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『復興亜細亜の諸問題・新亜細亜小論』 学者としては血があり過ぎ、志士としては学問があり過ぎる(日本の歴史)

 大川周明は、チベット、インド、英国とアフガニスタン、ペルシア、ロシア、トルコ、エジプト、ヨーロッパのイスラム植民地、メソポタミア、バグダードなどを亜細亜として捉えている。つまり、「アジア=中国、ASEAN」という捉え方ではなく、中東のイスラーム諸国も含めアジアとしているのが、大川周明だ。そしてスタンスとしては、政治的・経済的組織を与えるための第一条件は、日本は亜細亜諸国に対して、主人たる如き態度は捨てて、同盟者たる態度をとるべきだとしている。政治的・経済的組織を与えるという前提なので、上から目線であることに違いないが、亜細亜の精神を統一したかったのだろう。

 復興亜細亜は世界新秩序実現のためだとし、日米戦争は支那事変完遂のためにために戦う、というロジックは、何やら矛盾を感じる。しかし、彼の頭の中では、支那と日本が相争うのは、討幕のために協力せねばならぬ薩長が相争う如きものと位置づけれている。大川周明の世界新秩序では、支那と印度と日本を東洋とし、ひとつと考えていた。しかし、印度は印度のみを考え、支那は支那のみを考え、独り日本だけが「三国」を意識しているとしている。

 印度のガンジーからは、「すべての日本人に」という書簡で、「わたしは、あなたが中国に加えている攻撃を非常にきらっています。あなたがたは、崇高な高みから帝国主義的野心にまで降りてきてしまいました。「(日本軍のインド侵攻が)インドから積極的な歓迎を受けるだろうと信じようものなら、あなたがたはひどい幻滅を感ずるという事実について、けっしてまちがえないようにしてください。」と日本の軍事行動は根本的に批判されている。

 大川周明は「学者としては血があり過ぎ、志士としては学問があり過ぎる」と評価されているとおり、東洋の三国が一体となり、西洋列強に対抗すべく、亜細亜植民地の解放を訴えているが、それには無理がある。前述の手紙を書いたインドのガンジーはもとより、自国の自給自足体制のための満州国建国など、あまりにも自己中心的過ぎる。要するに、東京帝国大学文科大学卒(印度哲学専攻)の大川周明は、中国の儒教文化とインドの仏教文化を総合した日本精神を、「三国魂」として、一つの秩序としたかった。彼にとっての大東亜戦争は、単に資源獲得のための戦いではなく、経済的利益のための戦いでもなく、東洋の最高なる精神的、文化的価値のための戦いだったのだ。

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Creative Organized Technology 研究会(創造性組織工学研究会)
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