マーベルボーイの60年と、クェーサーとの微妙な関係
マーベルコミックスで近年復活をとげた変わり種ヒーロー、マーベルボーイ(ボブ・グレイソン)と、マーベルユニバースの宇宙系ヒーローの大御所であるクェーサー。
2人は同じコスチュームを着た「初代」と「二代目」の関係でありながら密接な接点が存在しないという奇妙な間柄である(そもそも「マーベルボーイ」と「クェーサー」で何が二代目なのか?)。そんな複雑なマーベル出版史をひも解いてみよう。
短い「黄金時代」
ややこしいことにマーベルユニバースにはざっくり7人以上「マーベルボーイ」がいるのだが、ここでは歴史上3人目のマーベルボーイ、アメコミの黄金時代の終期にわずかながら活躍したボブ・グレイソンの話になる。
このマーベルボーイは不遇なマーベルヒーローで、1950~51年の計6冊しか出番がないマイナーキャラだった。
Marvel Boy Vol.1の物語は、ロケットで天王星に渡った若者ボブ・グレイソンが天王星人にスーパーパワーを与えられ、戻った地球で正義の力を発揮する──という、素朴な子供向けの内容に当時のSF趣味が混ざったものだ。
この方向性はうまく行かなかったのか、同誌は3号目にして早くも路線を怪奇趣味に変更し、誌名も『Astonishing』に改題。それでも当時ヒーローコミックの人気には大いにかげりが差しており、6号目を最後にマーベルボーイはフェードアウトして出番を終える。
ヒーロー誌からホラー誌へ。「驚愕のSF譚!(Astonishing Tales of Science Fiction!)」のキャッチを「驚愕の超常ストーリー (Astonishing Stories of the Supernatural)」に変えたこの2度目の路線変更はマーベルボーイにとっては皮肉にも好調で、同誌はこの後ホラー誌として実に#63まで長く続いた。
善玉から悪役へ
マーベルボーイが姿を消してから約25年後の1975年。
作家ロイ・トーマスはこの「死に設定」を再活用してFantastic Four Vol.1 #164~165にマーベルボーイを登場させる。
なんと、その役割は悪役だった。
この2冊でのマーベルボーイは、第二の故郷 天王星を破滅させた地球人に復讐を誓って「クルセイダー」を名乗っている。
何があったというのか? かつて黄金時代の終わり、天王星に疫病が発生し、マーベルボーイは地球で特効薬を求めた……しかし彼には資金が無かった! ヒーローとて金に困るのはいつでも同じ。融資を求めても天王星だのさすがに現実味のない話に融資は断わられ続け、彼が薬を調達できた頃には天王星は全滅していたというのだ。
さらに折悪しく彗星との衝突事故により20余年にわたりマーベルボーイは昏睡、眠りから覚めた彼は地球に──ことに資本家に──烈しい復讐の炎を燃やした。
彼が憎む銀行の中で、ファンタスティック・フォーと戦いが繰り広げられる。
物語の結末で、クルセイダーは武器であるリストバンドを暴走させてしまい自爆死する。
こうしてマーベルボーイの復讐劇は終わり、正式にユニバースから消えた。そのはずだったが……。
二代目登場!
言ってみればこの作家ロイ・トーマスは「マーベルボーイを殺した男」になるが、一方でトーマスは新たな命を生む事にもなる。
3年後の1978年、ロイ・トーマス作のCaptain America Vol.1 #217でのこと。SHIELDの新人ヒーローチーム、SHIELDスーパーエージェンツの一員として「マーベルボーイ」が再登場する。
もっともこのキャラは姿こそそっくりだが、SHIELDにコスチュームと例の事件で残されたリストバンドを支給された二代目であり、これが後にクェーサーとして知られるウェンデル・ボーンの最初の登場である。
ボーンこと二代目マーベルボーイは特に説明も無くマーベルマンに改名したりもしつつ端役に甘んじていたが、SHIELDスーパーエージェンツ計画は味方に裏切り者がいたという急展開を経て頓挫する。
ストーリーラインが終結した以上、本来マーベルマンはここでお役御免になるところ編集部は手応えを感じたのか、「クェーサー」の新コードネームとともにシング(ファンタスティック・フォーのメンバーであり、つまり初代マーベルボーイとの因縁もある)の主役誌Marvel Two-in-One Vol.1の準レギュラーの座を与えた。
もっともこの時代のクェーサーの活躍は芳しくなく、他誌に散発的に脇役として登場したものの、1983年を最後にぱったりと出番は途絶えてしまう。
ところがクェーサーはなかなかしぶとい。潮目が変わったのは1989年で、Avengers Vol.1 #302~307でアベンジャーズ入りを果たした後、そのスピンオフとして主役誌Quasar Vol.1を獲得。ここでオリジンとリストバンド──すなわちクァンタムバンドの設定が固まり、長きにわたる活躍が始まることになる。
