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再びの『それからの大阪』

以前の拙稿『スズキナオ著『「それから」の大阪』片手に「まん防」解除後の大阪を歩く』で、行き付けだった心斎橋のおでん屋さんが(4月22日に)閉店すると知り、「閉店前にもう一度来ようと決めて、普段通りに店を出た」と書いた。
2022年4月中旬、最後のおでん屋に行くために、再び大阪へ向かった。


1日目 2022年4月16日 土曜日

08:09 東京駅出発

朝から早速、ビールを飲む。一気に旅気分になる。

持参した吉田健一著『酒肴酒』(光文社文庫、2006年。初出は1974年)を読み始めたが、朝からのすきっ腹にビールが効いたのか、程なく寝落ち。
名古屋で起きるが、続きを読む気がせず、前日(2022年4月15日)に観た笑福亭鶴瓶師匠の『TSURUBE BANASHI』のnote用記事の下書きをする。

10:22 京都駅

前回同様、大阪に用事があるのに、何故か京都で降りてしまう。
少し風が強く肌寒いが、基本的には晴れているため、ひなたにいると強い日差しでとたんに暑くなる。
烏丸通を五条、四条と上がっていくほどに、人の往来が賑やかになる。
きっとGWには、この倍くらいの混雑になるのだろう。
などと考えているうちに、烏丸御池の「新風館」へ到着。

地下には映画館

11:15 UPLINK京都

地下の映画館「UPLINK京都」で観る映画は、1週間限定上映の『吟ずる者たち』。

14:15 天神橋筋六丁目

終映後、四条通まで歩いて下がり、阪急線に乗って大阪方面へ向かう。
途中、淡路駅で乗り換え、天神橋筋六丁目の駅で下車。

トイレの案内マークがお出迎え

阪急線はこの駅以降、大阪市営地下鉄堺町線となる。
再び、スズキナオ著『「それから」の大阪』(集英社新書、2022年)を開く。

「天神橋筋商店街」は大阪市北区の天神橋一丁目から七丁目までを貫いて延びていて、「日本一長い商店街」がうたい文句になっている。

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地下鉄の駅から地上出口すぐの路地を入るとすぐ商店街で、早くも美味しそうな匂いが鼻孔を刺激する。まさに、本に書いてあるとおり。

地下鉄の天神橋筋六丁目駅があるあたり、通称「天六てんろく」から商店街に入っていくと、通りの両側からせり出すかのような迫力で、たこ焼き屋、洋品店、100円ショップ、寿司屋、雑貨屋、ドラッグストアなどなどの店舗が立ち並んでいて、その間を大勢の人が行き交っている。

P12

そのまま人ごみの商店街をふらふら歩く。
商店街に面した飲み屋、蕎麦屋、喫茶店などなどにはそれなりの人が入っている。
どこに入ろうかと思案しながら歩いているうちに、JR天満駅に辿り着く。

私はたいていこのJR天満駅周辺の路地に吸い込まれていく。特に駅の北側から天満市場のある商業施設「ぷららてんま」周辺にかけての路地の入り組み方とそこに飲食店がひしめく様子は、雑多でエネルギッシュで、私の胸を高鳴らせるものがあり、初めて足を踏み入れたときには強い衝撃を受けた。

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氏に倣ってこの路地に吸い込まれてみる。
まだ14時過ぎなのに、どこの飲食店もたくさんの客入りで、中には外に出したテーブルで飲んでいる人々もいる。みんなとても幸せそうだ。
私も早くどこかで幸せになりたいと、ふと見つけた「但馬屋」という大衆酒場に入り、カウンター席の真ん中辺りに座る。

朝9時から営業する酒場「但馬屋」では、大量に余ってしまったキムチを天ぷらにしてみたところから生まれた「キムチ天」をつまみにビールが飲める。

P14-15

14:50 但馬屋

生ビールを注文。「キムチ天」は失念

ビールを飲みながらメニューをチェック。
『日本酒 菊正宗 1合300円(税込)』とある……安い!
その横には『菊正宗 2合600円(税込)』……さすが、明朗会計、実直価格!
嬉しくなって早速『菊正宗 1合』を注文。
カウンターの端っこをふと見ると、女性店員さんが紙パックから徳利にお酒を移している。その徳利を「おまちどうさま」と私の前に。
やっぱり大衆居酒屋はこうでなくちゃいけねぇ!

