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猫缶パッカンパンパカパーン猫沼への招待状は突然に

 おつとめ品コーナーを覗いたら、魚の缶詰が安かった。見慣れないパッケージも混ざっているが、昨今の値上げラッシュの中では有名メーカーでなくとも有難い。
 会計を済ませた後、無料の段ボール箱に缶詰を詰め込む。缶詰は予定外の買い物だったので、手持ちの袋では足りなかった。それと、袋に入れるよりは、底が平らで硬さもある段ボール箱の方が、大量の缶詰を安定させるのにも良かったのだ。

 何缶かでパッキングされた缶詰なら、まあまあ纏まってくれる。だけど、値引きシールの貼られた缶詰はサイズもバラバラで、陳列の際に落としたのか、変形しているものもあった。
 それに、楕円形や長方形など、缶の形もてんでバラバラで、袋の中で重ねたところで、金属がぶつかり合う音を立てまくるだろう。ならば、無料の段ボールの方がまだ安定する。片手で持てる袋に比べて、段ボール箱はかなり運びにくいけれど。

 缶詰の入った段ボール箱を抱え、帰路につく。雨の降らない日で良かった。傘をさしながら、段ボール箱を抱えるのは難しい。雨の日でも働く宅配業者さん達は、ひたすらに偉い。
 そんなことを考えながら歩いていると、猫がトレードマークの宅配業者が使う端末から生じるような音がした。高音の「ニャー」が微かに聞こえた。

 しかし、猫の姿は見当たらない。だが、代わりに道端には段ボール箱。スーパーに置いてある綺麗めな段ボール箱と違って、素手では触りたくない感じの段ボール箱が有った。
 目を凝らして見れば、「拾って下さい」の文字列。あんな汚い段ボール箱は拾いたくない。そして、段ボール箱は丁寧に蓋が組み合わされ、それを外さない限り、中は確認出来なかった。

 幸い、段ボール箱には持ち手となる穴が有ったので、そこから中を覗いた。すると、その中には毛玉。汚れた小さな毛玉が複数。
 溜め息を吐き、ずれた前髪を戻す為に頭を振る。酷いことをする人も居たものだ。自分の手で保健所へ持ち込む度胸もなく、引き取り手を探す能力もない人間。そして、仔猫が逃げ出さないようにだけは出来る人間。こんなの、溜め息しか出ない。

 運悪く、今は両手が塞がっている。この子達をどうにかすることなど出来ない。そもそも、何時から置かれていたのか分からず、生きているのかも定かではない。嫌なものだ。
 とにかく、荷物を置きに帰る。もし、毛玉を拾うにしても、生半可な気持ちでは駄目だ。先ずは、スーパーで買った物を片付けねば。

 要冷蔵のものは冷蔵庫へ。ペットボトルはローリングストックコーナーへ。そして、安かった缶詰を常温保存食材エリアに仕舞う。その際にパッケージを良く見たら、缶詰には猫用が混ざっていた。安いからと、大して確認せずに買い物かごに放り込んでしまったせいだ。そして、おつとめ品は返品不可。仕方ない、これも何かの運命なのだろう。
 缶詰を出しきった段ボール箱に、汚れても良いタオルを放り込む。ここで、ちょっとした悪意が芽生えた。そして、適当な紙にマジックで書いてやった。乱暴な字で「捨てた人へ告ぐ。この中の子達は、実験材料にすることにしました」と。それから、貼り付け用のガムテープも用意。何をやっているんだと思われそうだが、捨てやがった奴に「良かった、拾って貰えた」と思わせたくはない。

