大阪弁の名物ママが明日へのエネルギーをくれる、稲とアガベの“社員食堂”──美酒屋すいれん
市役所通りの交差点に立つ雑居ビルの階段を上がり、少し奥まったところにある木製の扉を開けると、カウンターの中から明るい笑顔の女性が出迎えてくれます。壁にはレトロなビールの広告が貼られており、奥の座敷も合わせて、昭和初期にタイムスリップしたかのような雰囲気です。
稲とアガベから歩いて2分の立地で、醸造所のメンバーの胃袋を支える「美酒屋すいれん」。男鹿ではなかなか聞けない大阪弁で明るく話す女将の長谷川賀代(はせがわ・かよ)さんに、お店の歴史や稲とアガベとの交流についてお聞きしました。
大阪から男鹿へ。港町独特の酒文化
長谷川賀代さんが男鹿に「美酒屋すいれん」をオープンしたのは2007年。秋田市で生まれたあと、奈良で育ったという賀代さんは、大阪の建設会社で経理を務めたのち、父親が喫茶店を営む男鹿に移ってきました。
当時の男鹿には40代の女性が働けるような職場はなく、料理が得意だからと始めたのが「すいれん」。そのころから、母親のヒロコさんと二人でお店を切り盛りしています。
「大阪から来たから、最初は言葉も通じへんし、お客さんから何を注文されてるかもわからへん状態。男鹿の人って、いちいち食べ物とか飲み物に『こ』つけるから、『酒っこくれ』って言われて、『え? サケの子? いくら?』みたいな感じで(笑)」
言葉の壁はなおのこと、飲み会文化も漁師町ならではの習慣に戸惑ったそう。
「5、6人で飲んではるところに、『お酒ちょうだい』って言われたから、お銚子1本持っていったら、『なしてや(なんで1本なんだ)』って怒られるんですよね。『こんだけ(人数が)おるんやから、適当になんぼでも持ってこい』って。ちょっとでもお酒が減ってきたら、『おい、酒ないぞ』って言われるし、空になったらお銚子を転がすんですよ」
「もう、こうすんのが嫌やねん」と言って、お銚子を逆さにして振る仕草を見せてくれる賀代さん。
「ひどい人は、四合瓶転がすんやけど、中身、見えてるからわかるって(笑)。初めは注文されてないものを持っていくのも躊躇したんやけど、こういう世界なんやなって思って、それからは『もうええよ』って言われるまで出すようになりました」
お客さんとのコミュニケーション前提で成り立つ男鹿の居酒屋文化。夜の営業では、その日のメニューをボードに書いているものの、常連さんにはおすすめ料理を次々と提供するスタイルを取っています。
男鹿の食いしんぼうが来るお店
元は居酒屋として始まった「すいれん」ですが、コロナ禍が始まる数年前から、ランチ営業をスタートしました。
「オガーレ(道の駅)ができる1年くらい前から、お昼に来るお客さんが増えるからと、ランチの準備をしていました。私たちも初めは鶏塩ラーメンを出してたから、『おがや』と一緒だったんですよ。その時から昼営業の準備をしていたおかげで、コロナを乗り越えることができたと思っています」
ランチの看板メニューはジュワッっと肉汁が染み出す煮込みハンバーグ。ゴルフボールのようにまんまるな唐揚げも人気メニューのひとつです。隠し味には、秋田県が特許をとっている「白神こだま酵母」を使っているとか。
「うちで出してるほとんどの料理に使ってます。例えば、カツオだしって独特の苦みがあるでしょう。ああいう雑味がなくなったり、お肉がやわらかくなったりするんです」
その日の仕入れに合わせて、「なんでも作る」という賀代さん。地物の魚は刺身にすることもあれば、煮付けやフライにすることも。厚切りでふわりと甘い白身魚のフライは、ここでしか食べられない逸品です。
どんなお客さんが来るのかという問いには、「食べることが好きな人」という答えが返ってきました。
「お酒を飲むだけじゃなくて、食べ物もどんどん食べるお客さんが多いです。稲とアガベだと、齋藤さん。Facebookにその日のメニューを出すと、『今日、それ食べに行きます』ってメッセージが来る。何を出しても絶対に食べてくれますね」
胃袋から稲とアガベを支える
稲とアガベとの関係について尋ねると、「今はほとんど、稲とアガベさんに支えてもらってる」と、賀代さんとヒロコさんは頷き合います。
「時間があいたとき、お昼ご飯食べに来てくれたり、お弁当を頼んでくれたり。岡住さんは唐揚げが好きやね。齋藤さんは、新メニューを出したらまず食べる。葵ちゃんはハンバーグかな。稲とアガベで働いていて、ここに来てない子って、いないんじゃないかな」
そのほか、猩猩宴をはじめ、稲とアガベが出店するイベントでも、すいれんのメニューはしばしば登場しています。
「『こんな企画があるから、たまごサンドだけでも出してもらえませんか』と誘ってもらったりして。ずっとなにかしら関わってくれているような感じですね」
さながら、稲とアガベの社員食堂といったところ。稲とアガベのオフィスにはすいれんのお弁当メニューが貼られていますが、それには創業時のこんなエピソードがあるそうです。
「オープンしたばかりのころは、奥さんがまだ男鹿に移る前で、(岡住)社長は夜中も明け方も仕事してたんです。ある日、ハッと気づいたんやろうね、自分が何も食べてないっていうことに。『俺、このままだと死ぬかもしれないんで、お昼だけでもお弁当届けてもらえませんか』と頼まれて、お弁当を作り始めたんです。
一人やったら朝と夜はバランスの悪いもの食べてそうやから、昼に極力体にいいものを食べさせようと思って、いろいろ作るようになりました。毎日同じだと飽きるやろうなと思って、いろんなおかずを入れたり、寒い日はジャーでごはんを持っていったりして。そしたら、どんどん太ってきたっていうね(笑)」
「まっすぐに応援してるよ」
岡住さんについては、「初めから驚かされてばっかり。『やる』と発言してから行動するまでが速い。今までの男鹿にはなかったこと」と評価する賀代さん。
「私も男鹿に来たばかりのころ、この街がもっとこうなったらいいのにと思って、市役所に向けて企画書を作ったことがあるんです。でも、まだ早すぎたんやろうね。岡住さんは、ちょうどみんなが動かなきゃいけない時代に、みんなを動かせる人として登場したんやと思います。
男鹿の中にも地域ごとの違いはあって、これまでお互いに助け合うなんてことはほとんどなかった。岡住さん自身の魅力と実力があって、若い人を集めている。そのことも含めて、地域の人たちに尊敬されてるんじゃないでしょうか」
これからの稲とアガベについて、「まっすぐ応援してるよ。まっすぐ応援してるし、心折れないで頑張ってほしい」と熱を込める賀代さん。快活なトークと美味しい料理のみならず、この真摯な人柄こそが、男鹿の名物ママとして街の人々に愛されているのでしょう。
美酒屋すいれん
住所|秋田県男鹿市船川港船川字栄町107-1 OKビル2F
Tel|0185-23-2606
営業時間|11:45〜14:00、17:00〜22:00、土曜17:00〜22:00
定休日|日曜
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取材・執筆:Saki Kimura
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