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雲梯。

私は幼い頃、
大人になったら女の人は走れなくなると思っていた。
どうしてそう思っていたのか忘れたけど、
何故だかそう思っていた時期があった。
大人の女の人(母たち)が走ってる姿を見たことがなかったからか、よく覚えていない。

大人になったら走れなくなるんだから今のうちにたくさん遊んでおこう。
私の心の片隅にはそんな気持ちが確かにあった。


休み時間になると校庭の遊具まで走って行って、登り棒にしがみ付いていた。
登り棒は人気の遊具だった。
今でも小学生は登り棒にしがみ付いているんじゃないかな?
小さい身体は登り棒を難なく登れたし、雲梯もお手の物だった。

特に雲梯は考えながらやっていたお陰で、思い出が強く残っている。
一棒一棒、掴んで進んだ後、
一段抜かし、二段抜かしとブラーンブラーン身体を揺らしながら進んでいった。

(一棒抜かしと言うべきなのか?当時は一段抜かしと言っていたので、そのまま書きます)

次はこうしてみよう、その次はこう、と挑戦して行くのが楽しかった。
なかなか完璧に出来ない難しさと、何とかやり遂げられると言うベストなバランスが、余計に楽しさを感じさせたのかも知れない。



先日、少し遠出のお散歩の後に寄った隣町のショッピングモールで、長い雲梯が設置されているのを見つけた。
ショッピングモールは海に面した人工島の上にある。
日も落ちかけて来て、綺麗な夕焼けが現われはじめた。
ショッピングモールの灯りも点きはじめて心地よい時間になった。

長い雲梯は、広い敷地の海側の端っこに設置されていて、やはり子どもたちがチャレンジしていた。

敷地内の広場では、家族連れが思い思いに時間を過ごしていた。
自転車の練習をしている親子、駆けっこをして走り回っている兄弟、海沿いのベンチでお喋りをしている学生、単に風を感じてのんびり夕涼みしている大人たちや、みんなそれぞれ。


綺麗な夕焼けのおかげで薄紫に包まれた所為もあってか、懐かしい雲梯の近くまで行ってみた。
スタート地点はまだ子どもたちで賑わっていたので、ゴール地点に立ってみた。
流石にゴール地点までやって来る子どもたちは居なかったので一方通行ではあるが、まぁいいだろうと思って立ってみた。

手を伸ばして雲梯を掴んだ。
子どもの頃のようには出来ないだろうと思いながらも、少しは進むだろうと思ってぶら下がってみたが、身体が重くて、そこから前に進まなかった。
ただぶら下がっているだけになった。
それだけでもなかなか辛かった。

雲梯はダメだ。きっと登り棒もダメだろう。

それでも、

私はまだ走れる。
風を切ってぐんぐん走れる。
楽しく、息を切らしながらでも走れる。
大人だけど、走れる。


いずれ、走れなくなる時が来るんだろう。
それまで、ありがたく走られてもらう。
ありがたく、歩かせてもらおうと思う。


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