こちら合成害獣救助隊 2
承前
〈レイ、狙撃地点は仗禅寺通と栄筋の交差点だ。〉
〈りょーかい。ちょっと遠いね。〉
ビルの外壁を蹴り渡りながら、あたしはスピードを落とさず横道に入る。アーマーの調子は良好だ。あたしの跳躍力を充分に増幅してくれてる。
〈これでも最短距離の広場だ。罠の敷設ももうすぐ終わる。誘導頼むぞ。〉
〈任せて!〉
CRAAAAASH!!
振り返ると、狼型キメラは散乱したガレキやゴミを吹き飛ばしながら遮二無二にあたしを追ってきていた。取ってつけたような鮪の尾がびちびちと震えている。
鮪は泳ぎ続けなければ死んでしまう。その衝動が狼の方に影響しているなら、あの子のストレスは相当だ。あたしは付かず離れずの距離を保ちながら路地裏を抜けて、仗禅寺通まで達した。片側4車線を中央の大きな並木が分断する大通りだ。
事前に避難勧告は出されているが、それでも車両や人かげはチラホラと見える。ビルの窓からもだ。間違ってもターゲットをそっちに飛ばすわけにはいかない。あたしは誘引フェロモンをアーマーから散布しつつ、本部にアナウンス配信依頼を送った。
少し遅れて狼型キメラの巨体が通りに躍り出る。散布した誘引フェロモンを嗅ぎつけて、すぐにこちらを捕捉してくる。よし、ブレンドの比率に問題なし。あたしは二車線を占有する巨体を引き連れて、仗禅寺通を駆ける。
程なくして一帯のスピーカー、携帯端末から派手なアラーム音に続き抑揚のないアナウンスが流れてきた。あたしの通信機にももちろん届く。
毎度お騒がせして申し訳ございません。
こちらは開明(かいめい)市合成害獣救助隊でございます。
乗り捨てられた車両。ぶつからないよう、うまくキメラのコースを変える。道を彩る並木ももちろん保護しなければならない。
ただいま隊員による捕獲活動を行なっております。
立体交差の下をうまく潜り抜けながら、バイザーに映る交差点までの距離と方角を確認する。もうすぐだ。
近隣住民の皆様におきましては、捕獲完了まで屋内に避難頂きますようよろしくお願い申し上げます。
それにしても抑揚のない声だ。
アナウンスが損害の相談先を伝え始めた辺りで、狙撃地点の交差点に到着した。中央に大きな円形の緑地があるラウンドアバウト。罠が設置されてるのはその中心部だ。あたしは中心部を三段跳びの要領で一気に飛び越え、振り返りながら地面に手をつき急制動をかける。がりがりとアスファルトに爪の跡を残して止まったあたしはキメラを睨みつけた。ここで決着だ、とでも言わんばかりに。
狼型キメラは過たずよだれを撒き散らしながら緑地に踏み込んだ。瞬間、四方から投網や鎖が飛び出し、キメラを緑地に拘束した。よし!程なくして彼方から飛来した麻酔弾がキメラの尾に命中する。これであとは麻酔が全身に行き渡るのを待つのみ…。
GRAAAAAAAAAAAA!!!!
咆哮、思わずあたしも耳を塞ぐ。アーマーに覆われてるというのに!そしてキメラは拘束を破り始めた!うそ!麻酔が効いてない?
〈いや!効いてる!ただ時間が掛かってるだけだ!〉
部長の通信が飛んできた。その声色には焦りが見える。
〈分量どうなってんのよ!〉
〈仕方ないだろう!むやみに増やせないんだよ!〉
また予算の話だ。くそぅ。でも確かに部長のいう通り、拘束をちぎる勢いは徐々に弱まっている。このまま何事もなく終わればそれで…
「オイ!スゲーぜ!キメラだキメラ!」
「うーわキモ!すげー!撮れ撮れ!」
見間違いでなければ、あたしとキメラを挟んだ交差点の反対側に、見るからに頭の悪そうな大学生と思しき一団がいた。ウソでしょ?!なんなのよあいつら!避難誘導聞いてなかったの?
〈こちらレイ!部長!市民がキメラに接近してる!〉
〈なんだとォ?!〉
部長も血の気が引いていた。
そしてキメラはあたしよりも弱い獲物を見つけて奮起し、最後の鎖を引きちぎり自由になる!
「ちょ、ヤバくね?!」
「大丈夫だって!ビビってんのかよオメー!」
GRAAAAAAAAAAA!!!!!!
キメラの咆哮!自分たちに向けられた殺意に呑まれ、大学生達はその場で腰を抜かしてしまっている。あぁもうっ!ふざけるな!部長に通信を入れてるヒマはない!あたしは心の中であらん限りの罵声を叫びながら、大学生達に飛びかかろうとしたキメラの尾を掴む!脚部スパイクを展開し、暴れる鮪の尾に満身の力を込める!
『そこの大学生!早く逃げなさい!』
あたしは外部スピーカーで叫ぶ!だけど全員ビビり散らかしてるのか、オタオタと後ずさるだけだ。今にも爪が、牙が届くかもしれないというのに!あたしの怒りはもはや頂点に達していた。
『逃げないと!あたしが!あんたらを殺す!』
無貌のヘッドギアから放たれる圧力がようやく通じたのか、大学生達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。あとは!この子がおとなしくなるまで!耐える!耐える!耐えるんだ!
キメラの抵抗は徐々に弱まっていたけれど、あたしの身体はこんな巨体との力比べには向いてない。アーマーは負荷限界を超えてただの重り。あたしの筋繊維は次々ちぎれて、もうそろそろヤバいかもとなった頃、ようやくキメラは動きを止めてその場に倒れこんだ。
あたしも倒れこみたかったけど、地面に刺したスパイクがそうさせてくれなかった。鎧にその身を委ねながら、あたしは捕獲完了の通信を入れる。程なく、また抑揚のない音声が響いてきた。
お騒がせして申し訳ございません。ただいま合成害獣の捕獲を完了いたしました。
待機していた搬出用大型車両が近付いてくる。
捕獲した合成害獣は研究ののち、安全に分離されますので、ご安心ください。
そう、分離される。分離されるのだ。
搬出完了まで、今しばらくお待ちください。ご協力まことにありがとうございます。
でもあたしはまだその時じゃない。この力でキメラを助けー
「めんどくせぇ。さっさと殺せばいいだろうがよ」
冷酷な声が背後から聴こえてきた。
【続く】