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AKB48から見た、J-Popにおける「Wall of Sound」

AKB48の名曲「ヘビーローテーション」(「ヘビロテ」)を通じて、J-Popにおけるwall of soundを考察してみた。


ウォール・オブ・サウンド(wall of sound)とは?

ウォール・オブ・サウンド(wall of sound、「音の壁」)はアメリカの音楽プロデューサーPhil Spector(フィル・スペクター)氏が発明した音楽アレンジ・プロデュース技法です。同じ楽器を何本か同時に演奏し、楽器それぞれの音をぼやけまくって、極厚なサウンドの完成です。ystmokzkさんの言葉を借りて:

彼の作り出すサウンドは、手法的には「広くないスタジオに沢山のミュージシャンを詰め込んで、同じパートの楽器の同じフレーズを複数人同時に演奏させたりして、そしてそれらを一斉に一発録りする」ことと「そうやってできたサウンドをエコーチェンバー(残響室)を通して再録音することでエコーを掛ける」ことによって、結果として「全体的にやたらと輪郭のぼやけまくったサウンド」が生まれます。勿論、印象的なフレーズや歌や楽曲あってのことですが、そうやって完成したレコード群のサウンドのことを、本来の"Wall of Sound"と呼びます。

"ウォール・オブ・サウンド"って何なんだろう:前編

Phil Spectorのwall of soundの代表格はやっぱり、The Ronettesの「Be My Baby」:

The RonettesとAKB48の音楽性が大きく違うけど、なんとなく女性グループであることは同じです。秋元康さんもThe Ronettesからインスピレーションを受けたかもしれない。

Phil Spector氏がプロデュースした、The Beatlesの『Let It Be』もwall of soundで知られている:

しかし、Let It Beはよく(wall of soundを)やりすぎたではないかと指摘され、プロデュース面ではそんなに高く評価されてません。

Phil Spector氏がwall of soundを発明したすぐ大きな反響を呼んで、数多くバンドに模倣された。最も有名なのは多分The Beach Boysの『Pet Sounds』というアルバム。Wall of soundの金字塔とも言える気がする。特に「Wouldn't It Be Nice」を聴いてみてください:

そしてSimon & Garfunkelの名曲「Bridge Over Troubled Water」(特にラスサビの部分):

80年代欧州ポップの代表格となるABBAもwall of soundを愛用してた。90年代になると、C86、jangle popなどindie popの台頭に伴い60s popが再評価され、Phil Spectorやwall of soundも再び憧れの対象となった。例えばThe Jesus and Mary Chainの「Just Like Honey」を聴いてみてください:

The Ronettes、特に「Be My Baby」へのオマージュを込めた曲です。Phil Spectorの真似みたいな感じの、本格的なwall of soundが掛けられた。

Phil SpectorやThe Jesus and Mary Chainと少し形が違うが、my bloody valentineの『loveless』もwall of soundの代表格とよく呼ばれる。そのサウンドの深みや厚みは、Phil Spectorも想像できなかったのだろう。

彼らが切り開いたシューゲイズというジャンルも、wall of soundの代名詞の一つとなった。

しかし、wall of soundはすごく金をかかる。mbvが所属したCreation Recordsは『loveless』のせいで倒産の危機に瀕したという話が有名ですね。そのCreationの救世主になったバンドは、誰も名前を聴いたことあるあの「イギリスの国民的バンド」。そうです、Oasisです。

Oasisも厚みのあるギターサウンドで有名です。レコーディングの方法論もwall of soundに近い。

そしてThe Verveの名曲「Bitter Sweet Symphony」もwall of soundの一例:

和製Wall of Sound

Wall of soundは70年代に既に日本に現れてた。特に、60sポップに深い影響を受けたニューミュージックというジャンルの人たちは当たり前にwall of soundにも憧れて、「和製」wall of soundに手に掛けた。

60sポップの影響といえば、はっぴいえんどですね。確かに細野さんも大瀧さんも松本さんもwall of soundをよく使っていました。例えば大瀧詠一の名盤『A LONG VACATION』:

しかし、wall of soundは日本にそんなに流行っていなかった。80年代のアイドル歌謡曲にもwall of soundの例が幾つかありますが、殆どが松本隆(や、ほかのニューミュージック、シティ・ポップアーティスト)のプロデュース作であった。

もちろん、ニューミュージックの延長線とも言えるシティポップや、60s・ポップ・リバイバルを発端とした渋谷系には、wall of soundの例が多いが、歌謡曲や初期J-Popにはwall of soundの例がほとんどありません。歌謡曲のプロデューサーや聴者も厚みのあるサウンドを好んだが、みんなシンセサイザーにdelay、reverbを掛けただけでwall of soundまでは使わなかった。

初期J-Popにおける、wall of soundの稀な例として、中山美穂&WANDSの「世界中の誰よりきっと」がある。(R.I.P.)ビーイング・サウンドのバリバリJ-Popである一方、wall of soundもかなり本格的:

