サッちゃんはね…

「♪サチコっていうんだ ほんとはね」と反射的に口ずさんでしまう。
全国のサチコさんは、歌われて過ぎてウンザリしているかもしれないが…

この童謡の作詞者・阪田寛夫氏の長女である内藤啓子さんが書いた『枕詞はサッちゃん』(新潮文庫、2020年。以下、本書)によると、阪田氏はCMなどで使用するために「サッちゃん」を別の名前にしたいという要望を一切認めなかったという。
それだけ「サッちゃん」にこだわったのだ。

しかしこの歌、「サッちゃん」だけでなく、全然違う名前の友達も自分の名前に変えて自ら歌っていたし、私自身も身内や友人に歌われた記憶がある。

もちろん子どもが自分の名前に替えて、個々に『なっちゃんはね』『よっちゃんはね』などと歌うのは自由だし、家の前の通学路から時折そんな歌声が聞こえてくるのを、父もニコニコ聞いていた。

その替え歌には特徴があるらしい。

個々の名前に替え歌すると、一番の最後「おかしいな」が、「かわいいな」または「かわいいね」によく間違われること。アクセントは同じだし、歌うのが自分であっても、また両親や祖父母であっても、〇〇ちゃんが可愛いという気持ちがそうさせるのだろう。


だが、「呼び方がおかしい」のはサッちゃんではなく、阪田一家の方ではないだろうか。

父(阪田寛夫氏)のことは「オジサン」または「オッサン」と呼んでいる。私たち姉妹が幼い時は、普通に「とうちゃん」と呼んでいたのだが、私が小学校五年、妹が一年になったあたりから、「オジサン」になった。

ここで登場する「妹」とは、元宝塚歌劇団トップスターで2009年に逝去された、大浦みずき(本名・阪田なつめ)さんである。

この姉妹は父親だけでなく、母親のことも「オバサン」と呼んでいる。
何故そうなったのか?
原因は、当時「別れる」「別れない」の瀬戸際にあった阪田夫妻の仲にあり、内藤さんが小学五年生のとき、『父から、「今日から俺のことを『オジサン』と呼べ」と言われた』。

その理由がふるっている。いずれ離婚して、自分は別の女性と結婚するだろう。新しい子どもも生まれるだろう。その時、お前たちが俺のことを「とうちゃん」と呼んだら、新しい家族に悪いからだというのだ。
実に身勝手な理屈だが、そんなものかと思った私と妹は、父を「オジサン」と呼び始め、ついでに母も「かあちゃん」から「オバサン」になった。

言う父親も父親だが、『そんなものか』と従ってしまう姉妹も姉妹である。

本書は『照れやな詩人、父・阪田寛男の人生』のサブタイトルにあるとおり、そんなちょっと変な父親のことを、娘の視点から書いたエッセイだ。

阪田氏は、NHK「みんなのうた」や「おかあさんといっしょ」などで歌われた童謡の作詞(「おなかのへるうた」の作詞者でもある)で有名だが、本人は小説家として名を成したかったそうだ(実際『土の器』で芥川賞も受賞している…が、松本清張氏の『砂の器』と間違われてばかりで、有名とは言い難い状況だ)。

私はそんなことが綴られた朗らかな文章に和みつつも、先の離婚騒動の顛末に泣き笑いし、妹・なつめとして明かされる宝塚トップスターのプライベートに笑い、そして、彼女の最期にまた泣いた。
幼馴染だという阿川佐和子氏の密やかな野望の成就に感嘆もした(阿川氏は本書の解説のほか、内藤さんとの対談も掲載されている)。


父親の詩や歌詞から取られたタイトルの各章は、それらにまつわる逸話とともに詩(詞)の一部が引用されている。

本書を読んで、「サッちゃん」や「おなかのへるうた」だけでなく、「ああ、この曲もそうだったんだ」と昔歌った懐かしい曲とともに、当時の幼かった自分自身にも出会えた気がした。

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