 汚い段ボール箱の辺りに戻り、周囲に人気が無いことを確認。ガムテープで「捨てやがった奴へのメッセージ」を貼り付ける。そして、段ボール箱を開けて毛玉達を確保。それから、持参した段ボール箱へ素早く入れ、タオルに包む。後は、目撃されぬようにさっさと帰るだけだ。仔猫の体は冷え切っていた。僅かだが動くには動いたから、生きてはいる。だが、それも時間の問題だろう。小さな生き物は、とにかく弱い。
 ミルクは後にして、お米をレンジで温めて簡易カイロを作成。ネット情報は何だかんだで役に立つ。後は、このきったない奴らをどうするかだ。流石に、段ボール箱で病院へ連れて行く訳にもいくまい。だが、今からキャリーバッグを売っている店に行くのか? 仔猫用ミルクを買うのに、スーパーへ戻るのも嫌だ。

 キャリーバッグの代用品。ある程度足場が安定していて、空気の入れ替えが出来れば良いか。そんな都合良く、キャリーバッグを持つ人の近くに毛玉が捨てられることも無かろう。
 そうと決まれば、呼吸穴を開けたカバンに仔猫を入れて最寄りの病院へ。これまでの経緯を説明して、飼う気はあるのか確認されつつ診療へ。やはり、状態は良くないようだ。乾いてはいるが、へその緒が付いたまま。これを人工保育で育てるのは難しい。中でも小さい個体達は、生き残る保障は殆ど無いと言う。
 決断を迫られた。だが、拾ってしまった以上は、見捨てられない。例え、生き延びさせられなくとも、温かな最期を迎えさせたい。それがエゴだろうと構わない。

 生まれたての仔猫は、とにかく弱い。だから、注意点は沢山だ。だけど、結局は個体の生命力も関係してくる。だから、残念な結果になっても気に病む必要はないそうだ。ただ、保温に気を配り、数時間毎にミルクを与え、下の世話もする。それで駄目なら、それはもう運命だと。元々、多胎動物は一匹でも生き延びれば良いように自然にプログラムされている。だから、気に病む必要はないのだと。
 ミルクの与え方や下の世話の実演をして貰い、会計。ミルクセットも買ったが、仔猫が生き延びて、ミルクが無くなったらまた来るように言われた。
 悲しいけれど、この毛玉達が生き延びる確率は低いのだ。プロの獣医がミルクを飲ませようとしても、弱った仔猫達は殆ど飲まなかった。何の経験もない人間は、更に何も出来ないだろう。

 動物病院から帰り、直ぐにお米カイロを仔猫達の傍に置く。ミルクは獣医が与えたから、直ぐには必要ない。ただ、見守るしか出来ない。いや、見守ることも、どうやれば良いのか分からない。
 ミルクの時間になって、教えられた通りに仔猫達にミルクを与える。余り飲んではくれない。段々と生き物としての炎が弱っていく感触がある。苦しい、息が詰まる。
 あの時、気付かないふりをすれば、こんな気持ちを味わうことは無かったのだろうか? いや、気付いていても、スルーすれば良かったのか? 駄目だ。負けるな。
 ミルクを与え、下の世話をし、細切れに休む。小さき生き物の世話とは、何とも繊細で大変なことか。それでも、回数を重ねる毎に吸う力が強くなる子も居る。それだけが救いだった。

 最初の内は、ただ生き延びてくれれば良いと思っていた。だが、結果はこうだ。何でこんなにもデカいんだ。獣医の診察時の名前、チビとチビ白と白だぞ。名前がややこしいけど、白だけは、自分の名前をちゃんと区別しているぞ。
 チビは、獣医以外ではのびーる茶んと呼ぶし、チビ白は太ま白ソックスとか呼ぶけど、正式名称はチビとチビ白だ。獣医で記入した名前を正式名称とするなと言われても知らん。
 白は、まんま猫だ。ツンデレみのある孤高の猫だ。チビ組にご飯を取られてパンチ食らわせる系の猫だ。なりは小さいが、喧嘩は強い。
 猫を拾うまで、こんな感情があるとは思わなかった。猫をモフり、猫に潰され、猫に場所を取られる。それでも、可愛いし癒される。自分が、この沼からは出ることはもう叶うまい。

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伊野聖月
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