vol.17自分を生きる、自分を生かす
ナレーター加藤有生子
この春、TBS NEWS23の帯ナレーションの座をつかんだ加藤有生子。
アラフォー。マイク乗りの良い伸びやかで柔らかなアルトの声。落ち着いたフラットなナレーション。
ストレートの読み手として評価されつつある。
声優としても順調に歩んできたかに見える彼女。その道は必ずしも幸せなものではなかった。
深い谷をさまよい、不幸をパワーに変換して這い上がった自覚があった。「ネガティブの女王」そのくらいに迷い苦しんだ。
辞める辞めないの間を揺れ続けてきたのだ。
遅い転機
20代は「平凡な家庭を持ち子供を作る」そんなささやかな夢を持つ普通の銀行OLだった。
ショッキングな出来事が突然、重なった。
長い涙は世の中の理不尽さに対する怒りに変わり、それまで歩んできた人生のルールから外れる決意をした。選んだのは声優としての道だった。
それは遅いスタート。養成所から運よく入れた大手の事務所。そこで新人として吹き替えの仕事を振ってもらうことになった。
しかし現場では舞台出身の声優たちの声の迫力にたじろいだ。
「声の迫力がとにかく凄くて、このままではダメだって思ったんです」
基礎がしっかりとできてないまま現場に入ったことを後悔した。
それから発声に打ち込んだが、それは迷走と空回りの始まりだった。
マイクが怖い
長く辛い30代。
「自分はダメだ」というネガティブな思いのまま、売れるでもなく消えるでもなく、その間を彷徨った。
「ネガティブな思いを怒りに、それを何とかパワーにして頑張ってはいたんです…」
「声優の仕事は、それはそれで心の叫びとしてやっていきたい仕事ではあるんです」
そんな時、若い女性の元へ付き合っていた彼氏が去っていった。
「自分の全てに自信が持てなくなったんです。もう気力もなくなったというか」
体調を崩し、幾度も声優を辞めようと思った。
そのたびに、ふらりと入る吹き替えの仕事に救われる。使ってくれるディレクターに貢献したいという思いが支えだった。
しかしゆっくりと苦しさは煮詰まっていくばかり。
「ずっと絵画修復家になりたいなって思ってました。教会の鐘の音を聞きながらの仕事はきっと心が癒されるだろう、って」
やがて限界がやってきた。
「マイクの前に立つことが怖くなってしまって、、、」
大手の事務所を辞めることを決意した。
これで声優の仕事がなくなるなら、それでお終いにしよう。自分の存在意義を再確認するために必要な選択だった。
リスタート
声優ではなく、ナレーションでを学んでみようと思ったのもこの頃だった。
スクールバーズに入ったものの、周りの熱意に気押されて尻込みしてしまう。
「いま思えば、自分の持ち味の読みでいいんだということ。それを生かしてくれた。そして今のナレーションの感覚を学んだのかな。その時は分からなかったですけど笑」
フリーで自立していく覚悟はその時はできなかった。流されるままに小さな事務所を転々と移籍し数年が過ぎていった。
「その頃もまだ、辞めようか続けようか。覚悟もなく考えも分裂していたんだと思います」
その事務所も解散、倒産。運命に翻弄されるまま否応もなくフリーに。
名前を改名した。本名の加藤優子から加藤有生子へ。
「優しいだけでは生きていけない。仕事には強さも必要だと思ったんです」
その時になってようやく、若い時から引きずってきた「ささやかな幸せ」という呪縛から解き放たれた。
ネガティブな思いが反転し少しだけ前向きになれた。長く暗い谷底から脱した時期だった。
自分の持ち味
フリーになってようやく猪鹿蝶に登録した。
幸運にもEテレ「100分で名著」という良質な番組に抜擢。
フラットでありながら説得力のある読みが望外の高い評価を受けた。
「すっと作品に入れたんです。その読みを受け入れられたことが、素直に嬉しかった。ナレーションは、本来の自分に戻れる感覚がありました」
「若い頃は声も読みも自信がなくて、色んなことをやってみたんですが、、、結局自分の持ち味を生かしたフラットな読みが、しっくりきたんですね」
フラットでありながら柔らかく説得力のある読みはTBS NEWS23の帯も決めた。報道は1年準備してきたジャンルだった。
年を重ねた声と読みの厚みが、ピタリと時代と作品に合うようになっていた。
「報道の現場は、考えて練り込む前に『まず読め、すぐ読め』なんです。指示も慌ただしくてムッとくることもあるんですけど(笑)とにかくあれこれ考える時間がない。そんな環境の方が自分には合ってたんだなと最近は思ってます」
考え込んで空回りし、力を出し切れないプレーヤーはたくさんいる。
売れること。それは時代やタイミング、そして運なのかもしれない。
ただ、何かの小さなきっかけで人は変わる。きっと苦しんだ分だけそれをパワーに変換できるのだ。
今日もテレビから柔らかなアルトが聞こえて来る。
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