肋骨

「歴史上最大の誤訳  -女は男の肋骨からつくられた-」|京都大学特任教授 資源・環境ジャーナリスト  谷口 正次氏 より

調べていくうちに、へブライ語で書かれた旧約聖書の内容には、紀元前3,500年頃から約1,000年続いたメソポタミアのシュメール文明時代の神話・伝説の残響がみられるということがわかりました。これは、創世記がシュメール語からヘブライ語に翻訳されてつくられている部分が多いということを意味します。
シュメール語で書かれたメソポタミアの世界最古の物語、ギルガメシュ叙事詩の中には、創世紀にあるノアの箱舟の大洪水と同じような話があるのです。
創世記に書かれている“肋骨の女”に相当するシュメール語は、その音価で“Nin-Ti ”といいます。“Nin”は女性を意味します。そして“Ti ”にはいろいろの意味があるなかで、ヘブライ語の語り手は、Ti を‘肋骨’と訳してしまったのが間違いのもとです。
結論から言うと、‘肋骨’の女ではなく、「“命あるものの母としての”女性」と訳すべきであったと私は考えます。
シュメール・アッカド語対仏辞典 によると、Ti には異なったいくつかの意味があるのです。身体あるいは構造体の一部を表すときには、“肋骨”あるいは“船の竜骨”などを意味します。しかし同時に、“生命ある”、“生きる”、“癒す”、という意味もあるのです。
したがってヘブライ語の語り手は、“生命ある”の方を使うべきであったわけで、Ti に肋骨という意味があったからといって、アダムの肋骨をとってイヴをつくったと言わなくてもよさそうなものです。
ちなみに、Ti を二つ並べてTi-Ti とすると、乳房、豊かな胸、Ti-AMATは海という意味になります。いずれにせよ、Nin-Tiは“生命あるものの母としての女性”と訳す方が自然です。
しかし、“生きとし生けるものすべての母”と訳すと、母なる大地、豊穣の女神、地母神崇拝、水神、天候を司る神など多神教につながり、ヘブライの一神教の世界では都合が悪いので、あえて肋骨の女と訳したのかもしれません。

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