こちら合成害獣救助隊 3
承前
あたしは身体を支えていたスパイクを収納し、身体を強いてそちらに向き直る。アサルトライフルを担いだ迷彩服の男が苛立たしげな顔であたしを見ていた。
「何回言わせるのよ新庄。あたしたちは救助隊なの。」
「オメーらの雑な作戦の尻拭いさせられんのはこっちなんだよ。いっつも回りくどい事しやがって。」
「あんたたちに出番なんか作らせやしないから、帰って寝てたらいいのよ。」
「どうだか。」
くくく、と新庄は嫌な笑いを浮かべて帰っていった。キメラを含めた野生動物の殺処分は厳しく規制されている。だけどそれにも限度はある。対象による被害が看過出来ぬ場合、軍による駆除が実行される。だからキメラ捕獲には必ず軍が帯同しているのだ。
あたしが参加した作戦は未だに軍部の介入はゼロだ。だけどそれが面白くなくて、こうして難癖をつけてくるやつもいる。新庄もそうしたくだらない男の1人だ。
新庄が軍の車両に乗り込んで視界から消えるまで、あたしは回収班が取り囲むキメラに油断なく警戒を続けた。間違いなく麻酔は効いて昏倒しているけれど、世の中に完璧はないのだ。出来ればもう今日はこれ以上動きたくないけど…。
あたしの心配は杞憂に終わり、狼型キメラは搬出車両に格納された。部長のパワーローダー外骨格はこういう運搬に強い。捕獲地点にあれを沢山配置しておけたら、もっと楽なんだけどな。
〈おう、おつかれ。乗りな。〉
目の前を通過する搬出車両から部長の通信だ。あたしはゆっくりと走る搬出車両のコンテナの上にひらりと飛び乗り、助手席の窓から車内へ滑り込んだ。シートにもたれて、やっと気が抜けてきた。
「…部長、お茶有ります?」
「そこに未開封のやつがある。」
運転席の部長は目を合わせず答える。
「いただきます。」
「まだ人目が多い。後ろで飲め。」
「はいはい。」
ペットボトルを掴みつつ、あたしはヘルメットのロック機構を解除する。ぷしゅう。スモークガラスの後部座席に座りなおして、あたしは無貌のヘルメットを脱いだ。空調で冷やされた汗が肌に心地よい。
ぷるぷるぷる。
ぱたぱたぱた。
頭を振って汗を散らす。戒めを解かれた「猫の耳」もバネのように動いた。このクセには抗えない。理性の限界だと思う。
あたしは人と猫のキメラだ。猫科動物の瞬発力、動体視力、聴力その他、人間を超えた感覚を備えている。本来なら「研究ののち、安全に分離」されなければならない禁忌の存在。
救助隊がそんな存在を囲ってるなんて知れたらどうなる事か。だけどあたしは分離されて失われるこの力で、あたしのような子達を助けるって決めたんだ。目の前で、何も出来ないまま見殺しになんてー
「ニュースやってんな。俺たちの事。」
部長は備え付けのテレビモニタの音量を上げた。
〈…ちらが現場となった交差点です。緑地部分にはまだ生々しい傷跡が残っています。〉
〈こちらは捕獲の様子を目撃した市民の声です。プライバシー保護のため音声は加工しています。〉
〈なんかー、でっかいのがいるからー、近付いてみたんですよー。そしたらまだ生きててー、オレらマジ死ぬかと思ったんすよー。なんでー、まだ死んでないってー、教えてくザザッ〉
〈ザッ…つまりですね。合成害獣の人的被害を事前に防ぐ意味合いで、災害認定の段階を柔軟にザザッ〉
〈ザザッ…この間だってウチの店の前で大暴れされてね!見てよこの亀裂!ほら!ここ!ここよ!わかんない?よく見なさいよザザッ〉
〈ザッ …は懐かしいナンバーいってみましょうかね。thepillowsで「アナザーモーニング」〉
ギターリフが鳴り響く沈黙の中、あたしはお茶を飲み干してシートに横になった。
「…あー、気にすんな。お前はよくやってくれてるよ。」
「…気にしてないよ。」
「…そうか。」
「…あたしは大丈夫だから、部長は今月辞めてく人の補充シフト考えててよ…。」
「…そうだな。」
「…あと運転。」
「…おう。」
「…着いたら起こして。おやすみ。」
あたしはそれだけ伝えて、身体を丸くして目を閉じた。顔の汗はなかなか引かなかった。
【続く】