『攻めのESGとマーケティング』(環境研究、マスクドニード)
ESG投資に取り組む企業は、大きく2つのタイプに分かれる。それをベースにESG投資に対する私なりの考え方をまとめておく。
意識しているかどうかは別にして、1)のタイプの企業はESG投資を「攻めのESG」として捉え、2)のタイプの企業は「守りのESG」と捉えている。具体的にまとめると、以下になる。
まずは「攻めのESG」についてまとめてみよう。
CMOの配下にESG推進部門(サステナビリティー部門)を置く企業は、ESGの推進活動をマーケティングだと考えている。
【私の定義】にはマスクドニードという言葉を使ったが、これは潜在的なニードと呼ばれるものを指している。マスクドニードという観点で考えると、現在は問題として表れていない潜在的な社会課題の解決も含まれるということになる。
ESGの「E」の環境を大切にしていることを明示化にするエコマーケティング、グリーンマーケティングではなく、社会課題の解決に取り組むことが顧客創造(Create a Customer)に直結するマーケティングを指す。
ドラッカーが言う「自分で未来をつくること」(社会のニードが見つからなかったら、マーケットを開発し、そこへ売り込む顧客創造)ではなく、潜在的な社会課題を解決する方法を創造することがCreate a Customerとなる、という捉え方だ。
さらに「攻めのESG=社会課題に対するソリューションを事業を通じて提供すること」を、私の定義するマーケティング視点で具体的に考察してみよう。
この動画は2010年11月3日に訪れた「三分一湧水」で録画したものだ。山梨県の「三分一湧水」は筑後川の「山田堰(ぜき)」(アフガニスタンで中村哲医師が応用)に並ぶ、日本人の灌漑の知恵だ。
八ヶ岳南麓(山梨県白州町)は水量が少ない地域なので、当時は以下のような問題が起きていた。
翌年の2011年11月10日にWeb広告研究会(現在の「デジタルマーケティング研究機構」)の企画で、サントリーの白州工場の見学会に参加した。工場を案内するのは当時のサントリー広報部の方々で、参加者はCANON、リコー、ソフトバンク、味の素などの日本を代表する企業のWebマーケティング関係者だ。一通りの説明が終わり、質問の時間があったので、1年前の三分一湧水の見学の体験から、以下を質問してみた。
この空気を読まない質問は周囲を凍りつかせてしまったが、当時の広報部の方に臨機応変な対応をしていただき、その場は収まった。
しかし、長らくこの疑問は解けないまま私の頭に残ってしまった。
そんなときに出現したのが、山田健氏だ。
この本が出版されたのは、初版2012年1月15日。私が三分一湧水を訪問したのは2010年11月。つまり、サントリーの白州工場で野暮な質問をしたのが翌年の2011年11月で、2012年1月にはこの本によりすべての疑問が氷塊したのだ。
宣伝部の山田健氏の会社への自発的な提案は以下。
そして、生まれたコピーが「水と生きる」だ。
山田健氏の生まれた町には、「湯の河原」という名前のついた温泉の流れる川があったそうだ。明治時代に、井戸を掘削する技術が入り、川の湧き湯のすぐ上流で、一軒の宿が温泉井戸を掘り始め、水脈のすぐ上の井戸から湯を抜いてしまった。川の湧き湯は涸れてしまい、以後「湯の河原」はただの「水河原」となってしまったとのこと。当時、小学6年生だった山田健氏は「だったら、町名を変えなきゃいかんだろ」「バッカじゃないの」と思ったという。
私が、八ヶ岳南麓(白州町)の上流でサントリーの工場が大量の水を取水すると、下流の人が困るのではないか、と質問したことと同じ気持ちを、小学6年生の頃から抱いていたのがサントリー宣伝部所属のコピーライター山田健氏だったのだ。
つまり、サントリーなどの企業は「攻めのESG=社会課題に対するソリューションを事業を通じて提供すること」に取り組んでいるということになる。
そして、それは副産物として社会貢献的な側面もあるのだろうが、どの企業にとってもそれは基幹事業だ。
マーケティング的にもエコマーケティング、グリーンマーケティングのような表面的なものでなく、顧客のマスクドニード(Hidden Needs)を満たす価値を創造している。
CMOの配下にESG推進部門がある企業のESGに対する捉え方は、特に「E」に対しての社会課題解決を本業に直結させていることが特徴となる。
では次に、経済学者である宇沢弘文氏の「社会共通資本」という観点からも「攻めのESG=社会課題に対するソリューションを事業を通じて提供すること」を考察してみよう。
制度資本はESGの領域ではないので省きますが、社会インフラストラクチャーとして電力会社のESGを考えてみよう。
最近、RE100に加盟する日本企業が増えてきた。
加盟企業は自然エネルギーで作られた電力以外を購入しないため、原子力発電、化石燃料により火力発電などで作らた電力はRE100加盟企業にとり不要なものだ。
RE100に加盟した企業がESG投資家からの評価が高まり、化石燃料の変動リスクを回避、あるいは、同じRE100に加盟する企業との新規取引が開拓しやすくなる。
つまり、RE100に加盟する企業は、RE100をマーケティングに最大限活用することが、ESG投資を重要と考える企業のマスクドニード(Hidden Needs)を満たすことになり、顧客創造につながる可能性が増すわけだ。
社会的共通資本としての自然環境は、ESG投資家への統合報告書を考察する国際統合報告評議会(IIRC)では資本を以下の6つで考えることで、位置づけを明確化している。
宇沢弘文氏は、自然環境は経済理論でいうストックの次元を持つ概念とし、自然環境を構成する希少資源の多くは、生産、消費などの経済活動に不可欠な要素で、自然環境が経済的役割にフォーカスすると、自然資本と表現できる、としていう。
この動画は、自然資本を分かりやすく表現していることで有名なものだが、問題は自然資本を財務会計的に計算することが難しい点だ。
しかし、2007 年にドイツのポツダムに G8 の環境大臣が集まった場で、独メルケル首相が、自然の、生物多様性の価値をもっときちんと測りましょう、と提唱したことがブレークスルーとなった。
そこで、フランスのケリング(グッチ、プーマなどがブランド)は自然資本をビルトインした自然資本会計(EP&L)を発案した。
ケリングが素晴らしいのは、EP&Lの方法をオープンソースの形で提供し、他社が活用できるようにすることで、環境会計に関するグローバルイニシアチブのNatural Capital Protocol(以下、NCP)と共に自然資本会計の更なる発展を支援していこうとしていることだ。
ここまで「攻めのESG=社会課題に対するソリューションを事業を通じて提供すること」を解説してきたが、「守りのESG=ERM(エンタープライズ・リスクマネジメント)活動や非財務情報を開示・エンゲージメントすること」についても「守りのESGとエンタープライズ・リスクマネジメント」と題し、別にコンテンツをまとめてある。