強襲、阻止限界点。5/5 #こちら合成害獣救助隊
がっちりと装甲に喰らい付いたキメラの顎門。ヘルメット内が悲鳴で満たされる。牙の貫通こそ免れたけど、その衝撃がもたらす激痛だけで、あたしの思考は恐怖に塗りつぶされた。
かろうじて無事な右手を、めちゃくちゃにキメラの鼻にぶつける。キメラは意にも解さない。狩られる獲物のいじましい抵抗。ただそれだけなのだ。
圧が増す。
やだ。
因子解放。
だめ。
集中出来ない。
だめ。
やめて。
あぁ。
ばきり。
鎧が砕け、牙が突き刺さる。
絶叫。
もはや抵抗は叶わない。
あたしの視界から光が消えていく。
ーーー。
だけど、キメラの顎門はそれ以上動かない。獲物の血をねぶる舌が固まる。
GUUROPP?!!
キメラはうめき声と共にあたしを吐き捨てた。砂利に叩きつけられ、勢いよく転がされる。身を引き裂く痛みがあたしの意識を呼び戻した。まだ、生きてる。
だけど酷い有様だ。あたしは唯一無事な右手を支えに顔を上げる。キメラは自分の口を掻き毟るように悶えていた。あたしの事なんか、もはや見ていない。
げぇげぇと嗚咽するキメラの口から、砕かれたアーマーが吐き出される。そう、それだよ。
あたしの鎧は、死ぬほどマズいんだ。
ごめんね、キミ。
気力だけを支えにして、あたしはどうにか立ち上がった。ヘルメットをかなぐり捨てる。解放された猫の耳が反射的に震えた。キメラに向かって一歩ずつ足を進める。
装甲材の味覚トラップは強烈だ。だけどそれも長くは保たないだろう。あたしは右腕に精製された麻酔弾を確かめる。己の身を贄としたアナライズの成果。今度こそ、最後だ。
キメラは口腔を広げて咆哮を上げ続けていた。
ーそうだよね。腹立つよね。わけわかんないやつらに撃たれて、叩かれて、変なモノ食べさせられてさ。
血が止まらない。
視界がゆらめく。
すぐそこにいるキメラが、とてつもなく遠く感じられる。この子をどうにか出来たとして、あたし、ちゃんと帰れるのかな。どうしてこんな事、してるんだっけ…。
キメラの紅く染まった双眸と目があった。憤怒、殺意、憎悪、暴虐。その奥に僅かに潜む、恐怖、混乱、怯え、哀しみ。
歩みを速める。
ーそうだよね。自分が自分じゃなくなって、怖くて怖くてどうしようもないんだよね。わかるよ。キミは、ただ生きていたいだけなのに。
ーあたしだって、そうだったんだ。
痛みを無理矢理抑え込む。
猫の耳を後ろに倒す。
ぞわりと髪が逆立つ。
全ての力を振り絞り、あたしは駆ける。
ーだから、もう少しだけ、待ってて。
右腕を引きしぼりながら、キメラの眼前へ跳んだ。
ーみんな、あたしが、助けてみせるから!
雄叫びと共に右腕をキメラの口腔に叩き込んだ。麻酔弾は喉頭奥深くに突き刺さる。一気に腕を引き抜き、キメラの背後に、着地。
残心。調息。
これでもう、打ち止めだ。
一瞬だったかもしれないし、すごく長い時間だったのかもしれない。気力もついに尽きようとしたその時、背後で巨体が地響きと共に地に沈むのを感じた。巻き起こった風があたしの髪をはためかせる。
地面が傾く。空が回り込んでくる。採石場にはいつのまにか巨大な壁が生えていて、あたしは壁にもたれかかる。砂と石ばかりなのに、なんだかとてもあったかくて緩やかだ。今日はすっごく疲れたな。もうなにも、したくない。
意識は、そこで途絶えた。
どこかで蝉が鳴いていた。
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その次に思い出せる事は軍病院の集中治療室。管だらけの変なカプセルに入れられてた、と思う。
まどろみの中で昔の夢を見たりしているうちに、カプセルが取り去られ、繋がれた管が減り、面会謝絶の札が降ろされた。みんなにすごく怒られたし、すごく泣かれた。ごめんなさい。ほんと、ごめんなさい。
あの子は無事保護されていた。凄惨な戦いを思い出す。何もかもが規格外だった。気が付けば震えだす身体を抱きしめる。キメラ災害は続いている。もっと強くならなきゃ。
でも、今はこの身体を癒すのが第一だ。あたしは病室のベッドに潜り込み、窓のブラインドを調節してひなたを作った。
柔らかな秋の日差しが丸まったあたしを包み込む。楽しい夢が見れるといいな。そんなことを考えながら、あたしは眠りに落ちていった。
【こちら合成害獣救助隊「強襲、阻止限界点。」終わり】