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本物のしょっつるで、男鹿の発酵文化を世界へ──諸井醸造

秋田県男鹿市には、稲とアガベができる半世紀も前から、独自の発酵文化を支えてきた醸造家がいます。男鹿の名産品である魚醤「しょっつる」の品質を高め、世界に評価される諸井醸造の三代目・諸井秀樹さんです。

「おがや」のラーメンの原料ともなっているしょっつるの名手に、長きにわたるその取り組みと、新しい発酵文化を生み出した稲とアガベに対する考えをお聞きしました。

伝統のしょっつる復活への道

男鹿の名産品として、江戸時代から伝わる調味料「ハタハタしょっつる」。香川のいかなご醤油、能登のいしると並び、日本三大魚醤のひとつに数えられています。

一時は失われつつあった伝統製法のしょっつるを復活させたのが、男鹿で創業して90余年になる諸井醸造です。三代目として家業を継いだ諸井秀樹さんは、市販のしょっつるを分析する中で、品質が安定していないことに気づいたと言います。

「味噌や醤油などは研究機関がありますが、しょっつるの製造をするのはどこも零細企業で、各家庭の味の延長線で作っていました。品質もバラバラで、このままでは『魚を腐らせて作るのがしょっつるだ』と思われ、評価されなくなってしまうと不安になったんです」

そこで、「原料はハタハタと塩だけ」「魚臭くない、上品でまろやかな味」を目標に掲げ、1983年から伝統的なしょっつるの復活に取り組みはじめます。漁獲量減少によるハタハタの高騰、1992年の全面禁漁という苦境もあってその道のりは前途多難でしたが、1997年から食品研究機関とともに試験醸造を重ね、2000年にようやく完成を迎えました。

ヴィンテージしょっつる、男鹿から世界へ

諸井醸造のしょっつるは、ハタハタと天日塩のみを発酵させ、3年の熟成期間を経て造り出されます。さらに諸井さんは、「日本全国、世界で評価されるためには、差別化が必要だ」と考え、試行錯誤の末、10年以上の歳月をかけた長期熟成しょっつる「しょっつる十年熟仙」を生み出します。

画像出典:男鹿なび

ヒントになったのは、発酵と熟成を兼ね備えた世界の調味料である、イタリアのバルサミコ酢だったそうです。

ヨーロッパなどの料理人にとっては、高級品の熟成バルサミコ酢を持ってるというのが1つのステータスになるんですよね。かっこいい瓶に、とろりとした液体が入っている。そんなイメージが浮かびました」

次に諸井さんは、沖縄のもろみ酢に目を向けました。泡盛を蒸留する過程で出るもろみ粕を搾って作られる「もろみ酢」は、できた泡盛を甕に入れて10年、20年と寝かせ、付加価値をつけて出荷しています。同じ発酵食品であるしょっつるも、熟成させれば世界に評価されると確信するきっかけとなりました。

「たまたま、蔵の中に10年以上経過したもろみがあったので、それを世の中に出してみようと考えました。名前やボトルデザインは、ウイスキーをイメージしています。『10年』と書くことで高級感が増すという考えです」

左:3代目・諸井秀樹さん、右:4代目・秀行さん

こうしてできあがったハタハタ100%の10年熟成しょっつるは、よりクセがなく、マイルドな味わいに仕上がりました。これが、日本野菜ソムリエ協会主催の調味料選手権で紹介されたことがきっかけで、全国に広まることに。2006年には、スローフードジャパン主管の「味の箱舟」にも認定されました。

ノアの方舟のように、未来に残すべきものとして評価されたということです。世界各国の名だたる食材と同じように評価されたことは、励みになりました」

2013年には、観光庁主催の「世界にも通用する究極のお土産」品評会でも、全国700件超えの中から9選に選定。世界に誇る味として浸透していくと同時に、男鹿という地名を世間に知らしめる存在となりました。

男鹿の発酵文化の担い手として

諸井醸造に飾られているハタハタ漁の写真

男鹿の伝統の味と発酵文化を守り続ける諸井さんが岡住さんと出会ったのは、「稲とアガベ」の事業をスタートさせたころだったそうです。それまで男鹿には、新しいことを生み出す生産者がなかなか現れなかったと諸井さんは語ります。

「正直言って、『よくこんな地方に来たね』とびっくりしました。新政酒造で働いていたときは雇用される側だったのが、オーナー側になったのも驚きです。

彼のやることはあまりにも規模が大きいので、これだけたくさんの事業をやっていて、すべてに頭が回るのかと心配になるほど。同じ経営者としての視点から見ても、あれだけの物事を起こすということは、本当に大変ですよ

酒屋や醤油屋が少なくなり、漁業と農業と観光がメインとなった男鹿に、新しい形での発酵文化を復活させた岡住さん。町のために動く姿に、諸井さんは感銘を受けたそうです。

「彼のような考え方を持った人が、これまで男鹿にはいなかった。地方というのは、どうしても保守的になったり、自分を中心にして考えたりしてしまうものですから。だからこそ、彼は並大抵ではないパワーを持っていると思います」

新たにジンの蒸留所やホテルを造る計画も控えている稲とアガベ。多忙を極める岡住さんの体調を、気遣いながら「岡住さんをサポートする人がどんどん育ってほしい」と、諸井さんは期待します。

男鹿の魅力を発信する「おがや」のラーメン

おがやの男鹿塩らーめん

すでにラーメン業界で注目され、日本全国の有名店でも使われている諸井醸造のしょっつる。2023年8月、一風堂と稲とアガベのコラボレーションにより誕生したラーメン「おがや」でも、看板メニューの「男鹿塩ラーメン」に、諸井醸造のしょっつる十年熟仙が採用されています。

しょっつるを使ったラーメンは今までもありましたが、それをメインにすることはなかったし、10年熟成しょっつるという高級品を使うという発想はなかなかありませんでした。ラーメンを通してしょっつるの魅力を伝えることで、男鹿という地域を伝えてくれる商品だと思います」

高原比内地鶏としょっつるを使った「男鹿塩ラーメン」は、毎日50食が完売する人気メニューに。新たなアプローチで、男鹿の街を盛り立てる存在になっています。

男鹿の伝統を復活させた諸井さんと、男鹿に革新をもたらす岡住さん。発酵を通して、世界各地に男鹿の魅力を伝える二人の経営者が、この半島の未来を支えています。

【岡住代表コメント】
地域の文化を掘り起こし、世界に名だたるプロダクトに昇華し、プロダクトを通じて、男鹿を知ってもらうという、自分の先の先を行く、男鹿一番のチャレンジャー諸井さん。諸井さんのような尊敬する大先輩がいるのが男鹿の凄みだと思っております。いつも大事なお客様が来た際は諸井さんに連れて行き、凄みを体感いただいております。急な連絡でも優しく対応いただく諸井さん。これからもよろしくご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

この記事の担当ライター

fj(エフジェー)
酒処・新潟出身の日本酒愛好家。キッチンドランカー歴約20年、「いかにして家飲みを楽しむか」を日々研究中。ブログやSNSでおつまみレシピや飲んだくれ生活を発信しています。今年は「土と風」に足を運んで、男鹿の風土を味わいたい。
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