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人生とは喜劇である。ならば上演せねば。

はじめまして、砂犬と言います。

突然ですが、「人生に意味ってある」と思いますか?

「あるに決まってんだろ。意味ない生活送ってるから、意味ないと思ってるだけだ」
「ないよ。心臓の鼓動が始まってから止まるまでの期間を人生と呼んでるにすぎない」
「そもそも意味ってなんだよ。定義を教えろ」
…いろんな意見があると思います。

自分自身は、「自己から見た自己の人生に意味がなくても、他者から見た自分の人生に意味はあってほしい」と思います。

これは極めて個人的な考え方ですが、生きるのが精一杯で、その時、一瞬だけを何も考えずに生きていたとしても、後から客観的に見たときに「何か面白いもの」であって欲しいと思うのです。

「人生」のストーリーは、筋書きが保証されていません。

今のページでは楽しく幸せな風景が描かれていたとしても、100ページ後、10ページ後、もしくはあるいは次のページでは凄惨な光景が広がっているかもしれません。

次の場面と前の場面に必然的な繋がりがあるように見えても、それは運命なんてものではなくて、さまざまな偶然が噛み合って繋がったに過ぎないと考えます。

逆に考えると、今この場面にいること自体が、他人とは異なる、唯一無二の偶然の連鎖によって作り出されたオリジナリティ溢れたストーリーの現在位置なのでしょう。

筋書きの決まった物語や自分も経験した事物の物語を読むよりは、筋書きのない不条理で荒唐無稽な話を読むのが面白くはないですか?
面白がってくれるなら、自分自身は面白くなくても、もっと他人に面白がってもらえる物語を書きたいです。

こうした意味で、私自身は「他人から見て面白ければ、それで私の人生はRaison d’être(意味)を持つ」のだと思います。

Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.
人生とは近くで見れば悲劇だが、遠くから見れば喜劇である。

これは喜劇王チャールズ・チャップリンが残した有名な名言ですね。
彼は楽しいや幸せなこともたくさん経験したと思いますが、その人生は怒り、悲しみ、悩みに満ちていたようです。
2024年現在、そんな彼の人生が描かれたWikiを私は遠くから読みながら知識欲を満たしています。

私の記事は、ネタが尽きない限り人生の失敗談をたくさん書く予定です。
そんな記事を見て面白がってくれたら、私の人生は意味を持つのだと思います。

飽きっぽい性格なので、いつまで続くか分かりませんが、不定期で記事を出しますので楽しんでいただけると幸いです。

よろしくお願いします。

次回:インドで二郎系ラーメンを食べてみた

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