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エクストリーム心霊写真アルバム 後編
「岡島氏曰く、どんな山にもアダルティな本の廃棄場があると言う。そして、岡島氏が言うことには、それはまだアダルティな本を買えない十代男子の夢の場であり、そこで夢を見た男子は、大人になってから新たなアダルティな本をそこに置いていくと言う。そうして、その一角は終わることなく十代男子の夢のスポットとなるそうだ」
あまりのくだらない話に、金縛りは更に解けた。足先や肩から先なら動く。だが、今度は話がくだらなすぎて、突っ込みを入れる気力がない。
「アダルティな本廃棄スポット、それは真面目でお堅い大人の目が届かないエリアに出来る。なぜなら、アダルティな本は、アダルティな本故に迫害されるからだ。そして、そう言ったエリアには、他にもやましいことのある人々が集まる。例えば、誰の種か分かったもんじゃない子を産んだ、ヴィッチヴッチな女とかだな」
呆れた表情を浮かべる櫻井。掌を上に向けたジェスチャーまでしている。
「育てたくないなら早めに病院に行けば良いものを、ズルズルと引き伸ばしてしまった。その結末、育てる気もない子供が産まれた。誰にも知られたくもない。施設やらに向かう考えが出来る脳もない。ただひたすら事実を隠したい。そんなこんなで、人が入り込まないアダルティな本の廃棄スポット近くには、生まれたてホヤホヤで地縛霊になるしかなかった子供がわんさかいる」
わんさかいるって、警察は何しているのか。いや、ニュースにすらならない遺棄事件って、そもそもどれだけあるんだ。
「この写真には一人。この写真には二人。水子霊は堕した本人に憑くって言うけど、何故か土からニョッキニョッキ生えているんだよ。ほら、この写真も土からニョッキニョッキ」
「単に、そこに埋めたからじゃねーの?」
ニョッキニョッキ言う表情に腹が立って、思わず突っ込んでしまった。なお、まだ立ち上がれそうにはない。
「それな!」
その顔やめろ、ウザイ。
「少し先のページだけどさ、埋められた地縛霊の大人編があるんだよ。時間が経つと、埋めた場所は素人目には分からないから、見つけて欲しい霊は余計にたぎるらしくてな」
なんで嬉しそうなんだよコイツ。
「この国に、毎年どれ位の行方不明者が出ると思う? 埋められて自縛霊になった奴の殆どはそれ。なんせ、生死すら分からないから供養もされない。供養されないから成仏できない。そもそも、埋められた経緯がなんであれ、簡単に成仏出来るもんじゃない」
それはそうかも知れないが、なんでコイツは淡々と説明出来るんだ。
「写り込んだ霊の見た目から、大体の死因は分かる。ただ、全てじゃない」
ページを捲る櫻井。捲った先には、積極的に見たくはない霊が写っていた。いや、心霊写真自体、どれも積極的には見たくはないが。
その後も、櫻井は様々な心霊写真を見せては説明してきた。そして、ついにアルバムを閉じると、真面目な表情を作った。
「こんな写真を集めるのが趣味でな。出張の多い仕事だから、出張ついでに新しい写真が撮れる」
まだ増やす気か。
「そんな趣味と実益を兼ねた出張、疲れるけど充実している。しかし、出張ばかりじゃ自宅に居る時間も少ない。月に七百時間も居やしない」
それは、大体の人がそうだろ。二月は閏年ですら、秘密な道具でも無い限り無理だ。
「だから、な? このまま居座れると助かる。勿論、何万か金は払う。掃除も使った場所ならする。ゴミ捨ては居ない日が指定日になるかも知れないから無理だ。むしろ、だからこそ誰かと住みたい」
「俺は便利なゴミ捨て人か」
「そうは言っていない。ただ、出来る出来ないを居座る前に話して」
「居座るの前提か!」
「そりゃ、何度も私物を運ぶのも面倒臭いからな。勿論、居座るからには、光熱費は全額負担するし食費も出そう。それに、出張先では旨い土産を買ってこよう」
光熱費全額負担か……それが本気なら、助かるな。食費は曖昧な部分があるが、無いよりはマシだろう。
「なら、一筆書け。部屋を借りる代わりに、光熱費は全額します。食費も負担します。守らない場合には出て行きます。旨い土産は有れば嬉しいが、そこまでは文書にしなくて良い。あと、文書の最後に署名捺印な」
呆けた顔をする櫻井。しかし、二人とも良い年だ。こういうことは、はっきりとさせておいた方が後々良い。
「分かったよ。筆記用具も判子も部屋だから、アルバムを部屋へ戻すついでに持ってくるわ」
張りっぱなしだった髭を外し、アルバムに貼り直す櫻井。案外素直に従ったな。
暫くして、アルバムの代わりに紙とペン、それから判子を持った櫻井が戻ってきた。ペンは油性で熱でも消えないタイプだと、櫻井は紙の端にペンを走らせながら証明した。
「それで、なんて書くんだっけ?」
櫻井は、端が黒くなった紙に目線を落として聞いてきた。何を書くか。書けと言ったのは俺だが、約束事の言い出しっぺはお前だろうに。
「契約書。部屋を借りる代わりに、光熱費を全額負担します」
「借りる代わりに、光熱費を全額負担……と」
言われるままにペンを走らせる櫻井。段々文が右下がりになっていくが文字を間違えなければ問題無い。
「部屋を借りる代わりに、食費を負担します」
「借りる代わりに、食費負担っと」
「上記の二項目を守らない場合は、退出いたします」
「上記の……場合は、退出いたします」
