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沙絵の決意、僕の出発

休日の午後、僕は一人で静かな場所を探していた。あまり目立たない場所で、誰にも邪魔されずに本を読んだり、考えごとをするのが好きだ。

僕は、陰キャと呼ばれるタイプの人間だ。誰かと話すのは苦手で、人前で何かをするのも大の苦手。だから、こうして一人で過ごす時間が僕にとってはとても大事だった。

そんな時、沙絵が突然僕の前に現れた。彼女は僕とは正反対で、明るくて、誰とでもすぐに仲良くなれる。

しかも、ギャルだ。見た目も派手で、クラスでもいつも中心にいる存在。僕が彼女に声をかけられるなんて、夢にも思っていなかった。

「何してんの?」


沙絵は僕の座っているベンチの隣に、何の遠慮もなく腰を下ろした。彼女の顔はいつも通り、笑顔が溢れていた。

「え、ああ…別に、ただボーっとしてただけ。」

正直、心臓がバクバクだった。僕が沙絵みたいな子と話すなんて、普段の僕からすれば異常事態だ。でも、サエは気にする様子もなく、僕との会話を続けた。

「ふーん、君ってほんとに静かだよね。なんでそんなにみんなと話さないの?楽しいのにさ。」

沙絵は僕の方をじっと見つめていた。彼女の目の中には、純粋な好奇心と、それに混じる少しの心配が見えた。

僕はどう答えていいか分からなかった。なぜなら、僕自身も自分が陰キャである理由を完全には理解していなかったからだ。

「…ただ、みんなと何を話していいか分からないんだ。話題に入れないし、無理に話そうとすると疲れるんだ。」

僕は視線を逸らし、地面を見つめた。沙絵が何か言う前に、自分の中で何かがこみ上げてきて、急に口を開いてしまった。

「沙絵みたいな子とは全然違うよ。君はいつも輝いてて、みんなに囲まれてて、僕とは正反対なんだ。」

その瞬間、沙絵は驚いた表情を見せた。でも、すぐにその驚きは消え、いつもの笑顔に戻った。

「え、そうかな?私は君が思ってるほど特別じゃないよ。確かにみんなと話すのは好きだけど、だからって私がいつも楽しいわけじゃないし。」

彼女の言葉に少し驚いた。沙絵がそんなふうに自分のことを思っているなんて、考えたこともなかった。彼女は続けた。

「君は君でいいんじゃない?無理に変わろうとしなくてもさ、今のままで十分魅力的だと思うよ。」

その言葉が僕の胸に突き刺さった。沙絵は何気なく言ったのかもしれないが、僕にとってはそれがとても大きな意味を持っていた。

いつも自分を卑下していた僕にとって、誰かが僕を肯定してくれるなんて、信じられないほど嬉しかった。


それから、沙絵は僕に積極的に接してくれるようになった。週末には一緒に出かけたり、カフェでお茶を飲んだり、時には映画を見に行ったりもした。沙絵がいることで、僕の生活は少しずつ明るくなっていった。

でも、僕は心のどこかで不安だった。彼女が僕にこんなに親しくしてくれるのは一時的なことなんじゃないかって。僕みたいな陰キャが長続きするはずがない、そう思い込んでいた。

ある日、僕たちは公園でのんびりと散歩していた。静かな夕方、空はオレンジ色に染まり、僕たちは無言で歩いていた。その時、沙絵がぽつりと口を開いた。

「私さ…前から言いたかったことがあるんだけど。」


彼女の声は、いつもの明るいトーンとは違って、少しだけ真剣だった。僕はその声にドキッとしながらも、彼女の言葉を待った。

「私、ずっと君が好きだったんだよね。」

その瞬間、世界が止まったような気がした。僕の頭の中は真っ白になり、言葉が出なかった。まさか、僕を…?

