vol.22「つぼみは綻び春に舞う」
ナレーター宗形奈緒美
昔からアニメやゲームが好き。そんなよくある定番の理由で、定番の声優養成所に通いだした。
きっと売れると自信満々で飛び込んだ声優業界。だがそんな彼女の自信はいともたやすく打ち砕かれる事になった。
『もっと感情を込めて!』『ちゃんと気持ちを作って!』
来る日も来る日もダメを出される毎日。一体何に対してダメを出されているんだろう?いつの間にかダメを出されないよう、先生の顔色ばかり気にするようになっていった。
周りに合わせてアニメ声での演技をしていた。
その場しのぎの”表現”を求めて、怒られる事も褒められる事も無い日々。
しかし彼女の隣では、声も歌も可愛らしい娘の順にスルスルと進級していく。
3年が過ぎ、誰にも注目されない。失意のまま退所した。
歌舞伎町の女
「何やってたんだろあたしって思いましたね。これからのことも、どうしていいのか分からなかった」
糸の切れた凧のように、バンドの追っかけで無為の時を過ごす。
流れ流れて極彩色のネオン眩い歌舞伎町。そこに艶やかに舞うは夜の蝶。
そんな彼女達のヘアメイクの仕事にたどり着く。
しかしそこも天職ではなかった。どこにも居場所がなかった。
「養成所仲間に”ナレーターが向いてるんじゃない?”って言われた事を思い出したんです」思い切ってナレータースクール”バーズ”の門を叩いた。
色なき世界
最後の挑戦のつもりで飛び込んだナレーターの世界。
しかし、他のナレーター達の表現を目の当たりにする。
(あれ?あたしより、声が良い人多い!)そこから再びの迷走までには時間はかからなかった。高いハリハリや元気で爽やかだったりと、自分の持ち味で無い読みに悪戦苦闘するばかり。
「周りと比べたらどんどん不安になって、自信が無くなって…日に日に”色彩”が失われていくような感覚でした」
ある日のレッスン後、収録していたボイスサンプルを聞いてもらう決意をした。すがる想いからだった。なんでも良いから現状を変えるきっかけが欲しかった。
「正直怖かったです、ここでボロクソ言われたら多分立ち直れないんじゃないかなって。」
サンプルが流がれ終わると教室は静寂に包まれた。沈黙の後、大窓王が口を開いた。
『小手先の技術ばかりで表現しちゃダメだよ。君の声は素晴らしい。その声で勝負しなさい。そこに君の生きる道はある』
「私の強みをこの声にしていくって、迷っていたのにこの時は妙に納得したんです」
地声を出しやすくするメソッドを研究し、声の強みを活かすサンプルとは何だろうとか常に考えるようにもなった。
続けていた歌舞伎町からも卒業してエッジに立った。
彼女の蕾が綺麗な色をして芽生えた。
眩く赤い灯火
転機はエッジに立ってすぐやって来た。一本の電話。
武信マネージャーからだった。
「今度、新番組のオーディションがあるんだけど」
オーディション当日。今出来る最高の自分をイメージする。
スゥ—ッと一呼吸。心地よい緊張感、感覚が研ぎ澄まされていく。
空間と時間、そして自分自身が溶け込み混ざり合うような感覚。(不思議、これがゾーンってやつなのかな...)
運命のキューランプが赤く点灯した。結果はもれなく全原稿で噛んでしまったのだが。。。
「おめでとう!決まったよ!」
そこから先は何を話したかはあまり覚えてはいない。思考に感情が追いついてこなかった。ただ言えるのはチャンスとは常に不意打ちであるに違いないと言う事だ。
OAの向こうの景色
フジテレビ土日のスポーツ新番組「s-park」を宗形奈緒美が射止めた。
「やっぱり生放送なのであまり時間は掛けられず、スタッフさんたちはいつも慌ただしくしてます」
「主に特集を担当していて、従来は男性が読むような重めのVTRだったり、カッコ良く決めるアバンだったりと、たまに「女性として呼んでないので」とか言われたりします(笑)」
「でも、そう言った何気ない言葉のおかげで番組で自分が何を求められているのか、自分が読むことの意味を考えて原稿と向き合えるようようにもなりました」
女性アスリートが活躍する昨今、女性スポーツナレーターもまた活躍の場を増やしている。2020年東京オリンピックまであと少し。
彼女の低く伸びやかで柔らかな声が、これからのスポーツを彩ることだろう。