櫻井が文書部分を書き終えたので、一度その内容を黙読する。お世辞にも上手いとは言えない字だが、読めない程ではないし間違いも無かった。
「じゃ、最後にフルネームと捺印な」
櫻井は、それにも素直に応じ、インクが乾いてから契約書を受け取った。
「これで、家賃支払いなし生活が確約されたぜ」
額の汗を拭くジェスチャーをし、やり切った顔をする櫻井。二人分の光熱費を払うとは言え、家賃に加えて一人分払うよりずっと安いからな。
櫻井をダイニングに残し、契約書を持って自室へ向かう。契約書はスキャンし、原本は鍵をかけられる引き出しに仕舞った。スキャンしたデータは何かのついでに印刷するとして、一先ずダイニングに戻る。櫻井の話が長いせいで、正午は一時間も前に過ぎた。つまり、何か食いたい。
「お昼ご飯は、ウキウキクッキング」
何かが聞こえてきたが、腹を満たす食糧はそちらにしかない。
「仕込んだ鶏肉、いい感じ」
若干の疲れを感じながら台所へ向かう。櫻井が口ずさんだ通り、大きめのタッパーの中にはみっしりと鶏胸肉が詰まっていた。
「食費を負担すると宣言したからな。仕込んでおいた」
裏を返せば、話を切り出す前から居座る気だったのか。
「後は、蒸し焼くだけだ。アレルギー無いか?」
「多分無いな」
全てのアレルギーが無いとは言えないが、食品は概ね食べられた筈だ。検査はしていないけどな。
「んじゃ、鶏肉に火が通るまで適当に待っとけ。同時進行でうどんも茹でる」
櫻井の調理スキルに驚きつつ、言われるままにダイニングで待つ。手伝おうかと提案したが「やだ。可愛い女の子なら歓迎するけど、このスペースで野郎同士並ぶのはむさ苦しい、無理」と返された。しかも、これ以上ない位の真顔で。
うどんは太さによって茹で時間が異なるが、沸騰するまでの時間もコンロの火力と水の量によって変わる。まあ、十分は出来ないだろうな。スマホでニュースでも確認しておくか。
「ヘイ、お待ち!」
櫻井の声でスマホを胸ポケットに仕舞い、差し出された器を受け取る。熱くなった器の中に、大量のもやしとスライスされた鶏肉が見えた。
「飲み物はお好きに」
そう言いつつ、自分の分の器をテーブルに置く櫻井。そして、一人分の箸とコップ、麦茶入りのジャグを持って戻った。そうだ、食べようにも箸が無い。
「それでは、いただきます」
食べ始めた櫻井を横目に、箸とコップを取りに行く。
「あ、味を変えるのは、一口でも食べてからな」
テーブルに置きっぱなしの胡椒やらを見る櫻井。そこら辺は礼儀だよな。
「分かってるって。では、いただきます」
先ずは、一番上にある鶏肉を一口。それから、もやしを絡めながらうどんを啜る。普通に旨い。
麺類なだけあって、十分もせずに昼食は終わった。そして、それを見計らったかの様に櫻井は話し出す。
「出張で、たまに半月程居なくなることもある。空気の入れ替えやらで部屋に入るのは構わないが、アルバムだけは触るなよ?」
そんなもん、こちらから願い下げだ。
「はいよ」
それだけ言って、使い終えた丼やらを洗いに行く。作って貰った礼にと、櫻井の分も洗っておいた。
櫻井が居座ることが確定してから何日か経ち、出張の為に数日は帰らないと伝えられた。あと、最終日は空弁を買って買える予定だから、夕食は用意するなとも伝えられた。
そして、出張先へ早い内から家を出なければならない櫻井は言った。それも、わざわざ振り返ってポーズを決めて言いやがった。
「良いか、アルバムだけは絶対に触るなよ? 絶対にだからな?」
そう言い残し、櫻井は家を出た。これが小説や漫画の話なら、俺はアルバム触ることになるのだろう。しかし、それは二次元の話だからこそだ。その危険性を体感した以上、やる訳がない。
さて、俺も朝食を済ませて出社しなければ。そう考え、玄関に背を向けた時だった。櫻井が使う部屋から物音がしたのだ。正直、確かめたくはない。しかし、窓が開いているかも含め、出社前に確認せねばならないだろう。
スマホを握りしめ、ドアを細く開けて部屋を覗く。幸い、誰かが居る可能性は消えた。しかし、カーテンが閉まっている為、窓が施錠されているかは近付かねば分からない。
仕方がないので、カーテンを少し捲り、窓に鍵が掛かっている事を確認した。その刹那、背後から物音がした。櫻井が出掛けた以上、家に居るのは俺だけだ。これは、きっと櫻井のフリによる幻聴だ。そうだ、櫻井が煽ったからそう感じただけだ。
物音はただの気のせいだと結論付け、ドアの方を振り返った時だった。先程までは無かったアルバムが、床に落ちていたのだ。それも、棚やテーブルからは離れた位置、窓からドアへ向かう最短ルートに落ちていた。
鼓動の喧しさに気付きながら、アルバムを迂回して部屋を出る。アルバムが部屋に有るのを見ながらドアを閉め、嫌な汗が噴き出すのを感じた。
もう二度と、あのアルバムには関わりたくない。そう考えた時、玄関側から物音がしたーー
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![伊野聖月](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/142068605/profile_7030b00d3163f7c7f3af6863d6f4756f.jpg?width=600&crop=1:1,smart)