「私のことどう思ってるの?」

彼女の目は真剣だった。いつもは軽いノリで話してくる彼女が、こんなにも真面目な表情をするなんて、初めて見たかもしれない。僕はどう答えるべきか分からなかった。

ずっと彼女に憧れていたのは事実だ。でも、僕みたいな陰キャが沙絵のような存在に釣り合うはずがない。そんな不安が頭をよぎる。

「…僕なんかじゃ、沙絵には釣り合わないよ。」

僕がようやく絞り出した言葉は、そんな弱気なものだった。彼女は少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑った。

「そんなことないよ。もっと自信を持ってよ。」

彼女の言葉は温かく、そして確かなものだった。僕はその瞬間、彼女の気持ちを受け入れる決意をした。


僕たちの関係はそれからさらに深まっていった。沙絵が僕にとって、ただの憧れの存在ではなく、僕の大切なパートナーになったのだ。

彼女の笑顔と、時に見せる真剣な表情。どちらも僕にとって、かけがえのないものになっていた。

僕は陰キャのままだ。でも、それでもいいんだと思えるようになった。彼女のおかげで、自分を少しずつ肯定できるようになったから。これからも僕たちの関係は続いていく。喜びと、少しの不安を抱えながら。


沙絵と付き合い始めてから、僕は自分自身に対して少しずつ自信が持てるようになった。とはいえ、彼女のように堂々と周りと接することは、まだ僕には難しい。

僕は、陰キャの自分がサエに本当に釣り合っているのかという不安を捨てきれなかった。そんなある日、僕はふとしたきっかけでサエが密かにやっていることを知った。

「ねえ、今週末空いてる?」


僕が彼女からそう聞かれたのは、いつものように休日の午後、彼女とカフェでお茶をしていた時だった。特に予定がなかった僕は、当然のように頷いた。

「うん、特に何もないよ。どうかした?」

彼女は少し考え込むような表情を見せてから、少し恥ずかしそうに笑って言った。

「実はね、私、毎週末に地域のボランティアに参加してるんだ。ずっと一人でやってたんだけど、もし一緒に来てくれたら嬉しいなって思って…」

彼女がそんな活動をしているなんて、全然知らなかった。派手なギャルとして知られる彼女が、まさか人知れず地域貢献をしているなんて、正直驚いた。

だけど、僕はその誘いを断る理由もなかったし、むしろ彼女に少しでも釣り合いたいという気持ちが強くなっていた。

「うん、行くよ。一緒にやってみたい。」

こうして、僕たちは翌週から一緒にボランティア活動に参加することになった。


最初のボランティアの日、僕は緊張していた。僕のコミュ力では、人前でスムーズに振る舞える自信がまったくなかった。

現場に着くと、サエは他の参加者たちと気軽に挨拶を交わしていた。僕はその様子を見ながら、ますます自分が浮いている気がして、心の中で一歩引いてしまった。

「大丈夫だよ。無理に話さなくても、やれることをやればいいんだから。」

沙絵が優しく僕に声をかけてくれた。その一言で少し気が楽になり、僕は言われた通り、黙々と目の前の仕事に取り組んだ。

初めての活動は、地域の清掃活動だった。簡単な作業ではあったけど、僕は少しずつこの活動に楽しさを感じ始めていた。


それから毎週、僕は一緒にボランティア活動を続けるようになった。清掃活動や、地域のお年寄りへの訪問支援、子供たちへの学習支援など、いろんな活動に参加していった。

最初は不器用だった僕も、少しずつ活動に慣れていき、周りの人たちとも自然に話す機会が増えてきた。

「最近すごく頑張ってるね。」


ある日、沙絵がそう言って僕に笑いかけた。彼女の言葉が嬉しくて、でも少し照れくさくて、僕は視線を逸らして答えた。

「いや、まだまだだよ。でも…なんか、人の役に立てるのって、思ってたより楽しいんだなって思ってさ。」

彼女は満足そうに頷き、僕の手をぎゅっと握ってきた。

その感触に、僕の心臓はいつも以上に早く鼓動し始めた。


数か月が経ち、僕たちは毎週のボランティア活動を通じて、以前よりも深い絆を感じるようになっていた。サエと一緒に過ごす時間は、僕にとってかけがえのないものになりつつあった。

