出会って10秒、銃撃戦
ここは、とある軽度中程度発達障害・学習障害の児童生徒のデイサービス施設。
私が新卒採用として、働こうと検討しているところだ(現在注釈︰この度採用が決まりました。暫くはお世話になります。多分長続きはしないと思いますがそれもまた、人生なので)。
面接が終了し、いざ子供たちと触れ合ってみようか、ということで今、その門扉を開こうとしている。
「ばーん!ばんばーん!ばーーん!!!」
開きかけた扉を、そっと閉める。中で一体何が行われているのだろう。ヤ○ザの抗争か。
しかし入らないことには何も始まらない。意を決して、扉をぐっと開くと、目の前では自由すぎる子供たちの銃撃戦が繰り広げられていた。
「ばんばーん!!!」
口での威嚇攻撃と共に、トゥーントゥーンと銃口(オモチャ)が唸る。部屋の死角に隠れて、2人の男が、互いを狙いあっている。しばらくするとそのうちの片割れから、べべーと鈍いアラームが鳴り、争いは突如終わりを告げた。
「なんだー、つまんねぇの」
ちぇっ、と舌打ちをしながらアラームの鳴る銃を奪い取り、念入りに2丁のメンテナンスをするこの男。小学校低学年といったところか。
いったい何をしているんだ。まじまじと見つめていると、目が合った。
まずい。嫌な予感がするぞ。
「オレとやってよ。はい。向こう行って」
銃(セッティングはおわったらしい・オモチャ)を渡される。
え?使い方聞いてないけど???人生で銃(オモチャ)持ったのなんて初めてだけど???
小学生男児に顎で(あちらに行けと)示される成人女性(22歳)。ここにはどうやら人間としての尊厳という概念は存在しないらしい。上等じゃないか。
言われるがままに銃(オモチャ)を片手に部屋を移ると、いきなり銃撃戦が始まった。聞いてないよ。
数度撃ち合うと、べべーという音が鳴り、(さっき聞いたな)とか思っていたら、パッと取り上げられた。
「嘘だろ!めちゃくちゃ弱いじゃん!!アンタ、サバゲーとか絶対できないタイプだろ!!!」
待て。私は君に出会って10秒程度しか経ってないんだ。勝手に見くびってもらっては困る。こいつの当たり判定とやらもよく分からないし。確かにサバゲーは苦手だけど。……苦手だけども!
私は銃を捧げ、静かな声で彼に言った。
「よし。……もう一戦しよう」
思えばこの会話が、全ての始まりだった。
「ねぇお姉さん、お絵描きしよう」
1人の女の子が、私をつんつんと突く。その子はどうやら絵を描くのが好きなようだ。小さな頃から、絵を描くのが、ストレス発散になるらしい。
「お姉さん何歳?」「何歳に見える?」
「16歳くらいかな」「やった、22歳だよ」
「えー、ほんとに?」
平和だ。実に平和。私は深く頷いた。未来の職場はこうでなくっちゃ。
ちなみに無十郎描いた(誘われたから描いたが、私は美術は万年3である。仕上がりは決して誇れたものでは無いが、記念として)。
16時になって、公園に行こう!という流れに。同伴させて貰った。しかし、子どもたちのまあ元気なこと元気なこと。ずーっと同じことを飽きもせず、ただその純心のみで楽しんでいる。その無邪気さたるや。添加物着色料合成化合物オールフリーの自然派食品さながら、彼ら彼女らは自由に動いている。
円形の遊具を10回くらい回したところで、1人の男の子に手を引っ張られ、ブランコの元へ連れられる。
「押してよ」
言われるがまま、その小さな背中を押す。押しながら考える。彼はその背中に何を抱えてきたのだろう。後で聞いた話だが、代表の見解では、「通常級では扱えないから」という理由で、支援級に入ったのだろうとのことだった。10年生きてるか生きてないかくらいで、計り知れないほどの歯痒さや苦しさを味わったであろう彼は、今私に背中を押されながら、ご機嫌にポケモンの名前をスイングに合わせて叫んでいる。
ごめんよ。私、初代くらいしか知らんのだ。マジで。
その子の提案で、「こおりおに」をやることに。
知らない方に向けて念の為「こおりおに」とは何か説明したい。「こおりおに」とは、鬼にタッチされた人間がその場から動けなくなる(氷のように固まる)鬼ごっこの進化版である。ちなみに味方の誰かがタッチすると動けるようになる。全員捕まえれば鬼の勝ち。そうでなければ鬼でないものの勝ち。シンプルなゲームである。
事は単純だが、残念ながらこれは極めて地獄的な遊びである。むしろ「遊び」と名がついていても、それは決して戯れではない。戦争だ。
何しろ通常の鬼ごっことは違い、鬼の交代は原則認められない。おまけに捕まりそうになると「魔のタンマ」攻撃を仕掛けられる。鬼は機能しない。そして恐ろしいことに、彼らは捕まえても捕まえても、じりじりと移動する。なんてこったい。「こおりおに」とは。人生とは。考えさせられる。こんなにも含蓄のある遊びだったとは。
「ちょっと、休憩」
遊具の端に腰掛けて空を見上げると、恐ろしい程澄み切っていた。子供たちも空を仰ぐ。
気づけば参加者は増え、お絵描きに勤しんでいた彼女も参加することになっていた。彼女は遊具の上から私を見下ろし、冷笑を浮かべて吐き捨てるように言う。
「おい、タッチしてみろよ。ババア」
正気か。さっきまで「お姉さん」だったろ。どうしたんだよ。あの純粋な心はどこへ行ったんだ。
しかし捕まえようと手を伸ばすと、すんでのところで躱し、きゃっきゃと笑う。暴言を吐き散らかしながら、ばしばし叩きながら、彼女たちは笑う。
それは決して馬鹿にしたり、見下したりする笑い方ではない。本当に心底楽しそうな笑みだ。私も目を細める。
屋内に戻ってくると、おやつが用意されている。ひとつのボウルを、みんなで囲んで食べる。
「はい、あーん」
心優しい子どもたち。私にもポテトを恵んでくれる。
……だが待て。待て待て。そんな矢継ぎ早に四方八方から口に差し込むな。
「……太るよ」
おいそこ。ポテトを差し入れながら言うな。
彼ら彼女らは、障害なんて感じられないほど、ここでは自由だ。
しかし、周りに伝わりにくいが為に、外では苦しむのである。
彼ら彼女らが挑みかかってくるのは、本当に心を開いて良いのか確かめているから。
過剰な程のスキンシップや暴力は、認めて欲しいし、愛されたいから。
一生のうちたった数年でも、「幸せだったな」と思える記憶となって欲しい。
その為なら、何度でも撃たれるし、何度でも遊具を回そう。君たちの笑顔のためだ。
だからどうか、健やかに育ってくれよ。
翌日。身体中がバキバキに痛い。これは、なかなかハードだ。
来年から、暫くは地獄だぞ。
けど、きっと、楽しい地獄だ。ならいっか。
https://youtu.be/oZE9IDY2IXM