ゲットバック・マイ・ライフ 2
承前
何もかもどうでもよくなってしまった。
つまらない仕事。上から押し付けられる理不尽。自分の事ばかり喚く下。俺を顧みない家族。追いつけなくなった趣味。胸踊る事など何も無い。ただただ家と会社を往復するだけの日々。かといって死ぬのはごめんだ。死にたくないから生きているだけだ。
その日は珍しく午前中の会議が飛んだ。俺のせいじゃない。駅のホームで一瞬の安堵を得た俺は、ふと普段と逆の山手線に乗った。どこか遠くへ行ってしまいたい。しかしそんな度胸は無い。だがこれぐらいならちょっとうっかりしてたぐらいで済むだろう。少しだけ長い通勤時間を経て、俺はまた虚無の日々に戻るのだ…。
そんな俺が金髪の女に導かれて降り立った駅は、俺の知っている駅では無かった。JRの駅である事は間違いないが、あちこちに破壊の跡が残されている。駅の外に拡がる街並みの荒れ具合は駅の比ではない。震災の時に見た崩壊した街並みとも違う、どちらかと言えば海外ニュースで見る紛争地帯のような、修復する事を諦めたような雰囲気だった。俺はしばしホームに立ち尽くし、俺の知らない東京を見つめた。異世界だ。
「こっちですよ」
呆然としていた俺に金髪の女が声をかける。我に帰った俺は彼女を追って階段を降り、動作していない改札をくぐって表通りへ出る。日差しが眩しい。山手線の改札を降りた所の風景ならだいたい覚えているが、どことも違うように思えた。
女は手に持つ巨大な銃であたりを警戒したのち、よし、と一息ついて改めて俺に向き直った。
「申し遅れました。わたしはカレン。まずはあなたを安全な場所までお連れします」
「あっ、ああ、俺、いや、私は吉成。吉成祐三です」
「ふふっ、丁寧にありがとうございます。存じていますよ」
「ど、どうも。あの、ここなんなんです?」
「話すと長くなりますが、ここは『東京の裏側』です」
裏側。わかりやすい。俺の心の中の少年が僅かに喝采をあげた。
「またいつ『敵』がやってくるか知れません。詳しい話は『本部』でしましょう」
そう言って女ーカレンは舗道のタイルを踏み込んだ。するとその前の車道に長方形の光が走り、コンクリートの地面が持ち上がる。せり上がってきたのは鋭角的なバイクだった。モーターショーで見かける、いつ実用化されるか知れない未来的なバイクだった。素早くバイクに跨ったカレンは俺に手を伸ばす。後ろに乗れという事か。
なるほどな。俺は選ばれし戦士であり、この世紀末感溢れる裏東京で、この美女と共に幾多の冒険を始める、そういうわけだ。くくく。もう俺も四捨五入したら40だが、少年の心を捨てなくてよかったぜ。見てるか?中学生の俺よ。授業が退屈すぎて校庭に巨大ロボが墜落してきた時のシミュレーションばかり繰り返していた俺よ。色々つらい人生だが40手前でついに夢は叶うんだぜ。くくくくく。
「吉成さん?」
カレンが俺を訝しむ。おっと、つい口に出てしまったか。美女を待たせるなんて主人公失格だ。俺は咳払いを一つし、カレンの手を取った。
そして、そのままカレンと未来バイクは巨大な鉄塊に押し潰された。華奢な腕だけが、傷ひとつ無くそのまま俺と手を繋いでいた。
【続く】
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