第2夜 色々あるのよマネージャーにだって
見ないようにしてたワ
「だってアタクシ達マネージャーは、”養成所でなにやってるか”知らないもの」
季節としては少し遅い山ウドをつまみながら、女帝と呼ばれる伝説のマネージャー極細木スガ子は続けた。
「アタクシ達にはアタクシ達の、日々の業務がありますから」
当たり前といえば当たり前のことではある。
だがしかし。
私ははやる気持ちをおさえつつ二の句をつぐ。
「養成所での受講態度などは問題にならないのですか」
「うーん…まあ一応配られるプロフィールに、態度だとか、伸び率だとか、講師のメモ書きなんかがあったりは、するわね。でもアタクシは見ないようにしてたワ」
なぜだ。
私は一生懸命、養成所に気に入られるため、あらゆるものを犠牲にしてきた…それは審査に影響するとばかり思っていたのに…。
知らない先生にいくら奨められたって
「だって、私がいた事務所では、マネージャー陣は”養成所の先生のことあんまり知らなかった”もの。どなたが誰なのかどんな人なのかとか」
「ええ?」
「規模の大きい養成所ほど、講師は常駐型になりがちでしょう?すると現場のアタクシ達とはなかなか出会える機会もないのが本当のところよね。そんな知らない先生にいくら奨められたって、アタクシはなんとも思えないんですもの。中には先生を信頼するタイプのマネージャーもいるけどサ。それに」
驚愕を隠せずにいる私を尻目に極細木は続けた。
「プレイヤーである以上、過去はどうでもいいはずでしょう。先生の好き嫌いや、養成所と事務所の関係や、そういうややこしい事を抜きにして判断する為に、アタクシは、所属審査の時のプレイだけをフラットにみるようにしてるワ。もちろん、プレイヤーのためにそうしてきたつもりですよ」
プレイヤーのため?
今ひとつピンとこないのは私の過去が輝かしいものではなかったからだけなのか……?
養成所セクションと事務所セクション
「だって考えてもごらんなさいヨ。大きな規模の事務所になればなるほど、専門分野にわかれていくでしょう?養成所セクションと事務所セクションがわかれるのは当然でしょ?現場だって担当ができてる事が多いのよ。たとえばテレビ局別だったり、バラエティセクションとかジャンル別だったり、するんだけども」
ここでもまた私は、あまりに当たり前な事に対して驚愕を隠しきれない。
考えてみればそうだ。規模が大きくなれば業務は細分化される。
私は自分のきわめて狭い視野に顔が赤らんだ。
そんな事すら想像できえない自分はドラマや漫画の読み過ぎだと思った。
価値観のすれ違いの歴史だってある
「そこで当然おこるのが…『価値観の相違』よネ」
「先生がプッシュしてする新人がかならず自分の担当するジャンルの人間とは限らないでしょう?先生はとにかく自分の気に入った新人をプッシュするけど、たとえばナレーションセクションのアタクシにアイドル声優をプッシュしてくる場合があるじゃない?そういう時、アタクシはアイドル声優の仕事を持ってないから、困るわけヨ。所属審査にはそういう価値観のすれ違いの歴史だってあるし…」
「たとえば養成所と事務所で、関係が悪い場合は…?」
「そうね」
極細木はひと呼吸おいて言う。
「派閥争いになったりするのも、確かヨね。あの先生が推す新人は絶対とらない、なんて事態もあるかもしれないワ。ウチではそこまでひどい争いはなかったけど」
雨は、いまだに降り続いている。
女帝と呼ばれる女は、私を見つめながら、私を通り越した向こう側を見ているようだった。
私には私の10年があった。
極細木にもとうぜん極細木の10年があるのだ。
私はどうどうと音をたてる雨のスクリーンに、それぞれの過去を映し出していた。
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