柴咲コウさんが改正反対した「種の法律」(改題・改訂)
2020年5月、成立濃厚とみられていた「種苗法」の改正が見送りになった。
本改正については、女優の柴咲コウさんが改正反対のツイートをしたことで広く知れ渡ることになった(改正見送りへの影響は不明)。
今回、2020年6月11日に『中学卒業間近の彼が会社を興した切実な理由』というタイトルで、小林宙著『タネの未来 ー僕が15歳でタネの会社を起業したわけ』(家の光協会。以下、本書)を紹介した原稿を改訂し、「種の法律の紹介」と「本の紹介」の区別を明確にした。また、それに合せて改題した。
「世界からタネがなくなってしまう」
言うまでもなく、「米、野菜、果物といった作物のすべては、タネからつくられている」。食肉となる家畜を育てるためにも作物が必要だ。
著者によると、現在、その作物のもととなる「タネ」がなくなってしまう危機状態にあるらしい。
俄かには信じられない話だが、著者は3つの具体例を挙げる。
1つ目は、『作物が人間の生存に絶対不可欠であるが故、常に国や企業が独占する機会を狙っている可能性』。
2つ目は、『温暖化や寒冷化、伝染病の流行によって、今あるタネが育たなくなる可能性』。
3つ目は、法律が変わって『作物からタネを取ることが禁止になる可能性』
どれも「可能性」としては否定できないが、まるでSFの世界のような気がして素直に納得できず、以下のような感想を持ってしまうのではないか。
著者は上記4つの感想を手掛かりに、タネについて、丁寧に、熱く解説してくれる。
我々は「タネ」について、何も知らない
どんな作物でも、「植えたタネが育ち、実になり、その実の中のタネを取り出し、また植える」というサイクルで成り立っていることは、自明のこととして理解している(つもりになっている)。
しかし、著者は『食べ物のタネは、ふつうのタネと全然違う』という。
著者によると、「食べ物のタネ」は大きく分けて、「固定種」、「F1品種」、「GM品種」の3種類があるという。
「固定種」は、たとえば、美味しい実からのタネだけを選別して植えて育てる。そして、その育った実から美味しい実を選別して…を繰り返し、確実に美味しい実が育つように、タネを「固定」していったもの。
「F1品種」は、その「美味しい実がなる固定種」に、別の、たとえば「病気に強い種」を掛け合わせたもの。
「GM品種」は、いわゆる一般的に「遺伝子組み換え」と言われる技術によってできたもの。
このうち自家栽培できるのは、「固定種」だけらしい。
「F1品種」は別々のタネの「いいところ」を掛け合わせたもので、不思議なことに、「一代限り」なのだそう。その実からできたタネは、それぞれのタネの「わるいところ」だけが出て来るのだそう(これを「メンデルの法則」という)。
従って、「F1品種」を使った農家は、それから取れたタネを使うことができず、メーカーから新しいタネを購入する必要がある。
「GM品種」は、日本では出回っていない。
安定した品質の「固定種」を作るためには、費用と時間、手間といったコストが必要だ。そのため、コストが回収できるタネだけを作ることになり、採算の取れないタネは淘汰される。
それ以前に、日本の一般的な農家は「固定種」を作るコストが捻出できず、どうしても「F1品種」に頼りがちになり、「固定種」が減っていく傾向にある。
「F1品種」が増えると、どうなるか?
市場から要求されないような品種やコストに合わない品種が、どんどん淘汰されていき、生産者側の都合の良いタネばかりが供給されていく…ということになる。実際、そうなってきている。
そう考えると、上記A~Cは、逆に「非現実的な考え」ということになる。
「タネを取ってはいけない」法律
先ほど、『固定種が減っていく』と書いたが、自家栽培農家がある限りはなくならない、第一、品質云々を問わなければ「できた実からタネを取って植えるだけ」ではないか、という考えもできる。
しかし、それは、「できた実からタネを取っていい」と許可されたものだけに限られるらしい。
つまり、上記Dで『意味のない』と書いた法律が「既にある」ということだ。
法律は2つあった。公益性の観点から「種子法」、権利の観点から「種苗法」。
「種苗法」については、一般的な「特許」と考えれば、わかりやすい。生産者などがコストを費やして研究・栽培したタネについては、市場に流通しても保護される(その実から取れたタネを勝手に植えてはいけない)、ということだ。
「種子法」は、戦中・戦後の食糧難の経験から、稲・麦・大豆といった「主要な」農産物を常に安定して生産・供給することを目的とし、この法律をもとに、国主導でタネの開発や生産がされてきた。…と、過去形で書いたのは、この法律が2018年に廃止されたからで、今後は前項でも書いたとおり、生産者側の都合が押し付けられる可能性が出てくる。
また、メーカーや大手資本が「種苗法」を盾に、タネの囲い込みを行うことも危惧される。
そうなると、究極的には、供給側の判断で「特定の組織・地域・国にはタネを供給しない」ということも可能になってくる。
「種苗法」についても、つい最近(2020年)、改正の動きがあったというのは、冒頭に書いた。
この改正についても、著者は改正内容の解説と見解を述べているので、興味のある方は、ぜひ本書を読んで欲しい。
この2つの法律を巡る情勢について、著者は我々にこう訴える。
実際に「タネは減っている」
では実際にどれくらい減っているのか?
