48-3.ロジャースの面接事例を題材として共感技能を学ぶ
iCommunity オンライン勉強会
アンケート協力のお願い
オンデマンド配信☆体験講習会
事例検討による技能研修会
1. ロジャースとグロリアの面接事例で学ぶ「共感的コミュニケーション」
本誌冒頭にご案内したように8日28日の夜7時から、共感的コミュニケーション技能を学ぶ勉強会として事例検討会を開催します。用いる事例は、クライエント中心療法やパーソンセンタードアプローチ(PCA)の創始者として有名なロジャース,Cがグロリアという女性と面接した映像記録です。その面接事例を題材として共感的コミュニケーションを学ぶ勉強会を実施します。なお、このような形での事例検討会は初めてのことなので、臨床心理iNEXTのiCommunityメンバー(無料会員も含めて)を対象に無料で実施します。
企画の経緯として、多くの心理職が心理支援の基本技能である共感的コミュニケーションをしっかりと習得する機会がますます少なくなってきていることがあります。公認心理師のカリキュラム、特に技能学習を開始する大学院教育では無理な詰め込み教育となっています。そのため、臨床技能の基礎となる共感的コミュニケーション技能訓練が蔑ろにならざるを得ない状況です。国家資格試験では技能チェックはないので、臨床技能の基礎教育が蔑ろになる傾向はますます強くなっています。
では、就職すれば、臨床技能の基礎教育を受けることができるかというとそれは期待できません。臨床現場では、公認心理師は即戦力として働くことが求められています。そのため、基礎技能ではなく、働く現場で必要な応用技能の習得が求められます。その結果、公認心理師は、心理支援技能として最も重要であり、必要な基本技能をしっかりと学び、習得する機会がどんどん失われています。基本技能である共感的コミュニケーションをしっかりと習得できていな心理職は、自分自身の能力に自信が持てないことになってしまいます。
2. 心理支援の基本的あり方としての「コンパッション」
このように大学院で学ぶ院生や若手の心理職は、臨床技能の基礎となる共感的コミュニケーション技能を集中してしっかりと学ぶことができなくなっています。ところが、その一方で近年の心理支援の現場では、コンパッションやセルフ・コンパッションと関連して共感的コミュニケーションの重要性がますます強調されるようになっています。
近年、コンパッションやセルフ・コンパッションが、心理支援の技法としてだけでなく、心理職が技法を学習する前提となる基本的な考え方や態度を養うためにも重要とされるようになっています。冒頭に紹介したように臨床心理iNEXTでは「セルフ・コンパッションを学び、習得する」体験プログラムをオンデマンドで提供しますが、それは心理支援の技法を習得する基本としてコンパッションを習得する必要があるからです。
マインドフルネスは、自分の思考・感情・行動などについて善悪の判断や評価をせず、今この瞬間に起きていることに注意を集中し、自分や状況をありのままに観察する方法です。そこでは、評価に左右されない注意や観察が重視されます。それに対してコンパッションは、慈悲とも訳されるように、気持ちを穏やかに、思いやりを持って自分や他者の身体の感覚や感情・思考を優しく見守る姿勢です。
コンパッションは、マインドフルネスと比較するならば、“優しく見守る”というあり方が重視されます。さらに、セルフ・コンパッションは、大切な人に接するように自分を否定することなく、ありのままの自分を受け入れて自己肯定感を高めることを重視します。この点でセルフ・コンパッションは、自分への優しさと自己受容がテーマとなります。
3. 「コンパッション」から「共感的コミュニケーション」へ
このようにコンパッションやセルフ・コンパッションは、思いやりを持ち、自分自身や他者を優しく見守り、大切にするあり方であり、態度です。それが心理支援の基本となるあり方であり、態度ということになります。では、このような思いやりを心理支援においてどのように実践していったら良いのでしょうか。
そこで必要となるのが共感的コミュニケーションの技能です。心理支援においては、いくら“思いやり”や“優しく見守る姿勢”を大切にしたいと思っても、それをクライエントに伝えることができなければ意味がありません。クライエントが思いやりを持って優しく見守ってもらえていると感じなければ、そこにコンパッションが成立していないことになります。
ですので、心理職としてコンパッションを実践できるためには、共感的コミュニケーション技能を習得し、それを通してクライエントに“思いやり”や“優しさ”を伝えることができなければいけないわけです。心理職の初期教育として共感的コミュニケーションの技法訓練が重視されるのは、そのような理由からです。
