見出し画像

『12イマーム派とルビコン川を渡ったサイバー攻撃』(環境研究)

 イラン情勢について質問を受けることが多いので、「香港動乱とアリババ上場」に続き、シナリオライティング法を用いて自分なりに未来予測を行ってみた。

 2020年1月3日に、イラクにおいてイラン革命防衛隊の精鋭部隊「クッズ部隊」のソレイマニ司令官が米国のドローンにより殺害された。その後、イラン側の報復は米軍に死傷者を出さないピンポイント攻撃だったが、自国民もたくさん乗るウクライナ航空機を誤爆したことで、イラン各地で体制批判のデモが起こっている。

 ここまでは周知の事実だが、2つのことを読み解くことができる。

 ひとつは、イランにおけるイラン・イラク戦争の重石だ。

 私は2020年1月3日の事件が起きてすぐにイランの状況を知るため、イランの友人である映画監督のマスウード・ターヘリーさんにすぐにコンタクトした(マスウード・ターヘリーさんは岩波書店の日本語コーランを翻訳した井筒俊彦さんのドキュメンタリー映画『シャルギー』(東洋人(シャルギー) 井筒俊彦氏のドキュメンタリー映画)の監督)。

 イラン・イラク戦争とは、イラン革命後のホメイ二体制時代、1980年から1988年の8年間(第1次世界大戦は4年、第2次世界大戦は6年)に及びイランとイラクの地上戦を伴う長期的な戦争で、化学兵器も使われ、両国の犠牲者は100万人を超える大きなものだった。

 現在イランに住む45歳以上の人には鮮明な記憶として残っている悲惨な戦争だ。そこから私は、今回のソレイマニ司令官の殺害は、イラン・イラク戦争の体験が国内に重く残っていることから大規模な戦争に発展するとは考えにくく、国民の怒りの矛先を交わす必要が体制側にあると考えた。

 ふたつめは、確かに事態はそのように動いたが、ウクライナ航空機を誤爆の批判デモが、1月3日以前からのガソリンの値上げなどで体制側を批判する鬱憤も重なったためか、現在のアメリカの経済封鎖に対抗するハメネイ体制を批判するデモに変容していることだ。

 この2つのことから、その後に散在するキーになる情報をつなぎ合わせると、いくつかの楽観的(何もなくこれで終わる)でも悲観的(イランと米国の戦争になる)でもない中間的な未来のシナリオのひとつが見えてくる。なお、そのシナリオは時系列として同時に起きても、別々に起きても、絡み合って起きても、対象組織が違うため不自然ではない。

 シナリオは2つ考えられる。

【シナリオ1】Shia Crescentとハイファ

 米国に殺害されたソレイマニ司令官は、レバノンのヒズボラ(シーア派)、シリアのアサド政権(シーア派)、イラクの政権(シーア派)、イラン(シーア派)、イエメンのフーシ(シーア派)というシーア派の三日月と呼ばれる「Shia Crescent」の連携を作り上げた人で、米国にとりソレイマニ司令官は目の上のタンコブだったのだ。

 そして、米国の同盟国のイスラエルの目の上のタンコブはヒズボラのハサン・ナスララ師で、ソレイマニ司令官とハサン・ナスララ師は強く連携していたため、イランはもちろん「Shia Crescent」全体に影響を与えることは容易に予想できる。

 「Shia Crescent」の中で、特にレバノンのヒズボラは2006年7月以来イスラエルとの交戦を行っておらず、現在15万発のミサイルを保有していると言われている。そのミサイルの精度、飛行距離は上がり、現在はイスラエル全土をターゲットにできるものもあるようだ。