後からやって来た若者グループがしきりに「巨乳」だの「爆乳」だのと騒いでいる。何のことかと思ったら、お店のメニューに「巨乳サワー」「爆乳サワー」なるものを発見。
「乳」という漢字で興奮できる若さが羨ましい。

もっと居たいのだが、朝が早かったせいか眠い。
お店を出て、地下鉄に乗ってホテルに向かうことにする。

ところが、ホテルで横になってみたものの上手く寝つけない。
結局起き出してホテルの周りを散策することに。

長堀通の北側はオフィス街というよりは昔からあるような小さな会社がひしめき合う「下町」的なところという印象で、飲食店は少ないようだ。
だんだん暗くなってきたので、道頓堀辺りまで下がってみる。
道頓堀を歩く人は少ないようだが、千日前辺りの飲食店は昼間の「天神橋筋商店街」同様、老若男女問わずの客で結構な賑わいだ。

遠方からの観光客は少ないが、地元もしくは近隣からの人たちが羽を伸ばしているという感じだろうか。

19:00 日本橋 入留鹿いるか

地下鉄日本橋(「にほんばし」ではなく「にっぽんばし」と読む。かつては「東の秋葉原」に対し「西の日本橋」と称される電気街だった。今はアニメショップなどが立ち並び「オタロード」とも呼ばれているらしい)駅の出口近くに「女将まち」と書かれたビルがある。
その名のとおり、女性が経営する飲食店ばかりが入居するビルらしい。
1階の廊下を真っ直ぐ奥まで。突き当りにある『入留鹿』のドアを開ける。
基本は立ち飲みだが、椅子も置かれており、カウンターに余裕がある場合は椅子席にしてゆっくりできる、という趣向らしい。
女性店員さん(と言っても、お店の人は彼女一人)が壁側に置かれた椅子をカウンターに移動してくれる。
私はその椅子に座り、とりあえず、夜の部1杯目のビールを注文。

「アサコさんの時に来てくれはってたんですか?」と聞かれたが、事情がわからない。
わかったのは、つまり、この人は「アサコさん」ではないということだ。

スマホから写真を探し出す。
以前来たのは忘れもしない2020年2月14日。
大阪・新歌舞伎座で上演された『しゃぼん玉とんだ、宇宙そらまでとんだ』を観た後だ(「バレンタインスペシャル」と銘打っていたので一度東京で観ていたにも拘わらず足を運んでしまった)。

2020年撮影

その後すぐに、世界的なコロナ禍となってしまった。
東京もだが、大阪、特にミナミの繁華街はコロナ禍で大きな痛手を強いられることになり気を揉んでいたのだが、無事営業していてホッとした。

何となく状況が飲み込めて落ち着いたので、L字のカウンターだけの小ぢんまりとした店内を改めて見渡してみる。
右側にいる一人客の男性は日焼けしてガタイが良い。
左側の中年男女2人の関係性はわからないが、いずれも女性店員さんと親しく話しているからきっと常連さんなのだろう。

「お仕事ですか?」と右の男性に訊かれ、「ちょっとした観光で……」とか何とかゴニョゴニョと答える。

ビールを飲み干し、次は日本酒を注文。
このお店は『篠峰』(奈良・千代酒造)の品揃えが豊富。

『篠峰』を飲みながら「道頓堀は人が少ないですね」と水を向けると、左右から「観光客がね……」とお答えが。
左側の男女は近くの散髪屋に勤めているらしく、お店の女性店員さんはかつての同僚らしい。
その散髪屋、コロナ前は「観光客を含め外国人だらけで、日本人は店員だけ」状態だったという。
で、その外国人たちのムチャぶりが凄い。
「今の髪よりめっちゃ長いモデルの写真を持ってきて、『この髪型にしてくれ』って本気で言ってくる。いくら日本の技術でも『そんなんできるか!』って(笑)。いや、冗談違ごて、そんなお客さんばっかりやった」

「あれ、その散髪屋ってアソコの?」
右側の男性が何かを思い出したようだ。
「僕、4年前までその近所でラーメン屋やってまして、あなたに何回かやってもらったことありますよ!」
何と言う偶然の再会だろう。

