『ソフトマティリアル・パスと人工光合成』(技術情報バンク)
豊田中央研究所から「太陽光でCO2を資源に! 人工光合成の飛躍的進展」というニュースが流た。
つまり、豊田中央研究所はCO2という材料を使い植物より効率よく有機物を作る機械を開発した訳だ。
手段は違うが、1985年10月30日に発売された『未来への仮説』(田中一著)では、ソフトマティリアル・パスとして有機物を素材とする物質文明が地球を救う発想として紹介されている。
そしてこの本は、北海道大学で十数人の研究者が集まって開いた研究会で議論されたことをベースにしたものだ。
田中一氏は、自然の構造を「無機的自然(主系列)」「生物(2次系列)」「人間(3次系列)」の3つに分けて考えている。
では、ひとつひとつを詳しく見ていこう。
地球環境という観点から自然は、主系列と2次系列が30億年以上を月日をかけてつくりあげたもので、30億年前ごろ地球上に誕生した生命は光合成を行わず、多量に存在した炭水化物やタンパク質など有機物を摂取し生命を維持。
有機物を摂取しつくし最初の食糧危機が到来。そのころラン藻が出現。ラン藻が空気中の炭酸ガスを吸収し太陽光からのエネルギーで、有機物を炭素同化作用により合成。その廃棄物として酸素を放出し酸素のオーバーシュートにより嫌気性生物が絶滅。その後、エネルギーを有機物の化学変化から獲得する発酵呼吸生物と大気中の酸素を吸収する酸素呼吸生物が出現。
このように主系列と2次系列が互いに作用しあって、自ら変化して作り上げたものが自然。したがって、3次系列の人類がこの共存関係の上に立って発展させていければ、人間と自然との好ましい関係が成立可能になる。
田中一氏は、3次系列である「人間」だけが、運動量が高いため飛行機に乗って遠いところに行ったり、自動車を量産したりし、主系列の資源枯渇と環境汚染を起こしてしまう。それならば植物や動物などの運動量の低い2次系列から新しい科学技術を求めれば、資源枯渇と環境汚染を防げるのではないか、特に植物の糖合成を検討することがマスクドニードだ、と主張している。
そして、主系列の鉱物などを材料(ハードマティリアル)とする現在の重化学工業と比較するため、2次系列の植物の糖合成システムから得れるような有機物を材料(ソフトマティリアル)とした社会への転換をソフトマティリアル・パスと名付けた。
また田中一氏は、「タンパク質をディオキシリボ拡散の分裂増加に基づいて生産するような技術の開発が必要であろう。この技術は、すでに現在の遺伝子工学でも開発されており、その成果に基づかなければならないことも確かであるが、ソフトマティリアル・パスの技術全体がどのようなものであるかは、今後の問題である」としていることから、ソフトマティリアル・パスの実現手段をバイオテクノロジーに求めていたことが推測できる。
しかし、豊田中央研究所の人工光合成技術は、「半導体と分子触媒を用いた方式でCO2の還元反応と水の酸化反応を行う電極を組み合わせ、常温常圧で有機物(ギ酸)を合成するクリーンな技術」とあるので、それとは違うソフトマティリアル・パスの実現手段ということになる。
ソフトマティリアル・パスの実現手段は、他のいろいろなオルターナティブがあるが、自然の構造を3つの系列で捉え、主系列からでなく、2次系列の糖合成システムから有機物を求める発想は、サステナビリティ社会における重要な素材をもたらす。
それは田中一氏が仮説として提案した生産設備だけでなく、従来の重化学工業が生み出す素材とは違う地球に優しい多様な素材が生まれてくる可能性がある。
例えば、人工の蜘蛛の糸から作られたアパレル(GOLDWIN)や自動車部品(小島プレス工業)など。
それにしても、田中一氏の全体を俯瞰する発想は、まさにシステム屋の発想だ。
また、田中一氏を知ったのは、同じシステム屋である糸川英夫氏が『21世紀への遺言』(徳間書店、1996年)の「第5章 ソフトマティリアル・パス/未知の無公害技術」で、田中一氏を評価し、ソフトマティリアル・パスを「生命体を使った世界再生産構造」として紹介していたからだ。
田中一氏はバブルがはじまる前夜の36年前の1985年に、すでにサステナビリティー経営やESG経営になることをロジカルに予測していたのだ。
Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。