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第8夜 最後の壁

夜の闇は極まり、すでに東の空は白みはじめている。

そう、私のインタビューも、夜明けという名の確信に近づいているのだ…!

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新人の壁

「はふ~ん。全部吐いたらスッキリした…」

今宵の極細木は、珍しく酔っていたのだった。

「せんせい。今夜の質問はこれで最後にします。ですから『新人がこえなければならない〈3つの壁〉』の最後の壁をどうか教えてください」

極細木は水を一気に飲んだあと、澄んだ瞳で私に答えた。

「ナレーターは、どうやってマネージャーに自分を売り込むの?」

「ボイスサンプルを渡して、聴いてもらいます」

「正解。じゃあもう一歩踏み込むわね。ナレーターに売り込まれたマネージャーは、どうやって制作会社やテレビ局に新人プレイヤーを売り込むと思う?プレイヤーから渡されたボイスサンプルを、そのまま制作会社やテレビ局に渡すの」

「はい……そう、でしょうね…(?)」

「私が言ってる意味は、頭ではわかっていても、腑に落ちていないと思うワ。この事は山ちゃんが思ってるより重要なのヨ。だって、【プレイヤーがつくったボイスサンプルは、そのまま制作会社に渡る】のよ」

「え???なにか問題がありますか…???」

「じゃあ、仕事をしたことのない新人プレイヤーがつくるボイスサンプルに、仕事をとれるほどのきちんとしたクオリティがあるのかしら?」

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ボイスサンプルに仕事をとるリアリティを

極細木の言葉に、私は愕然とした。

マネージャーからボイスサンプルが渡される現場は、教育の場ではない。常に「すでに仕事で通用する力」をもった人だけを探している場だ。

仕事をしたこともない私に、きちんと聴き手をイメージすることなどできていたのか。

「新人っていうのは、なかなかマネージャーと話す機会がつくれないから【ボイスサンプルに仕事をとるリアリティを持たせる】ことすら出来ないのヨ」

「ボイスサンプルに…仕事をとるリアリティ…」

「たとえば…私にボイスサンプルをいつも持ってきてくれる子がいたの。私は…前も言ったけど、そういうプレイヤーの姿に心打たれるのヨね…。そしてなんとかチャンスを見つける。でもここで、制作サイドに聴かせるボイスサンプルが……聴かせるに値しないようなクオリティなことが、本当に多いのヨ。もったいないわヨね…」

「せっかくのチャンスを生かすのも殺すのもボイスサンプル次第なんですね…」

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テレビにはテレビを

「テレビの制作者に聴いてもらうなら、テレビのプレゼンをしなければいけないでしょ?なのに台本も自分の好き嫌いだけで、テレビではありえない原稿とかを選んでいたり、BGMも流行に遅れてたり。そんなサンプルでは制作者に聴かせたって仕事にはつながらないのよ」

「ああ…僕はてっきり養成所の先生にほめられたものを、ボイスサンプルに収録すればいいのかと思っていました…練習もできてるし」

「だって、テレビ制作者は先生じゃないモン」

ここで極細木は煙草に火をつける。

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投資する順序が逆なんじゃないかしら?

メンソールの香りが、頭を冴えさせる。

「困るのは、自分の部屋で声を録音していたりするサンプルね。ザーザー雑音まみれで、声も悪く聴こえてしまう。たとえばほとんどの録音スタジオではミキシングといって【声にお化粧をしてくれる】でしょう?自宅録音ではお化粧ができないわヨね?」

「そうですね、ミキシングをしていないと、声が安定して聴こえないから、へたくそに聴こえてしまいます」

「オーディション写真は完璧にメイクをしているのに、肝心のボイスサンプルにメイクを施していない状態よね。すっぴんでプレゼンできる?声を使うナレーターとして、仕事への意識の低さがばれてしまうわよね。正直、そういうクオリティが低いボイスサンプルを営業に持って行くのは、事務所としては恥ずかしい事なのヨ…」

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「専門家かぁ… でも…お金が…」

「新人にはお金がないワ。それはわかる。でもお金はきちんと目的に集中して《使うべきところに使い、使わなくてもいいところには使わない》って考えてしっかり管理するものなのヨ。映画を見たり、本を読んだりするのも確かに勉強になる。でも、せっかくそういう勉強で得たセンスを、ボイスサンプルに発揮できないんじゃ、投資する順序が逆なんじゃないかしら?」

「でも先生…実は僕…とある店内ナレーションという、すごく小さな現場ですが、『声さえきければそれでいいから、適当にボイスサンプル持ってきて』と言われたことがあるんです。僕、ボイスサンプルって、その程度のクオリティで良いのかと思っていました…」

無遠慮に口にしてしまった私のこの一言…

この一言が、極細木かたとてつもない怒りと悲しみを引き出してしまうとは、この時は思ってもいなかった…。

彼女が女帝と呼ばれるその所以を、私は思い知ることになる。

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