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東京地判令和6年8月27日 美容クリニック批判投稿事件(引用、氏名表示権)

 令和5年(ワ)第70648号

主文

1 原告と被告との間の東京地方裁判所令和5年(発チ)第10045号発信者情報開示命令申立事件について、同裁判所が令和5年10月4日にした決定を認可する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

概要

  • 原告(美容クリニックの恵比寿院の院長)は、自身の制作・公開した動画に関連する著作権(複製権・公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)並びに実演家人格権(氏名表示権)が、被告が運営するX(旧Twitter)上の匿名投稿者による投稿で侵害されたと主張。

  • 原告は、損害賠償請求に必要な発信者情報の開示を求めて、プロバイダ責任制限法に基づき東京地裁へ申立てを行ったが却下された。これを不服として本件訴訟を提起。

  • 裁判所は、原告の主張する著作権及び著作者人格権侵害は認められず、発信者情報開示の必要性も否定されるから、原決定(申立却下)は妥当であり、これを維持すべきと判断。

事実関係

  • 原告は、原告自身による患者に対する術前カウンセリング、施術、術後の様子、術後の経過等を撮影し、これを一連のストーリー仕立てにした本件動画(約8分)を作成。原告は、原告が開設する「◯◯◯◯◯/医師「美容皮膚科」」と題するYouTubeチャンネル(「原告チャンネル」)において、本件動画を公開。

  • 氏名不詳者は、原告チャンネルにおいて公開されていた本件動画から画像3枚を切り出し、これらの画像と共に「バッカル除去手術でも帽子は被らない」「ヒアルロン酸はもちろん髪の毛を垂らしたまま施術を行う」等と記載された本件記事を投稿(「本件投稿」)。これらの画像の左上隅には、原告の氏名の表示(「本件表示」)が付されていた。
    ※ バッカルファット除去手術:頬の内側にある脂肪を取り除く施術

  • 本件投稿により表示される画像のうち2枚(「本件他の画像」)は、これを閲覧する者において、本件表示が付されている様子を見ることができるようになっているものの、1枚は、Xの仕様である機械的な処理により、左部及び右部がトリミング(切除)された形となっているため、本件表示を見ることができなくなっている(「本件画像」)。

裁判所の判断

争点1:著作権侵害の成否(引用の成否)

→ 肯定

引用の要件

著作権法32条1項・・・所定の適法な引用といえるためには、①引用された著作物が公表されたものであること、②公正な慣行に合致したものであること、③報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われたものであることが必要であるから、以下、当該各要件について、順次検討する。

① 引用された著作物が公表されたものであること
→ 肯定

② 公正な慣行に合致したものであることについて
→ 肯定

a 原告は、SNSにおいてインターネット上に公開されている著作物を引用するに当たり、これが著作権法32条1項所定の公正な慣行に合致したものというためには、少なくとも当該著作物に係るURLを明示して出所を表示することが必要であると主張する。
 しかし、原告が主張する方法により出所を表示することがSNSにおいてインターネット上に公開されている著作物を引用するに当たっての公正な慣行であると認めるに足りる証拠はないから、原告の上記主張は前提を欠くものである。
b 仮に、引用する著作物の出所を表示することが公正な慣行に合致したものであると判断される上での重要な要素になるとしても、本件投稿においては、本件記事の本文に施術「の様子をYouTube にアップ。」と記載されると共に、本件元画像及び本件他の画像の合計3枚の画像が一体のものとして投稿されている一方、本件元画像の左部及び右部がトリミングされた形で表示される本件画像が本件他の画像とは異なる動画から切り出されたものであることをうかがわせる記載等がないと認められること(前提事実(3)、甲1の1)からすると、本件記事を閲覧した者は、これらの画像はいずれもYouTubeにアップロードされた一つの動画から切り出されたものと理解するのが通常というべきである。そして、本件他の画像には原告の氏名を含む本件表示が付されている上、「バッカルファット除去」と施術の名称が記載されていると認められること(甲1の1)、本件記事の本文に「BⅢ」と記載されていること(前提事実(3)。別紙投稿目録参照)にかんがみれば、本件投稿を閲覧した者は、原告チャンネル、ひいては原告チャンネルにおいて公開されている本件動画を特定することが十分に可能と考えられるから、本件投稿に当たり、本件元画像及び本件画像の出所が表示されていないと断ずることもできない。
c 以上によれば、本件投稿における本件元画像及び本件画像の利用が、公正な慣行に合致したものでないとは認められない。

