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37日目:「あのね」とは君の打ち上げ花火(100日目に40歳になる猪瀬)
我が子には口癖のように使う言葉が3つある。話しかけるときの「あのね」、自分だけ早く起きてしまったときの「もう朝だよ」、困った時の解決策「じゃんけんしよ」だ。
まだあまり言葉も知らないのでもしかするとそれだけに頼っている部分もあると思うが、手間を省くためにテンプレートとなる対応を決めることは大人でもする。だからきっとそれらは彼の中で都合のよい言葉なのだろう。
今日もまた、仕事から帰って玄関で靴を脱いでいると、奥の部屋からドタドタと轟音を奏でながら満面の笑みを浮かべた君がやってきて、開口一番に「あのね」と言った。
① 「あのね」 とは(辞典で意味を確認)
あのね
N/A
出典 :『新明解国語辞典(第8版)』(2020)三省堂
N/A
出典 :『現代国語例解辞典(第5版)』(2016)小学館
「あのね」では掲載されておらず。それではと「あの」と「ね」にわけて調べてみると──
あの
言葉がつかえたりする時に、つなぎ・呼びかけとして使われる語。
出典 :『新明解国語辞典(第8版)』(2020)三省堂
話につまったり、ためらったりしたときの、つなぎの言葉。「あのう」とのばして言うこともある。
出典 :『現代国語例解辞典(第5版)』(2016)小学館
ね
親しい間柄にある人に対して、注意を換気したり念を押したりする気持ちを表す。「ねえ」とも。
出典 :『新明解国語辞典(第8版)』(2020)三省堂
親しみをこめて、呼びかけをしたり念を押したりするときに言う。
出典 :『現代国語例解辞典(第5版)』(2016)小学館
こうやってみると日本語とは難しい。「あの」は連体詞と感動詞があり、「ね」は終助詞と感動詞があった。
今回の「あの」と「ね」はどちらも感動詞だと思うのでそれぞれの意味を掲載したものの、この後に限らず、同じ言葉でも性質や意味が異なるというのはネイティブでなければ理解しずらいのではないだろうか。
といっても、私も感覚で使い分けているだけなのでネイティブだとしても理解はしていない気もする……きっと、その感覚を持てること自体がネイティブの強みだろう。
そういった違いを丁寧に教えることのできる国語の先生は本当に凄い。辞典をみて「確かにそのとおりだ!」と頷きつつも感覚として捉えすぎていて私など理解が浅ったことを知る(笑)。
本題の「あのね」の意味としては結局どうなるのだろうか。これらを単純に足し合わせてよいのか判断に困る。混ぜるな危険のような気もするので列挙だけに留めると、現代国語例解辞典の「あの」にある「ためらったりしたとき」、「ね」にある「親しみを込めて、呼びかけ」が私の感覚に近かった。
② 私の釈義
我が家にはたくさんの「あのね」がある。
お風呂に一緒に入りながら今日の出来事を話しているとき、突然なにかが頭に浮かんだのか目を輝かせながら君が得意げに語り出すときの「あのね」。
休日のスーパーでお菓子コーナーの前を通り過ぎようとしたとき、カートを押し進める私の腕を強く掴みながらスナック菓子の並んだ棚を眺める君が上のそらで呟く「あのね」。
他にも、寝かしつけのベッドで眠い目を擦りながら耳元で囁く「あのね」や、神経衰弱でお目当てのカードが取られそうになると慌てて口から飛び出す「あのね」など、いつでもどこでも「あのね」が溢れていて「あのね」の数だけそのあとに続く言葉があった。
その度に私はいろんな表情の君を見た。嬉しそうに、楽しそうに、恥ずかしそうに、いいずらそうに。そのときどんな内容の話でも素直に気持ちを伝えてくれることがなにより嬉しかった。
体と心が大きくなるにつれて「あのね」を枕詞にしなくても話ができるようになるだろう。世界が外へと広がって一人で出歩くようになった頃には、会える時間もいまより減るに違いない。そんなときにはきっと会話の量ではなく質が大切になるだろう。
少しずつ「あのね」は消えていく。君の成長を祝う花火のように煌めきながら。
あのねとは君の打ち上げ花火
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