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マキエマキさん

 この文章と、一つ前のジャコメッティについて書いた文章には二つの共通点がある。一つはアートについて書いたものであることで、これはまあ表面的なものなのでどうでもいいのだが、もう一つはニーチェの『善悪の彼岸』をレトリックに用いていることである。ニーチェがそんなに好きというわけではない(嫌いというわけでもないのだが)。この二つの文章を書いた時期にはだいたい一年の時間差があるので、僕の中でニーチェがが流行っていたから使ったというわけでもない。『善悪の彼岸』のこの深淵のくだりがどんだけ好きやねんという話である。

 マキエマキさんという写真家がいる。自撮り写真を撮っておられるが、もちろんただの自撮りではない。乱暴に一言で言ってしまうと「昭和B級エロ」である(「A級エロ」などというものがあればお目にかかってみたい気もするがそれはともかくとして)。いつだったかインスタをだらだら見ていたときにたまたま見つけておやおやこれはと思ってフォローしている。テレビや雑誌の類をあまり見ないので知らなかったのだが、結構露出(エロい意味ではなく)されておられるようだ。
 そのマキエマキさんの「空想ピンク映画ポスター展」が南船場であるというので、行ってみた。会場のギャラリーソラリスは大阪農林会館の地下1階。随分趣きのある古いビルで、えっこの地下に昭和エロが…と思いながらチャリをたたんで階下へ下りてゆく。

この地下に昭和レトロなエロが
この中に本日最終日な昭和エロが

 会場内は撮影禁止。かりに撮影OKだったとしてここに載せるつもりはない。公序良俗とかそういったことではなく、勿体無いので載せない。こういう作品はその隠微さもセットだと思っており、現地に赴いた者の特権としてこっそり楽しむのだ。春画の展覧会に行ったからといって嬉々としてインスタに春画を載せる人はいないだろう。いたとしたら僕の人生に関わらないでおいてほしいものだ。
 会期中在廊されているということだったが、一発でマキエマキご本人と分かる女性が立っておられた。おいおいおい写真よりずっとチャーミングで写真よりずっとオーラが出てるじゃねえか。いろいろお話したかったのだが、どぎまぎしてうまく話せない。オイラいつから中二の坊やになったんだいと自分でツッコミを入れる。
 展覧会のタイトル通り、架空のピンク映画のポスターを模した作品が並んでいる。写真そのものも見ていて楽しいのだが、フレーズや監督の名前など、元ネタが分かったり分からなかったりするが、細部まで工夫を凝らしており、読み込むほどにブフックスクスとなる。
 そんな中、今朝がたマキエさんのインスタに、写り込むパンツの面積を自撮りで調整することの難しさについて掲載されていたことを思い出した。そのことを話題にして訊いてみた。
「そうなんですよ!これが本当に難しくて。これなんかはパンツ写りすぎていてダメです」と自分の作品なのにバッサリ切って捨てる。そして「これです!これが絶妙」と『木綿の靴下』と書かれたポスターを指さす。おそらくは、あけっぴろげでパンツが写りすぎているのは昭和エロ的観点からは隠微さに欠けるということなのだろう。『木綿の靴下』には股間の奥の方に秘めやかに白いパンツが覗く。こちらが白いパンツを覗くとき、パンツもまたこちらを覗いている。

 以前、コンポジションの作品を多く描く現代美術家の人とお話していて印象的だったのが、ある図形の大きさや形や位置あるいはその図形を分割する線を引くことなど、あるところでズバッと決まる「点」や「線」のようなものがあるのだという話だった。毎日毎日創作して試行錯誤した上で「ある一点」をようやく見出すのだといい、毎日毎日の試行錯誤がなければ得られないのだという。なるほど天才が直感的にエイヤっと描き出すだけのものではないのかと妙に納得したものだった。
 つまりはパンツの面積も、日々の試行錯誤の末のここしかないという「ある一点」なのだ。たかだかパンツの面積だろうと言う人は自らの識見の貧しさをこそ恥じるべきだ。ここに至ってはコンポジションもパンツの面積も、究極の「ある一点」を求めるための手段に過ぎない。芸術性という点においては差異はなく、むしろ細部に神が宿るマキエさんのポスターの方が優位かもしれない。そりゃマーク・ロスコは好きだけれども、ロスコを鑑賞してブフックスクスと肩を震わせることには(たぶん)ならないからだ。

 書籍を1冊購入し、サインをいただいた。帰ってきてからその本を読み「撮影場所を特定して嬉々としてSNSのコメント欄に書くマンは迷惑だ」という話を読んで顔から火が出るほど恥ずかしくなった。会場でマキエさんとお話しているときに「あっこの写真だけはどこで撮ったのかわかります!あとはわからないなぁ」と嬉々として話してしまったのだ。その場でそのことを指摘しなかったのはマキエさんの優しさなのだろう。もう穴があったら入りたい。

『マキエイズム』という本を買ったらサインしてくださった

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