コーラス・インフィニ☆~リトアニアを巡る合唱と親善の旅~③
Part3
3月26日日曜日、サマータイムが始まった。この日から時計が一時間進む。日本人には馴染みのない制度なので、朝寝坊したらどうしよう! と落ち着かなく、変な時間に目覚めてしまった団員も少なくなかったようであるが、現地で暮らしているガイドさんも同じように不安で目覚ましをいくつもかけて眠ったらしい。一時間がどこかにいってしまったような喪失感は観光客だけのものではないのか、となんとなく安心しながらバスに揺られ、向かったのは聖カジミエラス教会。淡いピンク色をした立派な教会である。実は初日の観光のときにここでも写真を撮っていたが、それがわずか三日前の記憶であるとは信じられず、初めにここを訪れた日のことは、はるか昔のことのように思えた。教会の日曜ミサが始まり、インフィニ☆は後方のバルコニーの上からミサの進行に合わせて歌を歌った。教会の高い天井、空間一杯に広がる音やその残響に声出し中は戸惑いもあったが、教会ならではの音の広がり、響きは他ではなかなか味わえないものであった。ミサでご一緒した少年少女合唱団、Kurantasは透明感のある声で見事な教会の響きを聴かせてくれた。無理のない発声から繰り出される伸びのある澄んだ歌声はまるで天から降ってくるようで、その音色に敬虔な信者の方々の切実な祈りの想いが感じられた。ここで耳にした響きは、ヨーロッパの音楽の根底に流れるものであるように思われると同時に、今後、宗教音楽に向き合う上で、自分の中の重要な柱の一つになっていくように思えた。
教会から徒歩五分足らずの場所に構える旧市庁舎で、Mūsų sakurosヴィリニュス公演は行われた。前の利用団体のイベントがなかなか終わらないというハプニングに見舞われたが、演奏旅行最後のコンサートは無事に開演した。Lieposの深みのある歌声にうっとりと聴き入り、カウナスの演奏会でも共に歌ったVivaのエネルギッシュな演奏に心を躍らせた。インフィニ☆の音も日本、カウナス、ヴィリニュス、とほぼノンストップで走り抜けてきた合宿のような日々でなにか良い方向に変わったのかもしれない。最後の公演で一番の歌が歌えた、という大きな達成感があり、歌い終わったときには思わず涙が溢れた。
私たちは、企画段階からすごく長い間、リトアニアのこと、杉原千畝さんのこと、持ってきた楽曲のことを考え続けてきた。実際に3月に入り、コンサートなどが動き出してからは全てがあっという間であった。ああ、もうここまで来たのか、旅ももう終わってしまうのか、なんとも感慨深い、と舞台の上で考えていた。こうしてはるばるやってきたリトアニアで、宗教曲だけでなく、日本の言葉で胸の内に溢れる未来への強い想いを込めて歌った曲を真剣なまなざしで聴いてくれるお客さんがいること、温かな微笑みと止まない拍手を送ってもらえることは、この上ない成果であり、世界を繋いだ杉原千畝さんの功績であり、何年も前から抱いてきた、海外で歌を歌いたい、というインフィニ☆の一つの夢がかなった瞬間であったのではないだろうか。終演後のお見送りに立ち、送られたたくさんの言葉や笑顔、異国からやってきた私たちを思い切り抱きしめてくれたその腕の力強さ、温かさを、私はきっとずっと忘れないだろう。
演奏会終了後、交流団体での親睦パーティーを催した。言葉を交わし、食べて飲んで笑い合い、歌を歌った。話せる言葉を持つことは大切な力の一つであり、そのおかげで繋がる縁もあったけれども、言葉などなくても、私たちは国境を越えて、音楽、歌という言葉で繋がっていた。音楽を愛し、同じ志の下に集った私たちは、確かに巡り合い、心を通わせた。この絆をいつまでも絶やさずにいたい、とそう強く思う。
3月27日月曜日、演奏旅行最終日。晴れ渡る青空の下、リトアニアを去る。私たちのスーツケースは、日本で待つ仲間たちへのお土産や、リトアニアの合唱仲間たちからの贈り物、語り尽くせないほどの思い出と、耳から離れないSakurosの音色でぱんぱんに膨らんでいる。
飛行機に詰め込んで持ち帰った荷物の中身を、今日この場に来てくださった皆様にもお渡し出来たら、それ以上の喜びはありません。私たちの夢の旅が、これからのインフィニ☆の音が、届きますように。
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