でも明らかに「Be My Baby」の影響を受けられたよね。冒頭のドラムを聴いたらすぐわかる。

小林武史氏のプロデュース作(My Little Lover)などにも、wall of sound的なアレンジが若干見られます。でも小林武史プロデュースは厚みのあるサウンドを好んでるが、必ずしもwall of soundという技法を使うわけではない。

そのほとんどはトラックの数を増えて、mixの段階で高音を大きくしただけ、「オケ全体の輪郭をぼやまくった」わけではないのでwall of soundの部類には入らないと思います。でもMr. Childrenの名曲「名もなき詩」(小林氏プロデュース)は確かにwall of sound的ですね…….

あとは、イギリスのインディー・ロックに強い影響を受けたスピッツですね(日本初のオルタナティブ/インディー・ロック・バンドとも言えるかな?)。特にRideなどシューゲイズの影響が強かったのでwall of soundっぽくなるのも当然:

他にはPizzicato Five、くるり、サニーデイ・サービス、スーパーカーなど……全員渋谷系かオルタナティブ・ロックで、主流となるJ-Popとはかけ離れていた。例えばCharaの音楽にもwall of soundを感じるが、彼女は渋谷系の影響を受けまくったのでその延長線上の話ではないかと思います。

「ヘビロテ」誕生!と、AKB48の話

でも和製wall of soundの決定作はこれしかない。そう、あの国民的アイドル曲こと、AKB48の「ヘビーローテーション」です。2010年代J-Popの代表格とも言えるこの曲。

たぶん、ほとんどの方は「ヘビロテ」という単語を見たらすぐ脳内再生できる。日本人だけではなく、アジア人であればこの知らない人はいないほどの名曲です。念のために貼りますが……

最近改めて聴いたら、サウンドの深みや厚みに驚きました。ほぼモノのサウンド、ギターやシンセやベルの海……当時のアイドル曲には珍しく、ボーカルを前に出すことなく、むしろオケに埋められた異端なアレンジでした。もしPhil Spector、Brian Wilson、Kevin Shieldsがヘビロテを聴いたら、きっと彼らも羨ましく思うのだろう。

技術が発達したということを実感したという瞬間でもある。そんな厚い音の壁は、ギター数本と打ち込みとデジタル・レコーディングがあれば誰でも作る気がする。

実は、AKB48はwall of soundを取り入れた曲が多数ある。たとえば「ラブラドール・レトリバー」を聴いてみてください。全体的に60sポップの雰囲気の漂う曲でもありますが:

誰も知ってる名曲「恋チュン」(「恋するフォーチュンクッキー」)は60s、70sのソウルの要素を取り入れたもので、もちろん多少wall of sound的な要素もあります:

最近の曲まで(去年リリースされた「カラコンウインク」):

もちろん、その反面、ウォール・オブ・サウンドを掛けまくった結果として、楽器ごとの音を聞こえづらくなることもあります。しかしそれは問題ではないはず。前、アジカン後藤正文氏のあるインタビューを読んで、なんか秋元康氏の話が出てきた:

ーーあと、いわゆるAKB48を中心にした女性アイドルシーンに関しては、秋元康さんの影響力が強いというのはあるかもしれないですね。僕は直接インタビューで聞いたことがあるんですけれど、秋元康さんは音域に関しての持論があって。原体験が鹿児島の漁港のスピーカーだ、と。

後藤:僕もその話、聞いたことがあります。トシちゃん(田原俊彦)ですよね。

ーーそうそう。田原俊彦の「NINJIN娘」が鹿児島の漁港の割れそうなスピーカーで鳴ってるのを聴いて「これがポップスなんだ」と実感した、と。だからAKB48の制作でもエンジニアとかディレクターに「いい低音が鳴ってるでしょう」って言われると僕は全部下げるんだ、って言っていた。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文に聞く ロックバンドは“低域”とどう向き合うべきか?

これを読んでなんとなくすべてが明らかになった。AKB48は熱心な音楽愛好家のために作られた音楽ではありません。まず、ほとんどの人は「楽器それぞれ」を聴いていません。

そして2010年の事情を考えなければいけない。その時、サブスク、ストリーミングはほとんど存在しなかった(ダウンロードはあったけど曲ごとに料金を支払わなければならない)、動画サイトも今ほど発達してなかった。新しい音楽に出会うには、テレビで音楽番組を見るか、どっかで偶然聴くか、そして着うたで聴くくらい、しかないと思います。

では、うるさい場所を想像してください。例えば渋谷のコンビニとか、ゲーセンとか。厚みのある「温かい」音でなければ、聞こえづらいでしょう。ボーカルを前面に出して無駄だと思います。更にうるさくなるだけじゃないか、と思います。だからwall of soundがある意味正解でした。Phil Spector氏の考えもそうだった。

Wall of Soundと10年代J-Pop

ヘビロテは2010年代アイドル曲の基礎を築いた、と言っても言い過ぎない気がします。もはやwall of sound的なアレンジこそが「王道アイドル曲」の特徴とも言えます。

例えばPASSPO☆(ぱすぽ☆)のヒット曲「少女飛行」:

ロック曲調の曲ですが、サビ部分のギターのサウンドが重ねててなんとOasisっぽく感じます。Oasisもwall of soundだからね?!

