vol.15ナレーター”がわちん”の成り上がり
ファンキモンキーミュージシャン
ナレーターがわちんの出発点はミュージシャン。関西で活動していたが泣かず飛ばず。
「アニソンならあるいは」と、声優事務所『ダムダム団』に飛び込んだことがきっかけで、本格的に声優を目指すことになった。
止まらないHa-ha
だが。
がわちんを出迎えたのは”ダムダム団”の「お家騒動」であった!
分裂で「これからを担うであろう」中堅プレイヤーがごっそりと去ってしまった。実はがわちんも声をかけられていたのだが。
「上が抜ければ次はオレ、シメシメ」としたたかな計算をしていた。
事実、”ダムダム団”は、新人を現場に出さざるをえない。
そして目論見通り、ファーストウェーブがやってきた!
新人だけで声優男性4人組アイドルユニット『足かせ』を結成することになったのであった!
噛ませ犬
さっそくCDデビューが決まった。
「こ、これは思ったより早く夢を叶えてしまうのでは!?」
ウハウハのがわちんだったが、送られてきた譜面を見て、脳天に稲妻を受けるのであった。
なんとそれは同期の新人『ボリショイ斉木』が歌うパートだらけの恐ろしい構成。劇団は甘いマスクのボリショイに賭けるつもりだったのだ。
「俺たちは‥‥”ボリショイ斉木”の噛ませ犬じゃない!」
怒りのがわちん。
ユニットのためなんかには、鼻毛一本抜かない「お殿様」然としたボリショイのヘラヘラ顔を睨みつけながら。
ユニットに用意されたネットラジオでひたすら目立とうとするも、虚しさがこみ上げてくるばかり。
紙一重、のはず
結局アイドル売りも声優も、泣かず飛ばずであった。
わずか2~3通のネットラジオの視聴者ハガキだけが心の支えだった。もちろんネットラジオでは食えるわけもない。
とはいえ辞めることも考えられなかった。
実はこの頃、がわちんは超ド級ヒットアニメ「すじこのマス目」の、なんとド主役オーディションの最終選考3名まで残ったりしていたからだった。
「あと一歩。紙一重のはずがなぜ‥‥」
頭の中で焦りがとぐろを巻いていた。
飲み会Somebodys Night
そんなある日。
恒例の同期たちとの飲み会が、ある話題で持ちきりになった。
これまで何をするにしても、1ミリのやる気も見せなかったチャラチャラ野郎、「あの」ボリショイ斉木が、最近おかしな動きを始めたというのであった。
なんでも、自腹を切って他所でボイスサンプルを収録し、マネージャーへの売り込みをしているというのだ。
事情通の同期が言うには。
「俺たちの先輩でさ、だいぶ前にウチをやめナレーターに転向して今じゃ売れっ子になった”Oh!イエー”さんっているだろ。その”Oh!イエー”さんから、営業を学んできたらしいんだ。てゆうかさ、ボリショイってさ、ヒック、そういうところがなんか‥‥こざかしいよね~‥‥ヒック」
がわちんは最初は「ふ、ふぅん‥‥」と他人事のようにきいてた。
なにやらボリショイはマネージャーへの営業でナレーションの仕事をつかんだようだ。
あるごとに開かれる飲み会で、ボリショイの動向を聞くたび、同期たちは憎々しい思いを口にした。
ついに俺が‥‥トップ!
ある夜いつものグダグダ飲み会に、衝撃が走った。
「俺たちのダムダム団が、近々倒産するらしい!」
中心の売れっ子たちは解散と共に、愛想を尽かしダムダム団を去った。残された社員と声優で声優事務所「ケトルやかん党」ができた。
「ついに俺が‥‥トップ!…ってことは~?ふはははは」
倒産とは言ってもダムダム団に残ったルートがあれば仕事はあるはず…!ヌフフと皮算用するがわちんであった。
そして、そんながわちんに吹き替えの仕事が舞い降りた。天の恵み!
中国ドラマだが毎月12本のレギュラーだ。トップにふさわしい仕事。
次々と来る台本のチェックと収録に没頭する日々。収録が終われば飲み会も欠かさず参加した。だってそれが声優だと思っていたから。
しかし有頂天からの墜落は早かった。
ギャラが振り込まれて愕然とする。1本4000円つまり月4万8千円しか入っていなかったのだ。収録ごとの飲み会費は4000円だったのにである。
それ以外の仕事は来なかった。
決壊したダムに水は残ってなかったのだ。
ダムよさらば 敵か味方かOh!イエーさん
「俺がトップだ!」と思ってから、1年が過ぎていた。気づけばがわちんも30代。
吹き替えの仕事を、やればやるほど家計は苦しくなる一方。来月の自分すらイメージできない暗黒の日々。
そんなせっぱつまった頃、いつもの「ぐだぐだダムダムOB会」に、例の先輩”Oh!イエーさん”が顔を出した。
2年前ぶりに会った”Oh!イエーさん”は、驚くほどシュっとしていた。
身なりも高級そうでファッショナブル。なぜか焼肉店なのにウィスキーを傾ける。そして言葉の全てが「プロに成っていた」。
響きの良いロートーンで、さらっと言うのであった。『がわちん!キミの声ならナレーション、いいんじゃないかな!オーイエー!』
社交辞令を言ってくれただけかもしれない。
けど”Oh!イエーさん”は安易なことは口にしないはず。というか、何より同期のボリショイが歩いた道に続くのは屈辱的だ‥‥しかも家計は火の車。
”Oh!イエーさん”は言った。
「自分と同じくらいと思うなら実際は自分の方が下。ちょっと離れてると思うならだいぶ離されてる。アンダースタン?オーイエー!」
その言葉を繰り返し、俯いて考える。
何か、もう少し言葉が欲しい。
ようやく顔を上げると、”Oh!イエーさん”は、すでに全員分の焼肉代の支払いを済ませて帰った後であった。
トラベリン・バス
考え続けて、吹き替えの仕事をすべて降りた。
最終的に決断したがわちんは、本当に最後の賭けで猪鹿蝶に。そのためのボイスサンプルを録ることにした。
気合を入れて書いた自作原稿を一瞥した主任山上の一言は「声優センスで考えたバラエティだね」であった。悔しさが溢れそうになった。
だがそうした収録でのやり取りでようやく「ナレーションのナの字が見えてきた」。カウンセリングでは、向かうべき方向をスポーツに絞り込むことができた。
サンプル作成から1ヶ月後。猪鹿蝶から電話があった。
スポーツ特番での1パートを任された。さらにボイスオーバー、PRと細かく実績を積み上げている。ギリギリだが生活も見通しが利くようになった。
学ぶにつれボリショイの選択が理解できるようになってきた。レッスン終わり、ボリショイとも楽しく語り合えるようになった。
ナレーター魂に火をつけろ
決して派手なデビューではない。がわちんは、どちらかというと地道に、じっくりと仕事をつなげ、広げてきたタイプだ。
「ようやくナレーションで食っていけるのかな、と思え始めたばかりです。もちろん新たな仕事がもらえることは嬉しいんですが、それ以上にいろんな現場のスタッフ陣が、「あの声の人で」といって『リピート』してもらえること。それが本当にありがたく感謝してます」
「それにナレーションで生きようと考えるにつれ”ボリショイ斉木”の選択が理解できるようになってきたんです。ようやく彼とも深く語り合えるようになりました」
そう語るがわちんは今日もテレビで声を張り上げている。
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