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海辺の施設と謎の声

 いよいよ、今日から臨海学校。ずっと楽しみにしていた臨海学校。仲良しの友達と班になって、海辺の合宿場で二泊三日。
 先生から何度も学校の外でのマナーを色々と言われたけど、楽しみ過ぎて覚えていない。だけど、友達と一緒なら、僕のマナーが間違っていても、誰か覚えているよね!

 お空はご機嫌斜め、今にも雨が降りそう。だけど、学校に行くまでは降って来なかった。一応、傘も持って来たけど、使わなかったから学校の傘立てに置いておこうと思った。だけど、夏休みで校舎は開いていなくて、ちょっと邪魔だけど傘を持ったまま校庭で並んで待った。
 校庭にはもうバスが来ていたし、運転手さんも居るから早く乗りたい。話だってバスの中で出来るのに、先生が「先ずは校庭に並べ」って。晴れていないから暑さはそうでも無かったけど、バスの中の方が絶対良い。校庭なんて砂っぽくて、夏は暑いし冬は寒い。それに、先生の話は何時も長い。

 何度も聞いた話を先生から聞かされてから、ようやく友達とバスに乗った。バスで座る席は班毎だったから、何も悩むことは無かった。お弁当や飲み物が入った袋だけを前の席の背もたれに引っ掛ける。大きな鞄は、バスに乗る前に先生に渡した。バスの中に無くて良い着替えとかの入った鞄は邪魔になるだけだから、先生がバスのトランクに入れていた。
 皆がバスに乗って、先生がクラス全員の名前を呼んで、やっとバスのドアは閉まった。だけど、直ぐにバスは走り出さない。僕のクラスは、一組じゃないから後回し。
 バスが走り出した時、雨がバスの窓にぶつかり始めた。危ない危ない、ちょっとバスに乗るのが遅れたら濡れていた。

 バスが海に近付くと、どんどん雨は強くなった。バスの中だから風の強さまでは分からない。だけど、本当なら広場で食べる筈だったお弁当は、バスの中で済ませることになった。お弁当は美味しかったけど、ちょっとだけ、つまらないなって思った。
 お昼を食べた後、雨はもっと酷くなった。ずっと楽しみにしていた臨海学校なのに、海で泳げそうにもない。

 宿泊施設に駆け込んで、大きな荷物は大人達が纏めて運んだ。まだ昼の時間なのに空は暗い。バタバタバタバタ、古い建物の天井に雨が落ちてきてやかましい。
 先生は、大きなビニール袋に入れられた僕達の鞄を床に置いた。何だか、僕達の鞄がゴミみたいにされていて嫌だ。
 先生は「クラス毎に集まれ」って言って、僕達は言う通りに集まった。相変わらず外からは大きな雨の音がしてくる。

 皆が集まった後で、先生はビニール袋から鞄を出してはネームプレートを確認した。臨海学校の前に何度も言われたことの一つは、「所持品の全てに名前を入れる」だった。
 名前を呼ばれたら先生から鞄を受け取って、元の位置に戻った。皆に鞄が渡ったら、いよいよ友達と泊まる為のお部屋に向かう。
 お部屋は凄く広かった。学校の教室よりも広かった。だけど、広いだけだった。ドアの正面にある窓は汚くて、そこに雨がバシバシと音を立てながらぶつかっている。布団は人数分あって、畳んである。畳んであるけど、近付く前から何か匂う。

 学校で決めておいた並び順に、自分の荷物を布団の傍に置いた。やっぱり、布団は臭いし古い。布団を敷く畳もボロボロでチクチクだ。
 こんな所で二泊三日。海に入れないっぽいのに、こんな所で二泊三日。ずっと楽しみにしていた臨海学校なのに、とっても残念。
 荷物を部屋に置いたら、また先生の元へ。先生が言うには、やっぱり海は無理だって。「どうせ濡れる」って言った子も居たけど、先生は「台風が接近しているから波が高くて危険!」だって。
 雨が降ったら運動会やマラソン大会は延期。でも、遠足の日に雨だと、延期にはならないで別のことをやる。だから、わかっていた。こんなにも雨なんだから、海は無理だって。
 代わりに、夕食までの時間は先生達が用意したレクリエーションをしたけ。どけど、海で泳ぐのに比べたら凄くつまらない。

 レクリエーションの時間も終わって、夕食の準備。料理は大人達が作ってくれたけど、並べるのは自分達。給食に似ているけど、給食よりあったかい。カレーにサラダ、給食でも良くあるメニューだ。
 夕食を食べたら、作ってくれた人にお礼を言ってお皿を返した。これも、臨海学校の前に何度も先生から言われたことだ。
 お皿を返した後は、食堂でそのまま映画鑑賞。白い壁があるから、プロジェクターがあれば映画も映せるんだけどイマイチだった。
 それからは、班毎に順番に浴場に行って、番じゃない班は自由時間。持ち込めるのは、トランプとか小さなボードゲームだけだったけど十分楽しい。
 僕の班の番が来て、着替えとタオルを鞄から出した。そうしたら、ママから渡されたお守りも出て来た。ママが「不安な時は開けてね」って言って渡してきたお守り。「恥ずかしいから嫌だ」って言って、置いてきた筈なのに。

