ジャック・アマノの“アメリカ NOW” インディー500のウィナーと名物トロフィーのストーリー
インディー500の優勝トロフィー=ボーグ・ウォーナー・トロフィーは、世界で最も有名なもののひとつだ。アール・デコ・デザインで純銀製、高さは160cm以上もある。普段はインディアナポリス・モーター・スピードウェイ内にある博物館に展示され、インディー500の予選、レースの時にピット・ロード、そしてヴィクトリー・レーンへと運び出されてくる。インディー500ウィナーに贈られるのは、小型のレプリカだ。そちらも純銀製。ただし、ウィナーはその巨大なトロフィーに顔の彫像を貼り付けてもらう栄誉に浴する。自分の顔が歴史的なトロフィーの一部となり、勝利を永遠に記憶され、讃えられるわけだ。1911年に始まった世界で最も長い歴史を誇るレースだけに、今やトロフィーには100個以上の顔が並んでいる。実にユニークで、歴史的価値も大きなトロフィーと言える。
2017年インディー500優勝時の肖像(左・石膏像)と今年の像、二つの肖像に囲まれる本人、佐藤琢磨。両手中指にはそれぞれの都市のウイナーズリングが(タイトル写真)
ヴェールを取った今年の肖像を前にする佐藤琢磨と、見守る製作者ベーレーンズ氏
第104回インディー500で優勝したのは、佐藤琢磨。彼はボーグ・ウォーナー・トロフィーにふたつめの顔を付けてもらうこととなった。その彫像は、1990年から著名な芸術家のウィリアム・ベーレンズ氏が製作してきている。インディー500で優勝した翌日、ウィナーはグルッと360度、頭部の写真を何パターンか撮影され、ベーレンズ氏がそれらを基に、まずは粘土で1分の1スケールの顔を作り上げる。そこへウィナー自身が乗り込み、細部の調整が行われる。より良い彫像を作るために2015年からこの方式が採用され、ノース・キャロライナ州のトライオンという小さな街のアトリエを訪れるのは、ウィナーにとっての新しい伝統となった。
栄えあるアトリエ訪問。その2回目を行なう初めてのドライヴァーとなったのが琢磨だ。10月7日、彼はアトリエに現れ、ベーレンズ氏がヴェールを外した粘土製の顔と対面し、歓声を上げた。3年前よりもダイナミックで、エネルギッシュな顔となっていた。
「凄い。本当に精巧に、そっくりにできていますね。とても嬉しい。ハッピーです。鏡やテレビで自分の顔を見ることはあっても、こうして三次元の自分を見ることってないから、何か不思議な感じがします」と琢磨は第一印象を語り、「史上初の8月開催、そして、同じく史上初めての無観客でのレースと、今年は何もかもが特別でした。そういう年に優勝できましたことはとても嬉しいし、光栄なことでもあります。そして何より、こうした年にレースを開催してもらえたことに感謝しています」と優勝の感激をもう一度噛み締めていた。
2017年は9月初旬の訪問だったが、今年はレースが8月にずれ込んだこともあり、1ヶ月遅れの10月初旬。清々しい秋晴れに恵まれた。森の中に作られたアトリエとベーレンズ邸の庭での1日は和気藹々と、ゆっくりと進んで行った。
「今の時代、3Dプリンターで実物とまったく同じものを作ることが可能ですが、ボーグ・ウォーナー・トロフィーの彫像はこうやって先ずは1分の1でウィルが作って、そこから縮小する手法が取られている。素晴らしいことだと思います。そして、自分が二つ目の顔を作ってもらえることになったことを本当に光栄と感じてます」と琢磨は笑顔を見せた。
こちらが優勝者がもらえる「ベイビー・ボーグ」トロフィー。台座に本物のボーグ・ウォーナー・トロフィーと同じように本人の顔がしつらえられる。こちらも純銀製!
今年、ボーグ・ウォーナーは”ベイビー・ボーグ”の台座のデザイン変更を行なうことになった。その知らせを夏にもらったベーレンズ氏は、早速試作品の作ったのだが、その丸く、これまでのものより背の高い台座に貼り付けられた顔は琢磨のものだった。ファン・パブロ・モントーヤ、アレクサンダー・ロッシ、ウィル・パワー、琢磨、そしてシモン・パジェノーという5人の中から、なぜか琢磨が選ばれた。アメリカ人のロッシではなく、日本人の琢磨が選ばれたのは驚きですらある。ベーレンズ氏は彼の勝利を予感していた?
「何の気なしに手にしたのが琢磨の顔だった」と彼は話していたが……。
インディー500での最多勝は4勝で、これまでに3人が記録している。3勝しているドライヴァーは7人。104回の半数近くを複数回優勝ドライヴァーが制してきている。勝つのが至難と言われるレースだが、一度優勝を経験した者にとっては、優勝を重ねる可能性が高いと歴史が証明している。新しいベイビー・ボーグの台座用にベーレンズ氏が琢磨の顔を何気なくピックアップしたのは、彼が秘めた可能性の大きさを心のどこかで意識しているからではないだろうか。
以上