サッちゃんはね…
「♪サチコっていうんだ ほんとはね」と反射的に口ずさんでしまう。
全国のサチコさんは、歌われて過ぎてウンザリしているかもしれないが…
この童謡の作詞者・阪田寛夫氏の長女である内藤啓子さんが書いた『枕詞はサッちゃん』(新潮文庫、2020年。以下、本書)によると、阪田氏はCMなどで使用するために「サッちゃん」を別の名前にしたいという要望を一切認めなかったという。
それだけ「サッちゃん」にこだわったのだ。
しかしこの歌、「サッちゃん」だけでなく、全然違う名前の友達も自分の名前に変えて自ら歌っていたし、私自身も身内や友人に歌われた記憶がある。
その替え歌には特徴があるらしい。
だが、「呼び方がおかしい」のはサッちゃんではなく、阪田一家の方ではないだろうか。
ここで登場する「妹」とは、元宝塚歌劇団トップスターで2009年に逝去された、大浦みずき(本名・阪田なつめ)さんである。
この姉妹は父親だけでなく、母親のことも「オバサン」と呼んでいる。
何故そうなったのか?
原因は、当時「別れる」「別れない」の瀬戸際にあった阪田夫妻の仲にあり、内藤さんが小学五年生のとき、『父から、「今日から俺のことを『オジサン』と呼べ」と言われた』。
言う父親も父親だが、『そんなものか』と従ってしまう姉妹も姉妹である。
本書は『照れやな詩人、父・阪田寛男の人生』のサブタイトルにあるとおり、そんなちょっと変な父親のことを、娘の視点から書いたエッセイだ。
阪田氏は、NHK「みんなのうた」や「おかあさんといっしょ」などで歌われた童謡の作詞(「おなかのへるうた」の作詞者でもある)で有名だが、本人は小説家として名を成したかったそうだ(実際『土の器』で芥川賞も受賞している…が、松本清張氏の『砂の器』と間違われてばかりで、有名とは言い難い状況だ)。
私はそんなことが綴られた朗らかな文章に和みつつも、先の離婚騒動の顛末に泣き笑いし、妹・なつめとして明かされる宝塚トップスターのプライベートに笑い、そして、彼女の最期にまた泣いた。
幼馴染だという阿川佐和子氏の密やかな野望の成就に感嘆もした(阿川氏は本書の解説のほか、内藤さんとの対談も掲載されている)。
父親の詩や歌詞から取られたタイトルの各章は、それらにまつわる逸話とともに詩(詞)の一部が引用されている。
本書を読んで、「サッちゃん」や「おなかのへるうた」だけでなく、「ああ、この曲もそうだったんだ」と昔歌った懐かしい曲とともに、当時の幼かった自分自身にも出会えた気がした。