search P-Pop(オレのフィリピン・ポップミュージック・グループ史)
日本から南西へおよそ3000キロ、飛行機で5時間ほど。太平洋に浮かぶおよそ7000もの島々で構成されている島国、フィリピン。正式には、フィリピン共和国。気候は熱帯で人口は日本とほぼ同じ1億1000万人。フィリピンはアジア圏に位置しながら、歴史的にスペインにおよそ300年、アメリカにおよそ50年の間、植民地となっていた背景から、東洋と西洋の文化がミックスした、独特のカルチャーと生活様式を持つ国みたいです。そんなフィリピンは、首都・マニラをはじめ、セブ島やミンダナオ島などが観光地として人気ですが、最近まじアツいらしいのがポップミュージック!中でも注目されているのが今年、2024年4月に初来日公演が予定されている、2018年にデビューした5人組ボーイズグループ、SB19(エスビーナインティーン)!デビューから3年後の2021年に、USのビルボード・ミュージック・アワードにおいてインターネット上での影響力を示す『トップ・ソーシャル・アーティスト』部門に、韓国のBTSやBLACKPINKとかと並び、フィリピン人アーティストとして史上初めてノミネート。さらに同じ2021年にリリースした6枚目のシングル曲「MAPA」は、その年のGoogleの『世界で最も検索された曲』で5位を獲得(1位はオリビア・ロドリゴさん「drivers license」)。そして昨年、2023年にリリースした曲「GENTO」が、”GENTO!”と繰り返すヴォーカル、そして”腰ヒット”と呼ばれる振りを使ったインパクトあるダンスで、韓国のATEEZやKep1er、日本の欅坂46とか”アイドル”が続々ダンスカバーするほど激アツなんだって!
SB19 「GENTO」 Music Video
またガールズグループでは、メイベリンニューヨークやフィリピンのお菓子ブランドとコラボし、”国民的ガールズグループ”とか呼ばれているBINI(ビニ)が人気みたいよ。
BINI 「Fit Me Fresh Tint」 Official Music Video
フィリピンのポップミュージックは最近”P-Pop”とも呼ばれていますが、その始まり・・・、特にPopミュージック・グループは、いつ生まれたのか・・・?、気になったので人間が開発したAI『ChatGPT』に聞いたら”知らねーよ”と上から目線で答えが返ってきたので人力でいま分かる範囲で調べてみました!仕事もしないで、その前に職を探さないで。
ファッション&ユースカルチャーメディア『i-D』の『P-popの初心者向けガイド』っていう記事よると、フィリピンのPopミュージックは、”60年代から70 年代にかけて、国内で最も人気があったOPM(オリジナルのフィリピンミュージック)を起源”として発展した音楽らしいです。オリジナルのフィリピンミュージック、OPMとは簡単にいいますと、”フィリピンの人によって作詞・作曲、そして歌われた曲”のこと。アメトーーク!のOPP、Naughty by NatureのO.P.P.、あとあやまんJAPANのOPIとは全く関係ないそうです。では、OPMとP-Popの違いは何か?記事では、フィリピンの映画監督で脚本家のJason Paul Laxamanaさんの”OPMというとバラードやオルタナティブ・ミュージックを連想するが、踊り(dancing)はあまり含まれていなかった”との証言を引用しています。
続いて、フィリピンの報道チャンネル『CNNフィリピン』の『P-POPの起源をたどる』という記事を、サンプリングちゃうでパクります!記事によると、フィリピンの音楽シーンで”シンガーとダンサーのハイブリッドに該当するグループとして活動したグループは、80年代”になって登場。その1つが男女混合のグループである、Smokey Mountain(スモーキー・マウンテン)。そして、”1990年代後半から2000年代初頭にかけて、西洋の【ポップグループ】のコンセプトに向かう動きがありました”と、書いています!しかも記事では、その時登場したグループ名を具体的に挙げています。それは5組・・・Fruitcake、JCS、Streetboys、Vanna Vanna、WYRD!!まじSuper有力情報をー・・・(部屋着から黄色いスーツに着替えてから部屋でひとり腰に手を当てて)、ゲッツ!!でもね、ここから先、フィリピンで誕生もしくは爆誕した最初のP-Popグループについて書かれた資料は見つかりません。レインボーブリッジも封鎖できません!
