしまいました。)
紹介文で瀬名秀明が「これは『パラサイト・イヴ2.0』でもある」と書いていることにも言い得て妙。
先端科学の情報から〈ゾンビ〉を考察したものといえば、『屍者の凱旋』では上田早夕里作品「ゾンビはなぜ笑う」が該当します。
そして、2023年、コロナの五類移行という処置がなされ、世間はアフター・コロナ(コロナ明け)のムードが生まれ始めました。もちろん、まだコロナウィルスが全滅したわけではなく、油断はできません。
この不安な時期に発表された短篇に、特異なゾンビものがありました。
■「『アタック・オブ・ザ・キラートマト』を観ながら」
久永実木彦(『わたしたちの怪獣』2023 東京創元社)
短篇集の掉尾を飾る作品。ロメロ監督『ゾンビ』と同じ1978年のホラー映画を観ながらその周囲には……というメタ・ホラー。
作者・久永実木彦は今回の『屍者の凱旋』でも「風に吹かれて」というまったく新しい屍者たちの姿を見せてくれています。
そして、今年――2024年。
いよいよ、『屍者の凱旋』――という編集作業中に、ゾンビ新刊の刊行ニュースがはいってきたというわけです。
実はうれしい驚きでもありました。
『屍者の行進』編集同月に、アメリカのアンソロジー『死霊たちの宴』(上下)刊行が決まったことを思い出したほどでした。
しかも、この近刊は、『屍者の凱旋』とまったく別のアプローチをしていたのです。
■『歴屍物語集成 畏怖』(中央公論社 2024 4月)
これは、歴史小説と屍体ホラーを掛け合わせたオリジナルアンソロジー。
五人の作家(天野純希、西條奈加、澤田瞳子、蝉谷めぐ実、矢野隆)が、実際にあった歴史的事件の裏に怪異があったとしたというIF(=畏怖)の設定で競作している。
しかも、序章と終章(天野純希による枠物語)も、膝を打つような仕掛けです。
これは、オリジナル・アンソロジーでなければできないホラー小説集であり、実に見事。
ところで、歴史ゾンビ小説といえば、時代小説研究家の三田主水さんのサイト「時代伝奇夢中道 主水血笑録」 http://www.jidai-denki.com/ に「ゾンビ時代小説特集」として五回にわたって5作品を紹介しています。(2010のアップロード)。これは、三田さんのゾンビ論としても滋養のある読み物です。
紹介されている作品は以下の通り。
■都筑道夫『信州魔方陣』(1981)、
■菊地秀行『魔剣士 妖太閤篇』(2004)
■火坂雅志『関ヶ原幻魔帖』(2005)
■加納一郎『あやかし同心 死霊狩り』(2008)
■菊地秀行『幕末屍軍団』(2010)
(2000~2010年代のゾンビ小説を振り返る意味もありますね)
★三田主水さんの「ゾンビ時代小説」研究はnoteにて、まとめ記事がUPされておりました。ココログ記事以後の補増版としてさらに多くのゾンビ時代小説が紹介されていて、時代小説、歴史小説のゾンビについては、最も詳しい資料だと思います。
さて、もう一冊の最新作。
■『はじめてのゾンビ生活』(2024 5月 電撃文庫 KADOKAWA)
タイトルからは『僕のゾンビライフ』などを連想するが、これはまったく異なるタイプの小説。 驚くなかれ第一章は26世紀という遠未来。ここでいうゾンビは、一種の新人類。意識もあり、別の身体に移行していくというもの。ブラッドベリ『火星年代記』のスタイル――ショートショート(全53話+年表など)を集めた年代記で、21世紀からはじまるゾンビの未来年代記(旧人類の絶滅年代記)となっている。ホラーの怖さとは異なるが、現行人類について考えれば、壮大なブラック・ユーモアでもあり、悪夢ともいえるでしょう。作者はこれがデビュー作とのこと。
さらにもう一冊。
これは小説ではなく文化論ですが、実に興味深いのでご紹介しておきます。
■『ゾンビの美学 植民地主義 ジェンダー ポスト・ヒューマン』福田安佐子 (2024年 3月 人文書院)
これは、歴代のゾンビ映画から、文化、時代、社会、人間のありようを探り、読み取っていこうとする論考です。
『屍者の凱旋』の各作品も、やがて、文化論や哲学の対象になっていくのかもしれません。
そういえば……《異形コレクション》には、かつて、哲学用語を題材にした作品も収録していたことを思い出しました。
★「俺たちの冥福」八杉将司(2007)
《異形コレクション》第38巻『心霊理論』初出
これは〈幽霊〉の物語だけれども、哲学における概念「哲学的ゾンビ」が物語の鍵となっています。
『八杉将司短編集 ハルシネーション』(SF ユースティティア)2023 に収録されています。
「哲学的ゾンビ」というのは、哲学者デイヴィッド・チャーマーズが、1990年代に発表した概念。唯物論に疑問を呈するための思考実験で、もしも、「現象的意識(脳科学でいうクオリア)を持たない人間」(これを「哲学的ゾンビ」と呼んだ)がいたとしたら、人間とどうちがうのか……といった命題で、自分の「心」を追求する哲学。
「ゾンビ」という「概念」が、哲学にまで使われるようになったのも、《異形コレクション》の生まれた1990年代だった……というのは興味深いのです。
などなど、編集後記にしてはとりとめのないものになってしまいましたが、『屍者の凱旋』を愉しまれるためのご参考までに。
あらためまして。
《異形コレクション》最新刊『屍者の凱旋』、どうぞよろしくお願いいたします。