彼女は僕を支え、僕は彼女に応えようと必死だった。釣り合うかどうかなんて、もう考える必要がなくなっていた。僕たちはお互いを尊重し、理解し合う関係になっていたのだ。

ある日、沙絵がふと僕に尋ねた。

「なんでこんなに真剣に取り組んでくれるの?」

その質問に、僕は少しだけ考え込んだ。そして、自分の気持ちに正直に答えることにした。

「最初は…沙絵に釣り合いたいと思って始めたんだ。でも今は、自分自身もこの活動が楽しいし、やりがいを感じてる。それに、一緒に何かをすることが、僕にとってすごく大切なんだ。」

彼女はその言葉を聞いて、嬉しそうに微笑んだ。そして、僕の手を再び握り締めた。

「私も一緒にいられることが嬉しいよ。ずっとこうして、一緒に頑張ろうね。」


僕はまだ陰キャのままだ。でも、沙絵と一緒にいることで、自分を少しずつ受け入れることができるようになった。

そして、彼女との絆は、僕がどれだけ不器用であっても、真剣に何かを取り組むことで深まっていくんだということを学んだ。

これからも僕は沙絵と一緒に、何かに挑戦し続けたいと思っている。陰キャな自分でも、彼女となら何かを成し遂げられる。そんな未来を、僕は信じている。


「二人きりの夜、静かに近づく距離」

沙絵の両親は海外で仕事をしているという話を、僕は付き合ってしばらくしてから聞いた。彼女はお姉さんと一緒に暮らしている。

二人暮らしだからか、彼女は家事にも気を使っているようで、その生活感のある一面を見るたびに、僕は少しずつ「ただのギャル」ではない彼女を理解していった。

最初は、ボランティア活動が終わると家まで送っていたけど、ある日、彼女の提案で

「一緒にご飯でも食べて行かない?」


と言われ、それが習慣になった。

沙絵の家で一緒に夕食を取る時間が、僕たちにとって特別なひとときとなっていった。


僕は料理なんてほとんどしたことがなかったけど、ボランティア活動で地域のイベントの手伝いをする中で、いつの間にか料理に興味を持つようになった。

ある日、彼女の家で夕飯を作ってみたら、彼女がすごく気に入ってくれて、「料理上手じゃん!」と驚いてくれた。それ以来、彼女の家で夕食を作るのが僕の楽しみになった。

沙絵のお姉さんも僕の料理を気に入ってくれて、二人で僕の作った料理を褒めてくれるのが、なんだか少し誇らしかった。


その日も、ボランティアが終わったあと、いつものように沙絵の家に行って夕飯を作っていた。パスタのソースがいい感じに煮詰まり、匂いがキッチンに広がっている。ふと、僕は何か違和感を感じた。