そこで、臨床心理iNEXTでは、夏休みにオンデマンドで提供するセルフ・コンパッションの体験講習会を受けて、8月末にその実践的発展として共感的コミュニケーション技能の勉強会を開催することにしました。以下に勉強会を一緒に企画し、運営をする九州産業大学の三國牧子先生と、現在中堅心理職として現場で活躍しているHさんにも参加いただき、インタビューした記事を掲載します。
4. 公認心理師の基本技能教育に関する危惧
【下山】三國先生は、英国のUniversity of East Anglia※)の修士課程と博士課程でカウンセリングを学び、博士号を取得されておられます。現在は、九州産業大学の学部と大学院で心理職教育を担当されています。日本では、カウンセリングを本格的に学んで来られた数少ない大学教員でおられます。
※)https://www.uea.ac.uk/study
三國先生とは、これまで公認心理師の教育カリキュラムはこれで良いのかということを議論してきました。2017年に公認心理師制度がスタートして、今年で8年目になります。公認心理師制度の到達目標は、非現実的に高く、しかも5分野という広範囲にわたっています。そのため大学の学部カリキュラムで広範囲の知識を学び、大学院修士課程の2年間で臨床技能の学習、学内外の実習、修士論文の研究と執筆、さらには国家試験の勉強と受験、そして就職活動をしなければいけません。その結果、特に大学院カリキュラムは無理な詰め込み教育となっています。三國先生とは、臨床技能の基礎教育が蔑ろになっていることの危機感を共有してきました。
本来であれば、心理職などの対人援助職は、大学院において基本的な援助技能として共感的コミュニケーションの方法をしっかりと学ばなければいけません。心理職であれば、その共感的コミュニケーション技能があり、それを基盤としてアセスメント技能やケースマネジメントの技能を習得していくことになります。しかし、現在の日本の公認心理師カリキュラムでは、非現実的な高い到達目標があり、その中で短い期間でそれを達成していかなければいけないのが現状となっています。
5. 共感的コミュニケーションを学ぶ意義
【下山】そこで、改めてカウンセリングの原点に帰ってロジャースとグロリアの面接ビデオを事例として取り上げて、共感的コミュニケーションとは何かを検討する勉強会を企画したわけです。まずは、英国でカウンセリングの博士号を取られているご経験など踏まえて、今の日本の心理職教育の現状、そしてロジャースのグロリアとの面接を学ぶ意義についてお話いただけますでしょうか?
【三國】私は、英国でパーソンセンタード・アプローチ(Person-Centered Approach以下PCA)のトレーニングを受けました。そこでは、共感、受容、自己一致を含めた「クライエントのパーソナリティ変化の必要十分条件」である6条件はとても大切でした※)。その際によく言われたのが、「PCAのトレーニングをきちんと受けた人は、その後認知行動療法を勉強するとクライエントが脱落する率が少ない」ということでした。
※)「クライエントのパーソナリティ変化の必要十分条件」
https://psychologist.x0.com/terms/231.html
やはりロジャースの理論できちんとカウンセリングを学ぶことが、次にどのような技法を実践する上でも大切だということです。受容や自己一致も重要ですが、やはり相手に共感できることが最も大切ですね。では、きちんとした共感とはどういうものかというと、相手が「共感されてる」と認識できる共感を提供することです。それは、意外と簡単そうで難しいのです。
6. 「日常場面での共感」とは違う「臨床場面での共感」
【三國】若い学生さんは、日常場面で「私はその話に共感できる」といったことを言います。しかし、そのような“日常的場面での共感”と、“臨床場面での共感”は全く別物です。多分訓練を受けてない人が頭でわかっている共感は、カウンセラーの実践する共感とは、全く異なるものです。その違いについては、今回の勉強会で用いるロジャースのビデオを観ることによって、気づいてほしいと思います。
その中でロジャースの素直さだとか、いわゆる真実性や純粋性と言われるものと共感がどのように関係しているのかについて感じていただけたら良い勉強になると思います。クライエント中心療法の創始者としてロジャースを崇めるというのではなく、単純に目の前のクライエントさんに興味を持っている一人のカウンセラーという視線で、ぜひ今回取り上げる面接のビデオを観て学んでほしいですね。
【下山】今のお話を伺って思い出したのは、大学院での共感コミュニケーション技能の演習ですね。反射や明確化の技法を教えてロールプレイをさせるのですが、最初は全くできないですね。まずやってみる。それを記録として再構成し、録画(録音)と逐語録の見直しをして、できていないことを確認して再びやってみる。そのような見直しと練習を繰り返し経験して初めて共感的コミュニケーションができるようになりますね。
【三國】臨床場面での共感は、誰でも最初はできないんですよ。
7. ロジャースの面接事例から何を学ぶのか?
