『朝日新聞宇宙部』科学を一面トップにした男(業界の歴史)
本書を読んで感じたのはメディアの使命とは何かということだ。朝日新聞の発行部数は落ち続け、新聞ビジネスそのものはオワコンだ。新聞のルーツを辿ると幕末の役人 小栗上野介に行き着く。その時代にはじまった新聞ビジネスでは1面に記事が乗ることに価値がある。政治経済のニュースが1面に掲載される中、最初に科学記事を1面に載せたのは、朝日新聞の科学部長である木村繁氏だ。
この『科学を一面トップにした男』(三田出版会)には、木村繁氏の取材から東大宇宙研究所の糸川英夫博士が辞任に至る経緯が、「第4章 糸川ロケット疑惑事件」として次の書き出しで書かれている。
一方、当時ロケット開発の現場にいた林紀幸氏によると、『昭和のロケット屋さん』(エクスナレッジ)には、糸川博士が東大を辞める2ヶ月前に次のことがあったとある。
こういう日本の宇宙開発と朝日新聞との確執があった上で、はやぶさの映画『はやぶさ 遥かなる帰還』には、朝日新聞の科学部の記者(井上真理)が出演している。
この映画を見た時、朝日新聞と当時のことを知る宇宙研の人たち(的川泰宣)との軋轢はなくなったと思っていたが、映画で描かれた記者のモデルが、本書の著者である東山正宜氏だ。
東山正宜氏は木村繁氏と同様に科学記事(はやぶさがオーストラリアで燃え尽きた写真、はやぶさ2の持ち帰った砂からアミノ酸が見つかった記事、ヒッグス粒子の発見記事など)を一面に飾らせた記者だ。
マウナケアからの映像の配信を生み出したきっかけが、藤原道長の次の歌にある望月のYoutube配信からだとは面白い。
本書にはYoutube配信からの宇宙部の活動などが紹介されているので、衰退する紙媒体から極端に少人数で実現可能なビジネスモデルへの転換の参考になる。
最後に本書で参考になったのは、朝日新聞が記者が海外出張をする場合、危機管理のために、出張先と滞在地、主な取材内容を編集局員全員で事前共有する決まりになっていることだ。経営が苦しくなり、取材を抑えてしまったらますます経営は苦しくなる。取材先は他社がいかない場所(マウナケアの頂上)や危険地域でなければ差別化もできないのだろう。
朝日新聞系列のWebメディア「UchuBiz」に「ロケットの父『糸川英夫』から学ぶイノベーションの本質」と題した連載をしていたこともあり、宇宙はメディアの新しい分野としてさらに拡大して欲しいものだ。