一方しばらく忘れられていたヴィランとしての先代マーベルボーイはサノスが蘇らせ夢の先輩後輩対決を演出。Quasar誌でヴィラン「ブルー・マーベル」として後輩であるクェーサーと戦いを繰り広げた。
最終的に敗れたブルー・マーベルは歴代プロテクター・オブ・ザ・ユニバースの英霊に預けられ、現在まで姿を消している。
50'sから現在へ
ところでマーベルボーイのヴィラン化と二代目マーベルボーイ誕生、両方の立役者であるロイ・トーマスはよほどマーベルボーイにこだわりがあったのか、当時これ以外にもう1編のエピソードをものしている。
マーベルのIFストーリーを描くシリーズWhat If? Vol.1 #9の「もしも1950年代にアベンジャーズが結成されていたら? (What If... the Avengers Had Been Formed During the 1950's?)」という物語だ(ドン・グラットと共著)。
この中ではヴィラン化する以前のマーベルボーイを含む、1950年代に活躍したヒーロー達が「アベンジャーズ」を結成(名前の被りは偶然)。悪漢イエロークローの手から誘拐されたアイゼンハワー大統領を救い出す。
この物語がかつてあった過去かそれとも別の世界線の出来事なのかはわざとぼかして描かれているのだが、約20年後にアベンジャーズの集大成的なストーリーAvengers Forever Vol.1の中で再登場し、正式に異なる時空アース-9904の存在と位置づけられている。
ところが話はそれで終わらず、このエピソードは2006年のAgents of Atlas Vol.1でアレンジされ本家マーベルユニバースに再利用された。
ストーリーは現在と1950年代の過去を追い、マーベルユニバースの裏面史を描いている。
我々の知るマーベルユニバースでも1950年代、やはりチームは存在した。ただしそれはアベンジャーズではなく、デパートメント・ゼロ(別名Gメン)と呼ばれる。そして同じようにアイゼンハワー大統領をイエロークローの魔の手から救い出すものの、描写には現代的なひねりが加わっている。
そして現在になり、メンバーは新チームエージェンツ・オブ・アトラスとしてふたたび勢揃いする事になる。
さて、なぜヴィランのクルセイダーと化して消えたはずのマーベルボーイが現代に生きているのか? この回答として、大幅な後付けが用意された。
「天王星人」の正体は天王星に流刑されたエターナルズだった。彼らは天王星人(それはそれでいた)の下で辛酸を嘗めていた。
彼らエターナルズはボブ・グレイソン少年を天王星に呼び寄せ、マーベルボーイのパワーを与えて将来的に星を離れるための駒として利用していたのだ。
そしてマーベルボーイにはプランBとして造られた影武者、強化人間もいた。実はそれが後のクルセイダーである。クルセイダーはボブ・グレイソン本人ではなかったのだ!
天王星のエターナルズが陰謀を巡らせたあげく天王星人に滅ぼされると、影武者は理性を失い自分をマーベルボーイ本人と思い込み、地球が元凶だと信じて暴走した。あの奇妙なカネの問題は、クルセイダーが自分の持ちうる情報の中で仲間の滅亡にどうにか整合性を与えた幻想だったのだ。
一方本物のマーベルボーイは利用された真実を知り、地球には戻ることなく友好的な天王星人と暮らし続けた。近年になって仲間のSOSに地球に戻ってきたのである。
この新設定はさらに4年後、2010年のMarvel Boy: The Uranian Vol.1で補足される。黄金時代のコミックで語られていた(新設定と辻褄のうまく合わない)物語が「当時のマーベルボーイが地球でのイメージ作りのためタイムリー・コミックス(後のマーベル・コミックス)に提供した物語」だったと修正されたのだ。
過去のおおらかでのんきな時代のコミックが現代の作劇と整合性が取りづらくなるというのはアメコミあるあるで、逐次「過去編」として描写をアップデートするという手もあるが、過去のストーリーは劇中劇であり実際には起こっていないと切り捨てる思い切りの良い手法も存在する。
有名なところでは少女コミックPatsy Walker Vol.1の主人公パッツィが後にヘルキャットとしてアベンジャーズ入りし、過去作は「マーベルユニバースの中の実録コミック」だったと再設定された例や、Ultimate Iron Man Vol.1の設定が邪魔になったので劇中世界のアニメだったという事にされた例などが挙げられる。
マーベルボーイのレトコンもこうしたパターンの一つだと言えるだろう。
かくしてボブ・グレイソンのヴィランという過去は消え去り、歴史の裏で暗躍するエージェントとして現在に至っている。一方クェーサーが宇宙系ヒーローの一角としてなお現役なのは(時々は引退したり死んだりしたが)言うまでもない。
2者には元々あった因縁が結局打ち消されたため、ヒーローが集合したコマの隅と隅でかろうじて共演したケースを除けばいまだにまともな接点が無い。
いずれ新たな因縁が生まれるのだろうか? 期待する読者はロイ・トーマスのような不思議なこだわりをもつ作家の登場を待たねばならないだろう。