こちら合成害獣救助隊 8(エピローグ)
承前
(おまえ…その姿…)
(産まれてきてはいけないのだ)
(捕まえられる?本当か?)
(なぜ生きている)
(お前らが面倒を見ろ。救助隊)
(穢らわしい獣!)
(ぼくは大丈夫)
(穢らわしい獣!)
(違う…)
(だからみんなを)
(穢らわしい獣!)
(違うよ…!)
(助けてあげて)
(獣!)
「違う!」
そこであたしは目を覚ました。伸ばした手の先は見慣れた自室の天井。久し振りにひどい夢を見た。動悸と汗がひどい。あたしは悪夢を振り払おうと、寝間着を脱いでシャワーに向かった。姿見に写る自分の姿はどこにでもいる女のようでいて、ところどころに生えた猫科の毛並や耳、短く丸まったボブテイルが合成害獣であることを忘れさせてくれない。
あんな男の言葉に今更揺さぶられるなんて。
「あたし…うまくやれてるよね?」
鏡のあたしからの返答は無かった。
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寝直して再び目覚めたらもうお昼だった。
あたしはのそのそと起き出し、本部隣のシェルターへ向かう。保護された動物たちの世話ならいくらでもある。身体を動かしていた方が幾分気が楽だ。
「おはようございます。」
「あらレイちゃんおはよう。具合はどう?」
「昨日も言いましたけど、だいじょうぶですって。」
シェルターの扇さんも本部の篠山さんと同じく、あたしを見るといつもこうだ。まあたしかに普段の仕事が仕事だしね。
「あたしよりアーマーの破損がひどくて、しばらく休みなんですよ…。で、なにからお手伝いしましょうか?」
「色々あるわよぉ〜?…あっ!そうだその前に!」
扇さんが急にぱたぱたと部屋の外へ出て行ったかと思ったら、すぐに戻ってきた。傍らには大きなシベリアンハスキーを連れている。狼のように、立派な面構えの子だ。
「扇さん、その子ひょっとして…」
「そ、レイちゃん。あなたが助けたキメラから分離した子よ。」
般若のようないかめしい模様に反して、その瞳は穏やかな光をたたえている。あたしが呆気にとられているうちに、ハスキーはあたしのそばまでトテトテと歩いて来た。あたしはその場にしゃがみこみ、手の甲を差し出してハスキーの様子を見る。
ふんふんと匂いを嗅ぐハスキー。時々触れる鼻の冷たさがくすぐったい。ハスキーは匂いを嗅いではあたしを見つめ、また匂いを嗅いだ。
ーねぇ、きみはあたしの事覚えてる?
ーきみを助けるためとはいえ、思いっきり蹴っ飛ばしたり、シッポを引っ張ったり、怖い思いさせて、ごめんね。
あたしは手の甲で鼻先を撫で返す。
ー全部悪い夢だったの。全部忘れて、いっぱい幸せになるんだよ。
ーあたしは…あたしはまだ、忘れられないの。きみたちを助けたいから。まだ、あたしはあたしでいたいんだ。
俯くあたしを尻目に何か思い立ったハスキーは、あたしの周りをぐるぐると回る。そして、あたしの背後から腕の間に長い口吻をつっこみ、キュウンと鳴いた。
「チョビちゃんよかったねー!そのおねえさんが遊んでくれるよー!」
「…そっか、そうだね!遊ぼうか!」
わしゃわしゃわしゃ!とあたしはチョビと呼ばれたハスキーを撫でて、扇さんからリードを受け取った。
「…可愛すぎて泣けちゃった?」
「……ッ!そ、そうです!かわいいねー!君はかわいいねー!」
チョビはきょとんと首を傾げているけど、遊びの時間になったのはわかったのか、今度はオン!と元気に鳴いた。
「ちなみにシッポのマグロは海洋研究部の方に行ったみたい。」
「その辺もやっとちゃんと機能し始めましたよね。」
「あなたががんばってくれてるからよ。レイちゃん。」
「…そっか、そうかな。」
「そうよ。自信持ちなさい。」
「…ありがと、扇さん。チョビ、いくよ!」
快晴の空の下、あたしはチョビを伴って駆けてゆく。春の風が心地よく吹いていた。
【終わり】