消えた菜々美の微笑みと再会の約束
日曜日の午後、菜々美はいつものカフェにいた。窓際の席に座り、明るい陽射しが彼女の淡い金髪を柔らかく照らしている。何気ない表情をしながら、彼女はスマホをいじり、誰かのメッセージを待っている様子だった。
カフェは静かな雰囲気で、テーブルにはいくつかの本やノートが無造作に置かれていた。そこにいたのは、彼女だけではない。
菜々美は、無意識のうちに店内にいる他の人々に目を向けたが、その中で、彼女が何度も視線を向けてしまうのは一人の青年だった。
彼は、少し頼りなさげな表情を浮かべ、何度も手元のスマホを確認していた。内気そうなその様子に、彼女の心のどこかが共鳴した。自分と正反対な性格を持つ彼に、無意識のうちに興味を持っていたのかもしれない。
「何してんだろ、あの子?」菜々美は小さく呟くと、思い切って立ち上がり、彼の席に向かって歩き出した。心の中では、一歩ずつが大きな決断のように感じたが、彼女の外見からはその迷いは感じ取れなかった。
「隣、いいかな?」
菜々美は、青年に向かって微笑みながら言った。
青年は驚いた様子で顔を上げた。目が大きく開かれ、まさか自分に話しかけられているとは思ってもみなかったようだ。しかし、彼の困惑した表情を見て、菜々美はその緊張を和らげるため、さらに柔らかく笑みを浮かべた。
「え、あ、どうぞ…」と彼は慌てた様子で返事をした。
菜々美は席に座り、スマホをテーブルに置いた。その瞬間、二人の間には不思議な沈黙が流れた。しかし、彼女はその沈黙を楽しんでいた。
「ここ、よく来るの?」菜々美が尋ねると、彼は少し戸惑いながらも、「たまにね…」と答えた。
「ふーん、私も。あんまり人と話すの得意じゃないんだけど、君とは話してみたくなっちゃった。」
その言葉に、彼の顔がさらに赤くなったのが見て取れた。彼は、自分が注目されていることに慣れていないのだろう。それが、菜々美には魅力的に映った。
「名前、教えてくれる?」菜々美が問いかけると、彼は少しの間を置いてから、「直人」とだけ答えた。
「直人かぁ、いい名前だね。」
菜々美はその名前を口に出すと、直人の反応をじっと見つめた。彼は照れくさそうに視線を落とし、何も言わなかったが、その頬の赤みが言葉以上のものを伝えていた。
二人はそのまましばらく会話を続けた。菜々美が話題を振る度に、直人は少しずつ心を開き始めた。彼女の率直さや笑顔に、彼も次第に自然体になっていくのが感じられた。
「ねぇ、今度、緒にどこか行かない?映画とか、どうかな?」菜々美は急に提案した。
「え…、僕なんかでいいの?」僕は驚いた様子で菜々美を見つめた。
「なんかで、なんて思ってないよ。」菜々美は微笑みながら返した。
「君ともっと一緒にいたいだけ。」
その瞬間、直人の心に温かな何かが流れ込んだのがわかった。彼女の言葉は真っ直ぐで、彼の孤独な心に優しく触れた。
「じゃあ…今度の土曜日、空いてる?」
「うん、もちろん。」菜々美は嬉しそうに頷いた。
しかし、直人が見つめるその表情の裏には、少しの切なさも感じ取れた。なぜだろう、彼女は何かを隠しているような気がしたが、それを深く追求することはできなかった。
カフェを出ると、菜々美はふと振り返り、直人に手を振った。
「じゃあ、またね。楽しみにしてるよ!」
直人は少し照れくさそうに手を振り返したが、彼の胸の中には、一抹の不安が残った。菜々美の笑顔の裏にある何か、彼はまだ気づけていなかった。
そのまま、彼女の後ろ姿が遠ざかり、消えていくまで見送った直人。次の土曜日、彼女は本当に来るのだろうか?その不安と期待が入り混じる中、彼はただ、菜々美との約束を心待ちにしていた。
次の土曜日が来るまで、直人は何度もスマホを確認し、メッセージが届くのを待った。しかし、菜々美からは何も連絡がなかった。それでも、彼は信じていた。彼女は約束を守るはずだ、と。
そして、土曜日の午後、直人は指定された映画館に向かった。時間通りに着き、彼女を待った。しかし、時間が過ぎても、菜々美の姿は現れなかった。
徐々に日が暮れ、映画館の周りが暗くなる中、直人は一人、立ち尽くしていた。彼の心には、期待と不安が交錯していたが、やがてその期待は静かに消えていった。
次の瞬間、スマホに通知が来た。画面には、菜々美からのメッセージが表示されていた。
「ごめんね。今日は行けなくなっちゃった。でも、またいつかきっと会おうね。」
そのメッセージを見た直人は、切なさとともに微笑んだ。彼女の言葉には、未来の約束が含まれているように感じたが、同時に、もう二度と会えないかもしれないという不安もあった。
心の中で、直人は彼女の笑顔を思い浮かべた。そして、再びその笑顔に会える日を信じて、静かにその場を後にした。
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