 私自身も2006年7月16日に、ガリラヤ湖付近でヒズボラからのミサイル2発がすぐ近くに着弾した経験がある。
 タクシーの運転手さんに山上の垂訓教会を案内してもらっているとき、大きな爆発音が聞こえた。前日にテレビニュースで、イスラエル北部のハイファにまでミサイルが飛来しているというニュースが流れていたが、ガリラヤ湖周辺には過去飛来したことがないので、タクシーの運転手さんも普通に観光案内を引き受けてくれた。そこに爆発音だったので、急いで引き上げることにしたが、マクダラ村を通過するとき道路のすぐ右の畑にミサイル(たぶんカチューシャ)が直撃し噴煙を上げた。
 タクシーの運転手さんは時速130kmぐらいで運転しながらトーラー(旧約聖書)をハンドルに押し付け読み上げ祈っている。ヨルダン川のジョン・バプティスマぐらいまで来ると少し落ち着き、死海に到着すると観光客で一杯だ。運転手さんによるとガリラヤ湖畔のガティベリアには3発着弾したとのこと。
(ちなみに、現在のヒズボラのミサイルは死海まで届く)

 イスラエルでは、ビジネスが停滞するため、今回のソレイマニ司令官の殺害により、ヒズボラとイスラエルが交戦状態にはならないと予測されている。

 一方、イスラエルの主要シンクタンクの一つであるテルアビブ大学の国家安全保障研究所(INSS)は、イランの大胆かつ攻撃的な行動の増加に伴い、2020年にイスラエルの北部国境沿いで大規模な戦争の可能性が高まっていると警告し、ガザ地区でも戦争が勃発する可能性は大きいと予測している。 

 特にハイファはマイクロソフトやインテルなどの米国企業のR&Dセンターがたくさんあり、レバノンからの距離も短いことからターゲットになる可能性が高く、2006年のときも、かなり多くのミサイル攻撃があった。

 さらに高性能になったアイアンドームが追撃するにしても、ヒズボラの保有するミサイルの数は半端ない数ですから、コスト的にも大きな代償を払うことになる。さらに、当時よりヒズボラのミサイルの性能は増し、イスラエル全土をターゲットとすることができる。

 2006年のヒズボラとイスラエルの交戦のきっかけは、7月 にヒズボラがイスラエル兵を2名拉致することからはじった(イスラエルは国民を守る意識が強い、日本は北朝鮮に拉致された人がいても…)。

 報復としてイスラエル軍はレバノンを空爆し、ヒズボラはイスラエルへのロケット砲攻撃を敢行。イスラエル北部の主要都市ハイファ等に打撃を与えた。そして今までミサイルが飛んできたことがなかったガリラヤ地方(イスラエル北部)にもミサイルが着弾した。

 イスラエルはレバノンに侵攻したが、100人以上の戦死者を出しながら、ヒズボラの拠点建物や地下施設を完全に破壊することは出来ず、イスラエル北部の軍事的安定はおろか、元々の発端であった拉致兵士2名の解放すら実現できなかった。

 ヒズボラは戦闘員は最大4万5,000人程度(そのうち2万1,000人が常勤)の組織と言われているが、2006年の対イスラエル戦について歴史的勝利と主張しており、中東でナンバーワンの軍事力と技術力を持つイスラエルと正面から地上戦で戦っても負けることがなかった。

 そして、これからイスラエルとレバノンの環境も変化する。
 テルアビブ大学の国家安全保障研究所(INSS)が警告するように、今年はイスラエル北部やガザ(イスラーム聖戦)からのミサイル攻撃の届く南部の地域は、情勢が変化する可能性を見極め注意しておいた方が無難だろう。

 ちなみに、ヒズボラの資金源はラテンアメリカの麻薬カルテルで、ラテンアメリカからアメリカ人やユダヤ人、イスラエル人をターゲットにできる組織も持っている。

 ヒズボラの活動の最初の入り口はベネズエラであった。イランがアフマディーネジャードとベネズエラがチャベスの両大統領が政権を担っていた時からヒズボラのラテンアメリカでの玄関はベネズエラになっていた。今もそれは変わらず、マドゥロ政権がそれを容易にしている。そして現在、ヒズボラの活動のベース基地となっているのはアルゼンチン、パラグアイ、ブラジルの3か国が隣接する地域である。それぞれの国が相手2か国を牽制して取り締まりに隙間が生じている地域である。
 そして、ヒズボラにとって、そこはあらゆる犯罪を遂行する為の必要手段がそこで手に入るようになっているという。中でもパラグアイ領土内がヒズボラの組織がより強固なものになっている。(参照:「EOM」)なんと、この地域で麻薬密売、武器売買、資金洗浄などで年間430億ドル(4兆6500億円)の資金が動いているという。(参照:「Infobae」)