【下山】まずは、共感的コミュニケーションは簡単ではないということを学ぶことが大切ですね。しかも、クライエント役をすれば、共感されていない場合には、自己を語ることが如何に難しいかも学ぶ。そのことがわかってきた時に、ロジャースはどのようにしているかを知ることは参考になりますね。ただし、参考にできても、それを実行できるかどうかはまた別の話ですよね。
【三國】これロジャースとグロリアの関係だからできたわけですね。私が目の前にいるクライエントさんと同じようなことをしても、それは共感にはならないかもしれません。このロジャースとグロリアの事例におけるロジャースのありようを知ることが大切ですね。
【下山】ロジャースとグロリアの面接を一つの事例として観て、自分にはできないなと思ったとしても、目標にはなりますね。自分なりの共感的コミュニケーションの仕方を身につけていきたいと考えれば良いわけですね。
【三國】そうですね。目標を持つことは大切ですね。ロジャースを含めてさまざまな事例に接して自分はまだまだだと感じることは、特に若い心理職の皆様にとっては将来の発展につながると思います。
【下山】このロジャースとグロリアの面接の翻訳をしている佐治守夫先生は、私の大学院の指導教員でした。今から44年前ですね。その大学院時代に、このビデオを観ました。改めて今回見直してみて、ロジャースはしっかりと共感的コミュニケーションをしているなと思いました。最初にこのビデオを観てから44年の間に私もそれなりの臨床経験や学習を積んできたのですが、改めて観てロジャースは本当に丁寧に共感をしているなと感じます。それは、むしろ新鮮な感覚です。
【三國】ロジャースはいいですよね。すごく丁寧に共感をしていますね。
8. 認知行動療法を適切に実践するために必要な共感技能
【下山】丁寧に、でも自然な共感をしていますね。この普通さが上手だなと思います。それと関連して先ほど話題になった認知行動療法を実践するにしても、共感的コミュニケーションができることがその前提になるということは、本当にそうだなと思いますね。
現在の日本でも公認心理師制度においてエビデンスベイスト・プラクティスが重視されていますね。それで、介入効果のエビデンスがある認知行動療法を実践するようにという要請は高いと思うんですね。しかし、共感的コミュニケーションができないで認知行動療法を実施するのは、単にクライエントを適応させるための思考の修正や行動の変容を一方的に促すことにつながってしまいます。
【三國】基盤に共感がない認知行動療法は危ないですよね。
【下山】行動変容を強制してしまう危険性があると思います。欧米のクライエントの多くは、セラピストが強制的に変化をさせようとしても、それが自己の望むものでなければ、NO!と自己主張します。自己主張の文化があるからこそ認知行動療法が適していると言えます。しかし、自己主張が希薄で、相手の期待に応えようとする日本社会では、クライエントはセラピストの方針に従ってしまう傾向がありますね。本音ではそれを望んでいなくても、セラピストの期待に合わせてしまう危険性がありますね。
【三國】そうですね。
9. クライエントさんが自分の意見を言えるために必要な共感
【下山】だからこそ日本ではクライエントの気持ちに共感をして、どのような変化を望んでいるのかをしっかりと聞き取り、共感的コミュニケーションの中で介入方針の同意に向かっていくことが必要となります。そうしないと、ただ単にマニュアルに従って認知行動療法を当てはめて良しとすることになってしまいます。それは、本当に危険なことだと思います。
【三國】マニュアルに従って考え方や行動をコントロールしてしまうという感じでしょうか。
【下山】そうです。それが一番危険ですね。適応的な行動を無理にさせてしまうことになります。現実への適応を目指すにしても、クライエントの主観的世界においてどのように困っていて、何を望んでいるかに共感し、それを尊重することから心理支援は始まることが重要ですからね。
【三國】思い出したことがありました。フォーカシングを専門とする人が、来談した人に対してすぐに「それではカウンセリングを始めましょう」と言って、フォーカシングを始めてしまったということがありました。カウンセリングの準備段階で、その人に適切だと思ったら、相手の意見を聞き、合意をしてフォーカシングを提供するということが抜けてしまっています。だから認知行動療法も同じですよね。
【下山】クライエントの話をきちんと共感的に理解し、その人の悩みに沿って問題解決の方法を探っていくことが必要ですね。そのために共感的コミュニケーションでしっかりとクライエントの話を聴く段階がないとダメですね。
【三國】そうですよね。クライエントさんが自分の意見も言えるようになっていることがまず必要ですね。そのために必要なのが共感的なあり方です。
10. 動機づけ面接の基本は共感的コミュニケーション
【下山】その共感の部分が欠けているとその後にいろんな問題が起きてきます。その一つとして問題に取り組むモチベーションが起きないということがあります。それで、認知行動療法では、動機づけ面接を用いたりします。でも、その動機づけ面接は、カウンセリングの共感的コミュニケーション技法に基づいて形成されていますね。認知行動療法のセラピストは、動機付け面接を学んで初めて本当に共感が大事だと気づくことがあります。そこで逆にロジャースを発見してるということです。