そこで・・・ここから参考にしたのは、P-Popファンによるインターネット百科事典『P-pop Wiki』。検索をかけると、このような記述がありました・・・ ”Streetboysは、1993年に結成されたフィリピンのボーイズグループ。グループはフィリピン初のボーイズグループでした”。しかし、ニュースポータルサイト『The Filipino Times』の記事では、Streetboysは”ダンスグループ”と記載、またWikipediaではフィリピンでStreetboysより早い1991年に結成されたグループ・UMD(Universal Motion Dancers)に”アイドル”の冠つき、また、フィリピンのテレビ局『GMA Network』の記事では、StreetboysやUMDと並んで”1985年”に活動をスタートさせたグループ・Manoeuvresも、女性に人気があったと記述されています。なぞは、 NewJeansの意味深MVか『推しの子』なみに迷宮入り!正しい情報に辿り着くには、まだまだリサーチが必要ですが、P-Popのファンダムが、Streetboysを”初のボーイズグループ”としたのには、フィリピンのポップカルチャーに影響を与えた多くのダンスヒット曲をリリースし、人気を獲得したことがあるようです。Streetboysはフィリピンの映像ディレクターであるチト・ロニョ(Chito Roño)さんが行ったオーディションでメンバーが選ばれ、そして1997年にリリースしたデビュー・シングル曲「Boom Tiyaya」が大ヒットしたそうです。そのStreetboys「Boom Tiyaya」のリリックビデオですが、YouTubeにありましたよ。
STREETBOYS 「Boom Tiyaya」
ポップミュージックのボーイズグループがフィリピンで誕生した背景には、1985年に活動を開始した前述のダンスグループ・Manoeuvresが、フィリピンの国民的歌手で日本の『NHK紅白歌合戦』にも出場したことがある、ゲイリー・バレンシアーノさんのバックダンサーに抜擢され、さらにフィリピンの2大テレビ局のバラエティ番組にも出演したなどのことから国内で”ダンスブーム”が起きたことがあるようです。ダンスが少ないOPMから、踊るPopミュージックへのフィリピン音楽シーンの転換点があった・・・。そんな感じっぽいですね。
ではフィリピンで最初のガールズグループは、Awichさんばりに「WHORU」マジで誰?Streetboysのケースと同じく、P-Popのファンによるネット百科事典『P-pop Wiki』をまずは捜索。するとですよ、”SexBomb Girls(フィリピンで初のガールズグループ)”・・・の記述がありました。BABYMETAL「Catch me if you can」並に、早速”見ぃつけた”!SexBomb Girlsは、フィリピンの女性ダンサーで振付師でもあるJoy Cancioさんが1999年に作ったグループ。『CNNフィリピン』 の『The SexBomb Girlsの歴史』という記事によると、Joy Cancioさんがコレオグラファーとして仕事をしていたテレビ番組『Eat Bulaga』の1コーナーに、Joy Cancioさんが当時取り組んでいたダンス&歌のスキルを持つ女の子たちで作るグループプロジェクトと、レコード会社からたまたま舞い込んだUKのシンガー・Tom Jonesさんの曲「Sexbomb」をプロモートする仕事・・・、この2つを一緒に売り込んだのがグループ結成&ブレイクに繋がる第一歩みたいです。そして『CNNフィリピン』の記事『P-POPの起源をたどる』を参考に少し言葉を足すと、Joy Cancioさんの売り込みは番組放送とともに大成功、女の子たちのダンスも多くの視聴者の評判を呼んだ結果・・・、デビューする予定はなかったのに、女の子たちはオリジナル曲でデビューする機会を得たそうです。だから彼女たちのグループ名は、Tom Jonesさんの曲「Sexbomb」から取って、”SexBomb Girls”なんだそうですよ。そんなSexBomb Girlsが、2002年にリリースしたデビューアルバムが『Unang Putok』。その収録曲でヒットした「Spageti Song」のパフォーマンス動画が、YouTubeにあります!
SEXBOMB GIRLS 「Spageti Song」 MYX Performance
SexBomb Girlsのデビューアルバム『Unang Putok』は、リリースからわずか1か月で国内でプラチナ認定される4万枚以上売上げ、コンサートのチケットも完売が続いた。さらに出演したテレビ番組の平均視聴率は20%越え、映画にも数多く出演したそう。フィリピンの報道チャンネル『CNNフィリピン』は、SexBomb Girlsを”フィリピンで最も売れている女性グループの1つ”とも紹介しています。
しかーし、” フィリピンで最初のガールズグループ SexBomb Girlsじゃない説”を、フィリピンのニュースウェブサイト『INQUIRER.net』の記事に発見!引用します。”フィリピンで、1990年代に人気だったガールバンド、Viva Hot BabesやSexbomb Dancers、(略)、これら新しいグループが登場する以前、彼女たちは、後に成功するフィリピンのガールズグループにとっての基準となりました”。その記事にある”彼女たち”とはガールバンド、Vanna Vanna!思い出しましょう、『CNNフィリピン』も『P-POPの起源をたどる』という記事でフィリピンの音楽シーンが”1990年代後半から2000年代初頭にかけて西洋の【ポップグループ】のコンセプトに向かう動きがありました”と書いて、その動きをしたグループを挙げた・・・”Fruitcake、JCS、Streetboys、Vanna Vanna、WYRD”、たしかに名前があります。フィリピンのニュースウェブサイト『INQUIRER.net』によりますと、Vanna Vannaが”フィリピンの音楽シーン唯一の女性ヴォーカル・トリオとしてデビューしたのは1993年6月のこと”、そしてその”わずか1年後にデビューアルバム『FOJ Here 2 Rock You』をViva Recordsから発売した”そうです。Vanna Vannaがデビューすぐの、1994年に制作&リリースされたMVが、Vanna VannaのYouTube公式チャンネルにありました!
FOJ (Vanna Vanna) 「I NEED YOUR LOVE」 music video
FOJ(Fresh Orange Juiceの略)は、Vanna Vannaが改名する前のグループ名です。Vanna Vannaがフィリピンの音楽シーンに登場した1990年代について、 フィリピンの『INQUIRER.net』は、世界がTLCやSpice Girls、Sugababesなどガールズグループの全盛期だったと背景を書いています。それは『CNNフィリピン』の『P-POPの起源をたどる』に書かれている、”1990年代後半から、西洋の【ポップグループ】のコンセプトに向かう動きがありました”とも多少数字の誤差はありますが、合致すると思います!
クソ長く作文を書いてきましたが、ミステリーはまだまだ大きく3つ、STAP細胞並にあります!
①:今回、候補に挙がったグループで”フィリピン最初のP-Popグループ”はどこか?
②:もしもStreetboysではなく、Vanna Vannaがフィリピン最初のP-Popグループなら・・・ タイや台湾と同じく、Popグループは女性の方が先にデビューしたのか?
最後に③:アタシ調べだから文中に正確な情報が何ひとつない可能性は?・・・まじ恐怖!!
映画『search/サーチ』のように、PCの情報から”真相”を見つけ出すのは難しいですね。フィリピンへリサーチに行くかな!仕事を見つけてから。