ラテンアメリカに根を張る、イランと関係が深いテロ組織ヒズボラの活動
(ハーバー・ビジネス・オンライン)

 さらに、これらの環境からして、今までの延長線上の未来予測でなく、非線形なシナリオをも考えておくべきではないだろうか。

【シナリオ2】ルビコン川を渡ったサイバー攻撃

 【シナリオ1】では、イランとアメリカでない国々への局地的な影響を、テルアビブ大学の国家安全保障研究所やヨルダン国王の予測をベースにまとめてみたが、ここではイランと米国の対立からのグローバルな影響を私なりにシナリオ化してみた。

 2019年はそのサイバー戦争をバージョンアップする事態がイスラエルとガザの間であった。

 もともとイスラエルとハマスは兵器を用いて互いを攻撃している状態だった。その点では全くの平和状態でこの事件が起きたわけではない。5月5日の交戦中、ハマスがイスラエルにサイバー攻撃を行ったことがきっかけだった。何が狙われたのか、イスラエルは詳細を明らかにしていないが、「イスラエル市民の生活の質」を損なうことを目的としたサイバー攻撃だったとしている。おそらく重要インフラストラクチャを狙ったのだろう。しかし、ハマスのサイバー攻撃はそれほど洗練されたものではなかったためにすぐに阻止された。そして、すぐさまイスラエルがハマスのサイバー拠点にミサイルを撃ち込んでサイバー攻撃ができないようにした。

サイバー攻撃にミサイルで対抗(ニューズウィーク日本版)

 つまり、サイバー攻撃を先制攻撃とみなし、リアルな攻撃で自衛権行使をすることが国際法上正当である、と認識された訳だ。これは今までの人類の戦争の歴史にない新しい事態だ。

 日本の国会でも他国からのサイバー攻撃で自衛権を発動するかが議論された。

 一般論として申し上げれば、武力攻撃の一環としてサイバー攻撃が行われた場合には、自衛権を発動して対処することは可能と考えられる。他方、その対処の方法については、当該武力攻撃の状況に応じて個別具体的に判断する必要があり、一概に申し上げることは困難である。

サイバー攻撃と自衛権との関係に関する質問趣意書(衆議院)

 例えば、イランが水面下でアメリカにサイバー攻撃をしかけ、アメリカが自衛権を行使するという前提でイスラエルのようにピンポイントでイランの施設を攻撃することも十分考えられる。

 また、イランの元皇太子パーレビがシンクタンクで以下の講演を行った。

 米にいるイランの元皇太子が、イラン現政権の終わりは近いと発言。「今回の反政府デモは以前のとは違う。イランの若い世代はもう我慢の限界だ。彼らは現代化と自由を求めている」などと語った。

エレサレムポスト

 講演を行ったシンクタンクはハドソン研究所だ。
 ハドソン研究所はハーマン・カーンが創始者したシンクタンクで、彼は未来予測の手法であるシナリオライティング法を得意とした未来学者だ。

 そもそもシナリオライティング法とは、軍事戦略を練るために第2次世界大戦中にアメリカ軍で研究された「起こりうる未来展開を予想するストーリー」を組み立てていく思考実験に端を発する。この手法のビジネスへの応用を試みたのが、ランド研究所に所属していたアメリカの未来学者ハーマン・カーンでだった。

 つまり、米国はイランの現状体制が崩壊したとしても、イラン革命前のパーレビ国王体制を息子の元皇太子で作り上げることができ、イランのデモを行っている若者はそれを願っている、というメッセージをハドソン研究所から送った訳だ。

 となると、イラン体制はどうなるのかという問題も考えておく必要がある。

 高校の教科書である「山川世界史」によると、イランは12イマーム派の国とある。

 今日のイランを中心とした地域に広まっている12イマーム派では、9世紀の後半に姿を隠した12代目の最高指導者が、正義を実現するため、いつか再びこの世にあらわれると信じられている。また、この指導者がかくれているあいだは、徳が高く、学識の豊かな法学者、宗教指導者がその権威を代行するものとされている。1979年の革命後のイランで、ホメイ二をはじめとする法学者・宗教学者が大きな権限をもっているのはこのためである。