③ 報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われたものであることについて
→ 肯定

 前提事実(3)(別紙投稿目録参照)により認められる本件記事の本文の内容に照らせば、本件氏名不詳者は、本件記事において、本件動画の中で原告がバッカルファット除去及びヒアルロン酸注入の各施術を行う際に帽子を着用していないことを指摘していると認められるから、これは原告の施術を批評するものといえる。
 そして、本件記事を閲覧する者に対し、上記指摘に係る事実が存在することを示し、当該指摘の当否を検討してもらうためには、本件動画のうち、そのような場面を示す画像を示すのが簡便かつ確実であるといえるから、本件記事に本件元画像を添付する必要がないとは認められない。そして、本件動画は長さが約8分に及ぶものであるところ、本件記事において利用された本件元画像並びにその左部及び右部がトリミングされた形で表示される本件画像は、まさにヒアルロン酸注入施術に係るもので、かつ、1画像にとどまるから、利用した画像の数量やその態様が相当でないとも認められない。
 このほか、本件証拠上、本件投稿が、人身攻撃に及ぶとか、殊更に原告及び原告クリニックの営業を妨害するなど、正当な批評の域を逸脱しているものと認めることもできないことを考慮すると、本件投稿における本件元画像の利用が、引用の目的上正当な範囲内で行われたものでないとは認められないというべきである。

争点2:氏名表示権侵害の成否

→ 否定

ア 前提事実(3)のとおり、本件元画像の左上隅には本件表示が付されていたものの、本件サービスの機械的な処理により、本件画像は、左部及び右部がトリミングされた形となっており、これを閲覧する者において、直ちに本件表示を見ることができなくなっている。
イ そこで、前記アの事実をもって本件動画に係る原告の著作者人格権(氏名表示権)及び本件動画に録画された実演に係る原告の実演家人格権(氏名表示権)が侵害されたといえるか否かについて検討する。
 まず、著作権法19条1項は、「著作権者は、…その著作物の公衆への提供」又は「提示に際し、その実名…を著作者名として表示…する権利を有する」と規定しているものの、同法は、その具体的な態様について、特段規定していない。実演家の氏名表示権についても同様である(同法90条の2参照)。
 前記(1)イ(ウ)bのとおり、前提事実(3)及び証拠(甲1の1)によれば、本件投稿においては、本件記事に、施術「の様子をYouTube にアップ。」と記載されると共に、本件画像及び本件他の画像の合計3枚の画像が一体として投稿されている一方、本件画像が本件他の画像とは異なる動画から切り出されたものであることをうかがわせる記載等がないことが認められる。そうすると、本件記事を閲覧した者は、本件画像及び本件他の画像の合計3枚の画像は、いずれもYouTubeにアップロードされた一つの動画から切り出されたものと理解するのが通常であるといえる。そして、前提事実(3)のとおり、本件他の画像には、原告の氏名を表す本件表示がされている。
 以上のとおり、著作権法は、著作物を公衆へ提供又は提示する際の氏名表示の具体的な態様について特段規定していないところ、一体として投稿された本件画像及び本件他の画像は、いずれも一つの動画から切り出されたものと理解されるのが通常であって、かつ、本件他の画像には、原告の氏名を表す本件表示がされているから、前記アの事実をもって、本件画像について著作者名及び実演家名である原告の氏名が表示されていないと認めることはできないというべきである。
ウ したがって、本件投稿により、本件動画に係る原告の著作者人格権(氏名表示権)及びその実演に係る実演家人格権(氏名表示権)が侵害されたとは認められない。

裁判体

東京地方裁判所民事第29部
        裁判長裁判官  國分隆文
           裁判官  間明宏充
           裁判官  塚田久美子

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井上拓(弁護士, 弁理士)
お勉強代にさせていただきます。