こちら合成害獣救助隊 5
承前
〈来た〉
開明(かいめい)市郊外の山林部、捜索の末発見した「飛行型キメラ」の巣の入口。巣の中に罠を仕掛け終えたあたしは身を潜めながら空中のキメラをモニターしていた。
その胴体と頭部は紛れもなくゴリラだけど、腕の代わりに生えているのは長大な翼だ。翼開長10m近い。ゴリラの体毛と同じ黒色で、幅広でありつつ先端が尖ってる。グンカンドリ系だろうか。脚はつま先から先が猛禽のそれに置き換わっていた。ファンタジックに言えば、ゴリラのワイバーンといった風体だった。
キメラは雄大に羽ばたきつつ、風に乗って降下してくる。生物学的にどう考えても飛べる構造をしてないのだけれども、キメラはこうして飛んでいる。やっぱりキメラ生成技術はこの世のものじゃないんだろうな。あたしもその一端にいると思うと少し気が滅入る。
〈こちらでも確認している。そのまま待機だ。〉
部長の通信が入る。あたしは返事を返して更に態勢を低くし、地に伏せた。
キメラはさらに近付いてくる。翼の大きさもすごいが、ゴリラ部分も平均的な個体の倍はある。とはいえ今のところあの子は人里まで降りて何かした様子はない。うまく捕獲出来れば徒歩で回収地点までご同行願えるだろう。
キメラは滑空態勢から着陸態勢に入り、翼を大きく羽ばたかせた。巣穴の前で減速し、地面には突風が吹き荒れ、小石や木の葉が嵐のように飛び交う。
いよいよ地に降り立つ、というその時、あたしの耳が飛散物と異なる風切り音を捉えた。未だ宙にいたキメラはびくりと体を震わせ、態勢を崩し地面に落着した!凄まじい振動があたしのアーマーに伝わる!
なんで?!誰よ!誰がやったのよ!
風切音が放たれた位置には誰もいない。
だが、誰かがいたはずだ!
あたしは立ち上がりキメラの元へ駆けながら通信を入れる!
〈部長!こちらレイ!トラブル発生!トラブル発生!〉
〈.....レ.....した.....お......レイ!......〉
通信妨害?いやそれよりも!着地に失敗したあの子が!
うつ伏せに倒れたキメラは大きな翼でばたばたと地面を叩き、立ち上がれないでいた。呼吸すらも危うい危機的状況だ。ただの怪我じゃない。うめくキメラの首筋に刺さった1発の麻酔弾。あたしはそれを引き抜き、叩き割りたい心を抑えて成分を解析した。アーマーが返した答えはやはり筋弛緩剤。なんてことを。
通信は阻害されている。それでも状況を知らせるなら信号弾がある。あたしはアーマーの右腕を展開して発射機構へ変形させ始めた。…あとであたしは思ったんだ。「誰か」への警戒を優先すべきだったって。
最初に感じたのは熱で、その後衝撃が脇腹に襲いかかり、あたしは吹き飛ばされる。アーマーのディスプレイは見たこともない膨大なアラートを出した後、ブラックアウトしてしまった。
数秒の気絶から復帰したあたしは猛烈な吐き気を感じ、ヘルメットのバイザーを手動解放して四つん這いになり、嘔吐した。げほっ、げほっ。新鮮な空気の中に立ち込めるイオン臭。これは…。
「まだ生きてたか。しぶといやつだ。」
ごつり、と後頭部に何かが当たる。恐らく銃口。知らない男の声だった。
「いい加減おまえらは…」
男が言い終わる前にあたしは地面を蹴り、さらにそこから反転して回し蹴りを叩き込もうとした。だけど、いまだ再起動中のアーマーはデッドウェイトでしかなく、あたし本来のスピードを出し切れなかった。そして相手は重サイバネ者で、あたしが狙った頭部を胴体に収納してしまった。空中のあたしは重サイバネ者の背中から伸びてきたアームに脚を捕らえられ、宙吊りにされてしまう。
「あぶねぇなこの野郎…いや、女か…?」
サイバネ者が頭部を再びせり出させて、あたしにパルスライフルを向けながら話しかける。禿げ上がった、腹の立つ顔をしていた。
「とにかくおまえらにはそろそろ失敗してもらいたいわけだよ。救助隊殿。」
サイバネ者の邪悪な視線と、キメラの息も絶え絶えな視線が逆さのあたしに注がれていた。どうしよう。なんなのよ、こいつ!
【続く】