【三國】その点で今だからこそロジャースを学ぶ意味があるわけですね。
【下山】公認心理師制度になり「認知行動療法を実践できるようになりましょう」と言われるようになりました。だからこそ、しっかりと共感を学びましょうとなるわけです。
【下山】そう考えると臨床の原点としてロジャースのカウンセリングがあり、共感的コミュニケーションがあるわけです。今回は、その原点に帰って共感をしっかり学びましょうという企画としたいですね。
11. 共感的コミュニケーションを学ぶ意義
【下山】そこで、次は大学院でPCAや共感技法をしっかり学んで現場で働いている中堅心理職のHさんの意見を伺いたいと思います。まず、臨床現場での体験から、共感的コミュニケーション技能を学ぶ意味についてどのように考えるのかを教えてください。
【H心理士】さっきお話があった通り、公認心理師制度が定着しつつある現在における若手の心理職や心理職を目指している院生の方は、私が経験してきた以上にすごく大変な状況を過ごされているのではないかと思っています。
私自身も仕事を始めてすぐ1人職場で、他にすがるものもない中で何々療法とか、その職務に携わるような本やマニュアルを読み漁っていました。そして、今思えば、それらをクライエントさんに当てはめようとしていました。とにかく失敗をしながら必死で実践をすることの連続だったと記憶しています。
それで、「どうしてうまくいかないんだろう」と、途方に暮れたときに、初めて「目の前のクライエントさんはこういった方法を望んでいらっしゃるのかな」とか、「自分がやっていることは、クライエントさんにとって本当に必要なことを提供しているのだろうか」と気づいた時がありました。その時に、「これがPCAで語られてきた基本的な条件が必要になってくる場面なんだ」と思いました。
しっかりと共感的にクライエントさんの気持ちを聴くことの重要性に、改めて気付かされました。そこで、学んできたことに救われたと感じました。そのような経験を通してPCAは、クライエントさんの体験として基本的な安心感を与えるだけでなく、心理職の態度の指針を得ることができるのだと実感しました。
12. 共感は、臨床活動の土台となる
【下山】では、そのようなHさんがロジャースとグロリアの面接を通して共感的コミュニケーションを学ぶ事例検討会に関して、どのような期待や関心を持っているか教えてください。
【H心理士】共感的理解を重視するPCAの理論自体は、How to的な、形の決まった技法のようなものではないと思います。そのようなPCAの考え方や共感のあり方についての学習は、日々の臨床に追われ大量の知識や技法を学習し、吸収していかざるを得ない若手の方にとってすぐにはピンと来ない面もあるかもしれません。
しかし、目の前の事柄への対処というのではなく、何か自分の臨床の土台になることを学ぶという意識を持つことで、今回の事例検討会の意義がわかると思います。私自身、日々の臨床活動でバタバタしているとPCAや共感といったことを棚に上げて、目の前のことで必死になっている自分がいるなと思います。そのような時に今回の事例検討会に参加することで、一呼吸おいて臨床活動の土台となる共感的なあり方とはどういうものかを改めて考えるきっかけにできればと期待しています。
【下山】今、臨床活動の土台ということをおっしゃった。確かに職場に出ると目の前の現実への対処が優先されますね。でも、この土台となる共感技能がないと、心理職が不安になってしまい、目の前のことに流されてしまうことがありますね。
【H心理士】私にとってPCAは、そのような状況において「臨床活動で依って立つ土台になる」という実感があります。そしてこうした実感は、流派を超えて体験されるものではないかと思っています。もちろんいろんなことを学び続けてはいきたいと思うのですが、立ち返って自分の臨床感を確かめる場所が自分の中にあるっていうことは、すごくプラスになると思います。また、PCA的なあり方は心理職としての「土台」や「ベース」として語られる一方、本当の意味で理解し、実践することは実はとても難しいと感じます。下山先生や三國先生のようなベテランの先生方とそうした奥深さに触れることができるという意味でも、今回の勉強会は幅広く心理支援に携わる方にとって有意義な時間になるように思っています。
■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)
目次へ戻る
〈iNEXTは,臨床心理支援にたずさわるすべての人を応援しています〉
Copyright(C)臨床心理iNEXT (https://cpnext.pro/)
電子マガジン「臨床心理iNEXT」は,臨床心理職のための新しいサービス臨床心理iNEXTの広報誌です。
ご購読いただける方は,ぜひホームページ(https://cpnext.pro/)より会員になっていただけると嬉しいです。
会員の方にはメールマガジンをお送りします。