山川世界史

 12代目の最高指導者であるイマームはお隠れになっているが終末の日に復活するので(ガイバ思想)、それまでは宗教的に位の高い指導者であるホメイニ師、そして後継者が指導者として代行していると考えられている。

 もともとゾロアスター教が浸透していたイラン付近はシーア派だが、イラン人の思考は徹底的に論理的、存在感覚においては極度に幻想的と言われている。アラビア半島のベドウィンの超現実主義なリアリストの感覚とは正反対で、イラン映画にあるように内面的なものを追求する傾向が強くあるようだ。当然、クルアーンを読むスタンスも書かれた言葉の深層を探ろうとする。

 クルアーンには7層の深層があると言われている。スンナ派の人たちはイスラーム法(シャリーア)に忠実に従うが、シーア派の人たちはシャリーアの奥には表面的にはない内面的な真理(ハキーカ)があり、それを重要視する考え方だ。
(スンナ派とシーア派の対立は顕教と密教の対立と比較される)

 イマームと呼ばれる霊性最高権威者が預言者の内面と解釈され、人類の歴史に12人だけそのようなイマームが現れたとする12イマーム派がイランの国教だ。イスラームの創始者ムハンマドは最後の預言者で、その預言者の内面とクルアーンの7層の深層を全体的に解釈できたアリー(ムハンマドの従弟で娘婿)が初代のイマームとなる。そしてイマームはアリーの子孫のみが相応しいと考えられている。

 最後のイマームである12代のムハンマド・イブン・ハサン(5歳)は11代の父が亡くなったその日(西暦874年7月24日)に地下の密室から行方が知れなくなってしまった。シーア派の12イマーム派のイランでは存在の目に見えない次元に身を隠した(ガイバ思想)、と信じられている。
(普通に考えると密かに誘拐された、と考えると思うが...)

 したがって、現在TVで見るイランの宗教上の最高指導者(ホメイニ師を含め)は、イマームではない。最後の12代イマームは今でもガイバ(お隠れ)の状態で、終末の日に再び姿を現すとされている。アラビア半島のベドウィン(スンナ派)のリアリズムとは違い、神話的な話だ。
(彼らにとっては歴史そのもの)

 このような宗教的指導者の下に国家が成り立っているため、若者がデモを行っても選挙につながることもなく、12イマーム派が国教である限りは現在の体制、宗教指導者による統治という前提は崩れることはない。

 さらに、イスラームを創始したムハンマドが社会システムそのものをクルアーン後半(メディナ期)にビルトインしたため、内面的な宗教部分と社会システムを切り離した欧米型社会が実現できるかというと、それは振り子のような揺り戻しを伴うものになる。つまり、仮に元皇太子による前パーレビ体制のような体制ができたとしても、再び革命が起こりイスラームの社会に戻ることは、クルアーンにビルトインされている社会システム的宿命なのだ。

 クルアーンはムハンマドが20年間断片的に語った啓示を、新しいものから順に遡り114章にまとめられたものだが、各啓示は前半10年のメッカ期と後半10年のメディナ期の2つに分けられている。

メッカ期:イスラームの宗教について
メディナ期:イスラームの法と倫理について

 ムハンマドが砂漠のベドウィン出身ではなく、メッカという商業都市の支配部族であるクラッシュ族の名門ハーシム家(現ヨルダン国王の家系)の出身で、シリアへの隊商貿易に従事した誠実で有能な商人だったことや、天才的な政治家であったことも事実だが、たった114章からなるクルアーンが「宗教」と「法や倫理」の2部作になっていることが、正統カリフ時代からウマイヤ朝、そして、ルネッサンスの礎となった「知恵の館」を創造したアッバース朝へとつながったひとつの理由だろう。

 したがって、パーレビ元皇太子の講演によるアメリカのメッセージはイラン現体制に影響しにくい。

いいなと思ったら応援しよう!

Creative Organized Technology 研究会(創造性組織工学研究会)
Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。