ジョアン
さて。この写真をごらんいただきたい。
某喫茶店のトイレに置かれている除菌用スプレーだ。「Joan ジョアン」と書かれている。ジョアン。僕の中ではスペイン人男性のイメージだ。
しかるに「ジョアン」の上に描かれているシルエットは、くりんと跳ね上がった後ろ髪、ワンピースのようなものを着た感じなどから幼い女の子かと思われる。見た目で性別を判断するご時世ではないが、上記2点を記号的にあるいは文化コード的に捉えれば女の子と推定することは許容されるだろう。
ある日この喫茶店を訪れトイレに入りこのスプレーで便座を除菌し着座して落ち着き、このスプレーが目に留まった。そこでふと思った。「幼い女の子なのにスペイン人男性の名前?どういうことなのだろう」いくら考えてもその結びつきがわからない。Wikipediaで調べてみると以下のような記述があった。
なるほど。英語圏の場合、女性の名前であることもあるのか。いやしかし英語圏の女性の場合「ジョーン」が多いような気がするぞ。ということはやはりスペイン語圏の男性(Wikipediaによるとカタルーニャ語の男性名)か。ジョアン・ジルベルトしかり、画家のミロだってたしかジョアン・ミロだったはず。じゃなんで幼い女の子。ううむ。
と、頭を抱えて懊悩したというのは大嘘で、所詮トイレの中のことでありトイレを出て手を洗ってしまえば忘却の彼方だ。
しかしである。この喫茶店のトイレに入るたびにこのことが記憶に甦り、その後3週間ほどこのトイレに入るたびに悩んではトイレを出て忘却するということを繰り返した。
そんなある日、朝食を食べようとこの喫茶店を訪れ、注文してからトイレに入り、またこの除菌スプレーが目に留まった。そしてよく見てみると。
やさしさ処方で 除菌に安心
と書いてある。やさしさ処方で除菌に安心。除菌に安心。ジョ菌にアン心…。
…はっ!だから「ジョアン」なのか!この女の子のシルエットとカタルーニャ語圏の男性名とは関係なかったのか!今までフレーズまでよく読んでいなかった自らの不明を恥じるとともに、目の前の曇りがさっと晴れた気がした。
ことの真実に気づいた僕はアルキメデスになったような気持ちで下半身丸出しのままトイレを飛び出したというのはさすがに大嘘で、ちゃんとパンツとジーンズを履いて手を洗ってからトイレを出て、喫茶店の店主に事の顛末を興奮気味に語った。
「だからジョアンって名前なんだよ!」と口角泡を飛ばしながら話す僕を、店主は冷淡な表情で見下しながら「そんなの見た瞬間わかるわよ」と言い放った。
「えっ」ぽかんとする僕を前に店主は続けた。「『ヨーデル』とか『ベンデール』みたいなものよ。そんなの読んだ瞬間わかるわよ。なに言ってるのあなた馬鹿なの?」えっそうなの?みんな見た瞬間わかるの?僕が馬鹿過ぎるだけなの…?全裸で街中を走り回ってみんなに確かめたい気持ちになったがさすがにやめておいた。