”4年前までラーメン屋やってた”彼は、今?
「店閉めて、石垣島に移住しました」
ラーメン屋時代も趣味の釣りをしに頻繁に石垣島を訪れていたが、色々な区切りのタイミングだった4年前、思い切って移住したと。
島での生活や住人の方々ともなじみ、今年、念願の釣り船屋を始めたと言う。
「毎日、めっちゃ楽しい」
満面の笑顔で言い切る彼に、「男の夢」を実現させた喜びを見る。

そんな話の間に、サラリーマン風の中年男性が一人で入店。
私の左隣に椅子が置かれ、座る。

「麻子さん、今、石垣なんですよ」
女性店員さんが、その男性に言う。
このお店の2号店を石垣島にオープンし、彼女と麻子さんがそれぞれのお店に交代で入っているそうだ(右側の男性は時々石垣のお店を手伝っているそう)。

突然、スマホが震える。
『どこにいますか?』
Yちゃんからメール(私はSNSの類を一切使っていない)。
Yちゃんの予定が20時頃に終わるので、一緒におでん屋に行こうと誘っていたのだった。既に20時を超えている……

慌てて会計を済ませ出ようとしたら、女性店員さんが「『篠峰』美味しかったですか?」と聞く(2杯(種類)呑んだ)。
「美味しかったです」と答えると、何故か左隣のサラリーマン風男性が「ありがとうございます」……
私に握手を求めながら、「僕、『篠峰』で社長やってるんですよ」とまさかの発言!
握手させていだだき、ダッシュでおでん屋へ向かう。

20:30 おでんと地酒 てんまみち中川

東心斎橋の「おでんと地酒 てんまみち中川」へ(2018年撮影)

おでん屋に何とか辿り着いたその目の前で、中年のカップルが今まさに入店しようとドアを開けている。中を覗くとお客さんがいっぱい!
店の中ではご主人がどうしようか迷っている様子。
先客2人が何とか入店した後ろにくっついてお店に入ってみる。
またもご主人、困り顔。
一旦は手で×印を作ろうとしたご主人だが、私が東京からわざわざ来たと気を遣ってくださったよう。
「1人?」
「できれば2人が希望」(私も我儘だ……)
そのやり取りを聞いていたお客さんたちが詰めてくださり、2人分の席を確保してくださった。
お礼を言いつつ、Yちゃんに返信。程なく、Yちゃん到着(アロマエステに行ってたらしい)。

「告知してから、毎日こんな状態でヘトヘトですわ」
これが謙遜でないのは、ご夫婦の顔を見ればわかる。
「それだけ愛されてたお店ってことですよ」
お客さんが少なければ、初めて来た日からのことを思いっきり語ろうと思っていた。
それができないのは残念だが、お店を愛していた常連さんたちと共に別れを惜しむことができる感慨の方が大きい。
だからこそ、こんな素敵なお店が閉店してしまう淋しさに胸が詰まる。

ご夫婦の写真が撮りたいと言い出した人に全てのお客さんが便乗し、お店は暫し撮影会となる。

帰り間際にこれまでのお礼を言い、淋しさを感じながら、次のお店(まだ行くのか?)に向かう。

22:30 心斎橋のバー

最近、ミナミに来るとここで〆ることが定番になっている、Yちゃん行き付けのお店。
店主は山口県出身で、だからこのお店の焼酎は『獺祭』だったりする。

今回、店主と私の名前が漢字まで同じことが判明し盛り上がった……はずなのだが、私の記憶はここで途切れている。
微かに覚えているのは店主が「こんなに酔ってんの、初めて見たわ」と言っている光景。


2日目 2022年4月17日 日曜日

07:00 起床

スマホのアラームで叩き起こされる。
昨日、どうやって帰ってきたのか覚えていないが、ちゃんと着替えて寝ていた。
財布のお金がそれなりに減っていることに、ひとまず安心する。
新大阪駅からひかり号(自由席が多い)に乗り、最後列の座席が空いていたのをいいことに背もたれをいっぱいまで倒し、ひたすら爆睡。

品川で乗り換えて、向かうは三軒茶屋。

13:00 舞台『もはやしずか』@シアタートラム

終演後、今度は池袋へ向かう。

18:00 舞台『こどもの一生』@東京芸術劇場プレイハウス


かなりのハードスケジュールだったが、やはり行って良かった。

おでん屋さんはもちろん、「入留鹿」を始め他のお店での楽しいひと時を思い出すと、旅の前日に観た『鶴瓶噺』での笑福亭鶴瓶師匠の「縁は作るもの」という言葉の意味が実感として理解できるような気がするのである。



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