回想録 9才臍の緒

9才

学校の授業で使うから持ってくるように言われた臍の緒を、父は頑なに「ない」って言った。

それが嘘だということは、もちろんビュンっと伝わった。

正確にはビュンっですらなくて、ただただ同時に存在している。だけどもみんな、この感覚を意識では知らないよね。だって言葉がないものね。

瞬間。それは瞬間。

4.5畳を占領している桐タンス。その二重になっている扉。造りが精巧すぎて開け閉めに空気の重さを感じるそこに、それはある。

だよね。あるよね。
そんなの後で、父がいない時に自分で取るし。

だけどもなぜそんなに頑なさを?わざわざこんなに出動させる?不自然でしかないこわばり。絶対に明かさないというガードがすごい。

後日わたしが手にした臍の緒の小箱には、戸籍の誕生日とは別の日付が書かれていた。

その情報が重なる次元に打ちのめされる。
母が日記を書く姿
病室でのやりとり
それを上からみている自分
フラッシュバック


ただただその不自然さには、わたしを守ろうとする心だけが全面に、あの空間にはあったのだ。

このエネルギーを知っている。生まれる前にみたあの人のもの。久しぶりの全面再会。なかなかこの魂の状態で。人はこの世を生きられないよ。

充満して、広がって、うすーーーーーく伸ばしたゴムみたいなツヤがある、薄い薄い蜜柑と桃色みたいな


後にそれが、愛だと知るのだが、愛でしかなかったことに泣くのだが、このときにはそこまでわかっていない。

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