ジャック・アマノの”アメリカNOW" 「ストックカー・レース、黒人ドライバー、南軍の旗」
6月の第3週、アラバマ州タラデガでストック・カー・レースを開催中に、シリーズ唯一の黒人ドライヴァー=ダレル・ウォレスJr.のガレージで”首縄”が見つかり、全米が大騒ぎになった。このニュースは日本でも流れたほどだった。奴隷制のあったアメリカでは、白人が黒人を木の枝にぶら下げてリンチ殺害(私刑)する事件が多発したため、首縄は人種差別の象徴と見なされている。シリーズ主催者のNASCARは、すぐさまFBIを現場に呼んだ。
アメリカのレース誌”レーサー”のサイトに載った記事。”ウォレスのタラデガのガレージで見つかった首縄をNASCARが調査”。ダレル・バッバ・ウォレスJr.はストック・カー最高峰シリーズにレギュラー参戦する唯一のドライヴァーだ
調査の結果、縄はガレージのシャッターを引き下ろすためのもので、首縄のように見える結び方になっていただけと判明した。「ウォレスJr.がヘイト・クライムの標的になっているのではない」とFBI。勘違いによる大騒ぎという拍子抜けする結末は、日本で報道されなかったと思う。他のチームのメカニックが、「去年からその結び方になったロープが、そのガレージにはあった」と証言したという話。今年たまたまウォレスJr.のチームがそのガレージを割り当てられただけ、というのが真相のようだ。しかし、「犯人を見つけたら永久追放だ!」などと社長自らが出てきて大騒ぎをしてしまったNASCARは、その恥ずかしさを隠すためなのか、”首縄は本物で、今週末にあのガレージに設置された”とFBIとは違う独自の見解を発表、「調査は今後も続けて行く」というコメントまで出した。
この話には前振りがある。その最初が5月末の”ジョージ・フロイド氏殺害事件”。ミネソタ州ミネアポリスの白人警察官が、黒人市民のフロイド氏の首に7分以上も乗っかり続けて殺害。全米で黒人差別や警察の行き過ぎた行為に反対するデモが巻き起こった。それに続けて、NASCARの南部連合旗禁止があった。機を見るに敏なNASCARは、黒人差別に対する反対運動が大きく盛り上がっているタイミングで、これまでずっと許してきていた南軍の旗をサーキットで掲げることを全面的に禁止にすることを発表したのだった。
世間の反応は、「いつでも正しいことをするのは良いこと」、「まだ禁止になってなかったことが驚き」、「そうする度胸がNASCARにあったか!」などが見られた。アメリカでのNASCARやNASCARファンに対する認識は、今も黒人差別が残っているというものだと確認できた。「政治を持ち込むな」、「これに跪き(NFLのニーリング)もやったら、もうNASCARとはおさらば」などと南軍旗の排除に怒りを表す人々もいた。
NASCARの南部連合旗掲揚禁止は、ワシントン・ポスト、ニュー・ヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナルなどのメジャー紙でも記事になった。写真はローリングストーン誌のサイト
土曜日の夜のフォックス・ニュースには、「何もなかったところに騒ぎを作り出したのは、左翼とその宣伝係を務めるメディアだ」とアラバマでの一件に対して怒りをぶちまけている番組があった。なぜ攻撃がそちらに向かうのか……理解不能。大騒ぎにしたのはNASCARだったはずだが。
NASCARはこれを話題作りに利用した……という見方もある。ちょっと穿ち過ぎとも思うが、だったとしたら、それは大成功だった。テレビや新聞など、全米のメディアがかなり報じたので。メディアへの露出は、それが悪い意味のものであったとしても、最終的に知名度、認知度を上げる効果がある。3月からスポーツがストップしている中、NASCARは5月半ばにレース・シリーズ再開に踏み切った。「プロ・スポーツの先頭を切る!」という目標に並々ならぬ意欲を見せ、見事にそれを実現させた。視聴率は非常事態宣言が出される前の3月に行ったレースの38パーセント・アップと彼らを喜ばせるに十分な高さとなった。そこにもう一押し……をNASCARは狙ったのだろうか?
アメリカの人種差別は根深く、それが無くなるまでにはまだまだ長い時間がかかりそうだ。しかし、差別が存在することに対する認識は強くあって、差別を無くそう真剣に考える人たち、実際に運動をする人たちがたくさんいる。5月末からのブラック・ライヴズ・マターの運動はアメリカの人々の意識に、かつてないほど広く、深く浸透して行っているように見えている。
以上
第3回6月28日 終了