「ねえ、今日お姉さんは?」と、僕は尋ねた。

「うん、今日はちょっと遅くなるって言ってた。帰りは夜中になるかもって。」

沙絵がそう答えた瞬間、僕の中に一気に緊張が走った。女性の家で、しかも二人きりだなんて、どうしたらいいんだろう。何か言わなきゃ、でも何を言えばいいのかわからない。

「あ、そ、そうなんだ。じゃあ…もうご飯も食べたし、僕そろそろ帰るよ。なんか、女の子と二人っきりだと…悪い気がするし。」

内心、何かあったらどうしようという不安があったのだろう。自分の気持ちを正直に言うつもりで言葉を出したけど、それがどう伝わったのかはわからなかった。

僕の言葉にサエは一瞬驚いたような顔をして、それから照れくさそうに微笑んだ。

「ねえ…たまには二人っきりもいいんじゃない?こんな時、あんまりないよ。」

いつもより少し甘えた口調で、沙絵が僕にそう言ってくる。その表情に、僕はさらに緊張してしまった。

頭が真っ白になり、どうしていいかわからない。心臓がドキドキと早く鼓動を打つ。言葉が出ないし、体も固まって動けなくなってしまった。

その時、沙絵がふっと笑って僕の隣に腰を下ろした。そして、そっと僕の肩にもたれかかる。僕は一瞬驚いたけど、彼女の頭が僕の肩に触れる感触に、さらに緊張が高まった。

「こうしてるだけなのに、なんかドキドキするね。」

彼女は少し上目遣いで僕を見上げて、そう言った。彼女の表情は普段よりも柔らかく、でもどこか真剣だった。

その瞬間、僕は彼女がどれほど近くに感じているのかを理解した。そして、自分の心も同じように彼女に惹かれていることを再確認した。

「僕も…ドキドキしてるよ。」

やっとのことで言葉を返すと、沙絵はクスッと笑って、少しだけ僕に近づいてきた。お互いの心臓の鼓動が響き合っているかのような、静かな時間が流れる。


その夜、特別な何かが起きたわけじゃなかった。でも、あの静かな瞬間に、僕たちはお互いに対する思いをより深く感じ取っていた。

沙絵の存在が、僕にとってどれほど大きな支えになっているか。そして、彼女もまた僕のそばにいることを望んでいるんだと、僕は確信した。

僕はまだ不器用で、時々緊張してしまうけれど、サエがそばにいてくれるなら、きっとこれからも僕たちは一緒にいられる。少しずつ、だけど確実に近づいていく僕たちの距離。それが僕にとって一番大切なものになっていた。

彼女が肩に寄りかかったまま、静かに息をつく。僕もまた、その温かさを感じながら、彼女の存在を強く意識していた。


沙絵はそのまま寝てしまい、僕は起こしてしまうのが申し訳なくて、しばらくそのままの体勢で動くことができなかった。

彼女の頭が僕の肩に乗っていて、ほんのりシャンプーの香りが漂ってくる。心臓がバクバクして、どうしようもない不安と緊張が混じり合っていた。

「親に遅くなるって言わなきゃ……」
僕は、スマホを手に取り「ごめん、今日はちょっと遅くなるかも」とだけ親にメールを送った。

22時頃、玄関のドアが開く音がした。サエの姉が帰ってきたらしい。僕は焦って、つい声を張り上げてしまった。

「だ、大丈夫です! なんかすみません、遅くなって…!」

緊張がピークに達していた僕は、何が大丈夫なのか自分でもよくわからなかったけれど、とにかく言葉が口をついて出てしまった。

沙絵の姉は、僕の慌てぶりを見てお腹を抱えて笑い始めた。
「そうみたいだね。もう、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ!」と、ケラケラ笑いながら言った。

その笑い声で、沙絵が目を覚ました。少し眠そうに、しかし照れたような表情で僕を見上げた。
「ん…? あれ、もうお姉ちゃん帰ってきたんだ…」と、まだ夢の中にいるような声で呟く。

僕は彼女に視線を向けると、表情に何かしらの残念さが混じっているように感じた。微妙に顔を赤らめているけど、どこか物足りないような気配もあった。

「じゃ、じゃあ、俺そろそろ帰るね!」
早くここから抜け出さなければ、この変な緊張感に押しつぶされそうだった。

「うん、気をつけてね。」


サエは、少し寂しそうな声で見送ってくれた。

外に出て冷たい夜風に触れると、ようやく少しだけ気持ちが落ち着いてきた。それでも、さっきまでの彼女のぬくもりが肩に残っていて、心臓はまだ鼓動が収まらない。頭に浮かぶのは、サエが自分の肩に寄りかかって寝ていたあの瞬間と、彼女の柔らかい髪の香り。

「こんなこと、もう二度とないだろうな…」
そう思いながら、僕はぼんやりと歩き続けた。頭の中ではサエのことばかりが巡っていたが、なんだか現実感が薄れているようにも感じた。

その夜、家に帰ってもベッドに入っても、僕の心臓はいつものペースを取り戻すことがなく、眠りにつくことができなかった。何度も沙絵の温もりや、あの瞬間の香りを思い出してしまい、そのたびに胸が締め付けられるような思いだった。

釣り合う自分になりたい、そんな思いが一層強くなった。


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