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飲み屋でだけの友達 その2

私行きつけのお店によくやってくるおじいさんがいた。
歳は80を超えているが、いつもあうときはスーツ姿でカウンターにいる。
聞けば、どこかの会社の社長さんで、週末になるとよく出没するらしい。
いつでもスーツをきていて、もう引退してもおかしくない年齢なのに、
平日は毎朝9時には出勤しているとのことだった。

このおじいさん、ちゃきちゃきの江戸っ子でまず口が悪い。
ご本人は東大卒らしくて、飲み方はわりかしスマートなのだが、興に乗ってくると「こんなくだらない店でよく飲むなあ」とか「うちのババアがうるさくてよお」とか、店主に向かって「このクソ店主!」とか平気で罵ってくる。

最初は怖い人だし失礼だなと思っていたのだが、店主もまわりの常連も嬉々として受け止めているので、これは一種の照れ隠しなのだなと思った。
つまり逆の意味で「このくだらない店」=「この素晴らしい店」であり、
「うちのババア」=「うちの綺麗な女房」であり、「このクソ店主」=「素晴らしい店主」みたいな感じなのだ。

特に仲良くない人や店にはそういうことは決して言わないらしい。

私も最初は「あんちゃん」と呼ばれていたが、次第に「小僧!」といわれるようになったのでなんだか嬉しい。

そんな社長だが、ある時を境にちょっとおかしくなる。
普段は週末にきていたのに毎日のようにいたり、スーツじゃなく私服を着ているときもあった。
店主に伺ってみると、奥さんが亡くなったとのこと。

「あのくそばばあ、先にいっちまいやがった」という社長の顔には、言い表せぬ悲しみがあった。
学生結婚で苦しい時も互いに歩んできたのだろう。
家に帰っても寂しいから飲み屋に入り浸っているのだ。

そんな社長も、今年の1月なかばすぎから見ないようになった。
最後に会ったのは、お店の周年記念の樽酒を眺めながら「この酒全部飲んでやる」とニコニコ笑いながら息巻いていたのを思い出す。

店主も不安になって電話をかけたりしたのだが、4月になってから、
実はすでに3月に亡くなっていたという話を聞いた。
どのような最後かはわからないが、会社も負債を抱えていたということから、伴侶もいなくなり心身ともに堪えていたのだろう。
いつだったか、すごいふさぎ込んだ顔をして日本酒を飲んでいたこともあったっけ・・

いづれにせよ、別れは突然くるものである。
その事実を知った日、社長の残していたウイスキーボトルをそのままにして、新しく同じものを店のみんなと開けて飲んだ。
なんだかしんみりするのも違う気がするから、「このクソみたいな最高の店でクソみたいな最高の社長を思って飲みましょうか」と献杯した。

大好きなくそばばあにも会えたろうな。
合掌。

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