日本には、その土地ならではのお米、野菜、果物があり、地元の人々の誇りともなっているし、旅の楽しみにもなっている。
それは日本だけでなく、世界中同じだと思う。
我々は普段の生活で、旅先で、あるいは「産地直送」を謳う販売店や飲食店で、それぞれの名産品をいただく。
「やっぱり違うね」などと、それらを堪能しているつもりになっている。
でも、それらは実は「同じタネ」からできているのかもしれない。
やがてタネがなくなり、食べられなくなるのかもしれない。
気が付かない間に、既に食べられなくなっているものがあるのかもしれない。
中学卒業間近の彼が会社を興した切実な理由
ここからは、本書について紹介していく。
本書の著者紹介を見ると、小林宙君は、2002年生まれで、今年18歳になる。
彼は、高校合格が決まった直後に、「鶴顎種苗流通プロモーション」という、ちゃんと税務署に法人登記した会社の創業社長になった。社長の彼と、雑用係の「臨時社員」 2名(彼の妹たち)の会社だ。
主な事業内容が、「彼が日本中から仕入れた伝統野菜の『種』の販売及び、彼自身が栽培した無農薬野菜の販売」という、中学生どころか大人だってなかなか手掛けない会社だ。
彼は、「単純にタネ好きが高じた」わけではなく、「タネ好きだからこそ、現状の危機を何とかしたい」という使命感と覚悟を持って起業した。
それは、この一文で、全て納得していただけると思う。
「起業本」としての本書
本書では、起業までの経緯も書かれている。
未成年の彼は、親を法定代理人にすべく、両親に向けて企画書を提出し、プレゼンを行った。
こうして彼は、税務署に提出する開業届の準備を始めることになるが、タネを扱う会社を興すには、独自の手続きがある。
そして、開業してからも(いや、事業を続けているからこそ)法律の遵守が必須である。一般的なコンプライアンスはもちろんだが、それ以外に守るべき独自の法律もある。
真剣・慎重に起業の準備をしてきた彼が、いざ、手続きの場に臨む。
「中学生の起業」と侮るなかれ。
本書は、真剣に起業を目指している人にとって「現実的に役に立つ」。
なぜ、「食べ物のタネ」なのか?
彼は、商品である「タネ」の買い付けに自ら赴く。それは地方の集落だったりと交通や宿泊に不便なところも多い。
彼は経営者であるので、当然「経費」のことは気になる。
経費を抑えるため、「青春18きっぷ」を使ったり、LCCや高速バスを使ったり。また、宿泊も、(後述する彼自身による理由も大きいが)なるべくホテル等の有料宿泊施設を使わず、縁者を頼る。一度も会ったことのないような「遠い親戚」の家に泊めてもらったこともあるそうだ。
驚くのは、彼はどこに泊まっても、基本的に「自炊」することだ(誰かの家に泊めてもらっても、台所を借りて自炊するらしい)。
何故、自炊するのか?
というか、そもそも、何故「植物全般」ではなく「食用の作物」のタネだけを扱うのか?
その答えを、彼の母親の短い手記から引いてみる。
アレルギーがわかったとき、「自分が守る」とばかりに過保護にならず、「一人でちゃんと生きていける」ように育てた母親も素晴らしいと思う。
そして、アレルギーをハンデにせず、逆にそこから自分の生きる道を見つけた彼も素晴らしい。
本書は「タメになるだけじゃなく、いい気分になる」
本書は、「タメになる本」だ。
身近なのに一般には気にも留められていない「タネ」というものについて、また「起業のしかた」について、わかりやすく教えてくれる「実用書」のようなものだ。
しかし、本書の魅力は、それだけではない。
自分の好きな「仕事」のことを、目を輝かせて楽しそうに話す彼の姿が目に浮かぶのだ。
そんな彼を想像しながら読むと、何というか……「いい気分」になるのだ。