 お守りを隠しながら準備をして、浴場へ。そこで、洗いっことかしながら楽しんだ。海で泳げない分を楽しんだのは、先生には秘密だ。
 また、自由時間なのだけど、いよいよ台風が本気を出してきた。友達が居るから怖くない。怖くないけど、汚れた服を鞄に入れる時に、ママのお守りを開けた。中にはテレホンカードと、公衆電話のある場所を書いたメモ。僕は、メモの内容は覚えて、テレホンカードをポケットに隠した。
 トイレに行くついでに、電話を探すことにする。ボードゲームは遊べる人数が限定されるから、丁度良かった。友達が遊んでいる間に電話が出来る。

 暗い廊下を手探りで進んだ。ママの地図が間違っていたら、最悪だ。廊下をずっと進んだところに、ぼんやりと光る電話を見つけた。良かった! これで、ママに電話を出来る。
 テレホンカードを入れて、おうちの番号を押していく。暗くて見えにくいけど、一つ一つボタンを押していった。
 直ぐにママは出てくれなかった。僕達の班が浴場に行ったのは午後八時。だから、ママが帰っていない筈がないのだけど。
 呼び出し音が途切れて、電話が繋がった。だけど、ママが電話を受けた時に言う「はい、◯◯です」は聞こえてこない。
 どうしたのかなって思った。番号を間違ったのかなっても思った。だけど、電話を切る前に、受話器から声が聞こえた。

「助けて……助けて」
 凄く苦しそうな声だった。だけど、僕には何も出来ない。だから、先生を呼んで来るって言おうと思った。だけどそれを言うより前、声の代わりに水の音が聞こえた。それから、耳が痛くなる位の低い叫び声も。
 ママじゃない。僕が電話をかけた相手は、ママじゃなかった。だけど、これは誰? なんで、大きな声で叫んだの? その声で、僕は台風よりもずっとずっと怖くなり、受話器も戻さないまま走って部屋に戻った。友達はまだゲームをしていたから、ドキドキを落ち着かせる為にも、トイレに行ってこよう。そうすれば、友達に嘘をついたことにもならない。

 トイレを済ませて戻ると、丁度友達のゲームが終わったところだった。だから、僕は笑顔で新しいゲームに参加した。電話に忘れたままのテレホンカードも、何もかも忘れて。
 台風の音が大きくなる中、先生は寝る時間だと言いに来た。だから、僕達は布団を敷いて寝る振りをする。先生は電気を消してしまったけど、そんなのは僕達にはお見通し。だけど、ペンケースに隠しておけるライトで……と言う僕達の作戦も、見回りに来た先生にはお見通し。せっかく持ち込んだライトは取り上げられ、保護者にも報告するって言われた。

 先生が居なくなった後で、友達はそれに文句を言った。だけど、僕は暗くなったことで、電話のことを思い出してしまった。でも、テレホンカードを取り返しに行くのも先生に怒られそうだし。
 朝が来たら、空は嘘みたいに晴れていた。だから、友達と話したくなったけど、皆は寝ていた。だから、この時間にテレホンカードを取り戻しに行こうと思った。なのに、昨日通った廊下が無い。慌てて、ママのお守りにあるメモを見ようと思った。だけど、お守りもない。友達を起こさないように鞄の中を出して確認したけど、ママのお守りが無い。
 そうしている内に、同じ部屋の子が起き始めた。だから、慌てて出したものを鞄に仕舞った。

 起きる時間になって、先生が部屋に来た。布団の畳み方も、先生がいちいちチェックしていく。
 そうして、食堂に集まったら朝ごはん。おかずはサラダとハムエッグ。海らしさは、ご飯を包む海苔くらいしか無かった。だけど、今日は波が落ち着いたら海! まだ台風の影響で泳げないけど、海! 三日目は、もう朝ご飯を食べたら帰るだけだから、今日海に入れなかったらどうしようかって思ってた。
 お昼にバーベキューをして、休んでからは海で泳げた。それに、夜は花火も! 一日目の夜は起きていたくても寝ちゃって、二日目は布団に入ったら直ぐに寝ちゃって、そうして僕達の臨海学校は終わった。

 バスで学校に戻って、そこで先生からお話があって解散。帰るまでが臨海学校だって言われたけど、海の思い出はまだまだ楽しい。
 家に帰って、鞄から着替えを出して洗濯カゴにポイ。うん、後は水着だけ洗えば臨海学校は終わり。中身を全部出してみても、鞄からママのお守りは見つからなかった。一体、お守りは何処に行っちゃったんだろう。
 そう首を傾げながら、勉強机の上に鞄を置こうとしたら、ママのお守りがそこにあった。僕は臨海学校で、何を見てしまったのだろう?

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伊野聖月
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