そして、AKBの影響かわからないけど、2010年代にはwall of sound的なアレンジのJ-Pop曲が一気に増えた気がする。例えば、西野カナの「トリセツ」(2015):

あいみょんの「マリーゴールド」(2018):

ちなみに「マリーゴールド」の編曲は「ヘビロテ」と同じく、田中ユウスケ氏が担当した。なるほど…….!と感じた。

やっぱり、wall of soundと女性ボーカルの相性が抜群ですね。

AKB48から、ジャパニーズ・シューゲイズへ?!

2010年代は和製シューゲイズ/ドリーム・ポップの黄金期とも言えます。Galileo Galilei、きのこ帝国、For Tracy Hyde、揺らぎ、東京酒吐座……一気に現れた。理由の一つとして、AKB48を始めとした「wall of sound」ブームがあって、日本人のみんなが厚く深く、ディレイやリバーブの使われまくるサウンドに慣れたのではないか、と思っています。

Galileo Galileiの美しいリバーブ・エコー(wall of soundまではないけど)。「サークルゲーム」(2013)

For Tracy Hyde「Floor」(2017)のwall of soundは永遠の憧れ:

揺らぎの「night is young」(2016)もすごいぞ:

J-PopにおけるWall of Soundの衰退

J-Popのプロデューサーも聴者も厚みのあるサウンドが好むところは変わっていないと思いますが、wall of sound的なアレンジが段々少なくなっている気がする。それも、音楽の消費パターンの変容と関係するのではないかと思います。

ゴッチ氏によると:

後藤:それに関しては明確な反論が一個だけあって。今や漁港のスピーカーで音楽を聴いてる人はほとんどいないんですよ。鹿児島の漁港であっても、今の人はiPhoneにイヤホンで聴いてるから。もちろん、かつてはそういう時代もあったかもしれない。80年代にはラージスピーカーとラジカセを両方使ってチェックしていたと聞きました。でも、今はそういう時代じゃなくなってきちゃった。

ーーですよね。安価で高音質なイヤホンも増えたし、ポップミュージックの最終的なアウトプットのあり方が変わってきた。

後藤:そうです。回線の速度によっては解像度が低いかもしれないけれど、僕らがスタジオで聴いてる音と、音域のレンジがかなり近くなりましたね。だから、逆にヘッドフォンとかイヤホンでトラックを作ってる人の方がフラットな音響を獲得してて、バンドがスタジオで録るよりも音がよかったりする。特に日本だったら、ヘッドフォンでやってる子達が先に革命を起こしてるんじゃないかな。僕らは遅れてたんです。まずリスナーとしての自分がそれに気付いた。Spotifyで聴いたら違いがわかるわけで。「あれ?」みたいな。ひょっとしたら、みんな同じようにハッて気付いたのかもしれないけど。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文に聞く ロックバンドは“低域”とどう向き合うべきか?

今の人は、皆サブスク(かYouTube、TikTokなど)を使って音楽を漁って、AirPodsなど高音質なヘッドホンを使って音楽を聴いてます。楽器それぞれの音をきちんと聴きたいなら普通に聴けば、って感じです。

例えばよく「うるさい」「厚すぎる」と指摘されるずとまよ(ずっと真夜中でいいのに。):

厚すぎるという批判、分からなくもないけど、wall of sound一切感じませんでしたね。確かにトラック数が多すぎて、楽器それぞれが忙しすぎる(しかも同じ音域)ところもあるけど、ちゃんと聴けば楽器それぞれの音を全然問題なく聞き取れる。

では、2020年代のアイドル曲を聴いてみてください。例えば最近の大ヒット曲である、FRUITS ZIPPERの「わたしの一番かわいいところ」:

Wall of soundのwも感じませんでした……

原因を考えると、「わたかわ」はTikTokに向けて作った曲ですので、スマホで聴く人がほとんどです。大体のスマホであれば、ボーカルは言うまでもなく、ベースラインまできちんと聞こえる。トラック数が少なくてもサウンドがそんなに厚くなくても、そんな曲を聴きたい人に届ける。

だから2020年代になって、厚くない曲も余裕でヒットになれる。例えばVaundyの「踊り子」:

NewJeansの「Ditto」:

この二曲のアレンジは相当ミニマルで、いい意味でちょっと目立たない。昔はある意味でちょっとうるさい曲じゃないとバズらないけど、今は結構チルな曲もヒットになれる時代です。


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