サッカー構造戦記GOAT(破壊) 第11話
第11話: 勝つためのサッカー
2016年7月17日 東京都内のサッカーグランド 昼間 快晴
N:札幌アンビシャス高校と一番星高校が激突した同じ日、栄光中学はNFA (日本サッカー連盟)U-15女子リーグ2016の関東1部で戦いを繰り広げていた。
上りきった太陽が容赦なく照りつけ、熱を吸い込んだアスファルトが揺らめいている。
漆黒のベンツのステーションワゴンは、灼熱の光を鈍く反射しながら、まるでその熱を鎮めるかのように滑らかに走り、東京都内のサッカーグラウンド横の駐車場に静かに停まった。
車の左座席から颯爽と降り立ったのは上倉。中学校教師には不釣り合いな高級車だ。彼は黒いジャージに黒いポロシャツを合わせ、日に焼けた肌に映える真っ黒なサングラスが眩く輝いている。
その姿は、教師というよりまるでモデルのように洗練されている。栄光中学の選手たちは、上倉の到着に気づくと、素早く集まり、整然と体育座りをして彼の前に並んだ。
上倉は静かに口を開いた。
「今日は、お前らも知っての通り、首位攻防戦! 勝てばリーグ優勝が決まる」
選手たちは、張り詰めた緊張感の中で、上倉の言葉を一瞬たりとも逃さぬよう、真剣なまなざしを向けている。
上倉は、穏やかながらも力強く言葉を紡ぎ出した。
上倉「サッカーは勝たなければ意味がない。試合内容がどれほど良くても、負ければすべてが無だ。勝利こそが、このゲームの唯一の目的だ。今日、俺たちは必ず優勝を勝ち取る!」
その声が低く響き、選手たちの心に深く刻みこまれた。
選手たちは一斉に「はいっ!」
と応え、緊張感が一層高まった。
上倉は続けた。
上倉「この世の中、結果がすべてだ。サッカーも、お前たちの人生も同じだ。勝者になることが、何よりも重要なんだ。勝てなければ、誰もお前たちを評価しない。幸せな未来も遠い夢となる。勝利をつかむことで初めて、すべてが意味を持つんだ」
彼の言葉は、選手たちの心に勝利への渇望を強く植え付けた。
上倉はサングラスを外し、それをポロシャツの左ポケットに差し込むと、選手一人ひとりの目を見据えた。
上倉は声に熱を込めた。
上倉「お前たちがこれまで注いできた努力も、勝ってこそ初めて報われる。その努力が報われるまで、戦い続けろ、進み続けろ! 今日、俺たちは勝つためにここにいるんだ!」
選手たちはその言葉に応え、一斉に「はいっ!」と力強く声を合わせた。
上倉の言葉には揺るぎない確信と情熱が込められており、選手たちの心に火をつけた。彼の目には、勝利への強い信念が映し出されていた。
上倉の秘策:
1人の選手が大きなホワイトボードを持ち、それが選手に見えるように上倉の右横に立った。上倉はその選手の身体の半分ほどはあるホワイトボードを使って説明を始めた。
上倉「いいか、ボールを奪ったら、相手左サイドバック(SB)の背後にボールを蹴り込め。あえて左SBにそのボールを追わせろ。左SBがボールを保持した瞬間に3、4人でプレッシャーをかけて、一気にボールを奪い〈カウンターアタック〉を仕掛けろ。チャンスはそう何度もないぞ。必ず一回で仕留めろ!」
上倉の言葉には緊迫感が漂い、選手たちは必ず任務を遂行する強い決意がみなぎっていた。
上倉「必ず先に点を取る、あとはいつものだ。いいな。今日で優勝を決めるんだ。死ぬ気で戦え!」 上倉は強く檄を飛ばした。
選手たち「はいっ!」
全員が一斉に立ち上がり、気迫を込めてウォーミングアップへと走り出した。
上倉は、キャプテンの吉田を呼び止め、声をひそめて話し出した。
上倉「相手の10番だ」
吉田「はい、わかりました」
彼女は表情を変えることなく、しっかりとした口調で応え、任務を遂行する強い意志を示した。
上倉はわかっているなという密かな笑みを浮かべた。
NFA U15女子サッカーリーグ2016 関東1部
第12節 栄光中学 対 浦安ヴァルキリーズFC
ピィ ピィーッ(主審の笛の音)
主審が試合開始の笛を軽快に吹き鳴らした。 試合は浦安ヴァルキリーズFC(以下ヴァルキリーズ)のキックオフでスタート。
栄光中学は5-3-2の守備配置を採用し、ヴァルキリーズは4-2-3-1の攻撃配置だった。
チームミーティングで上倉から指示を受けた6番のキャプテン、吉田が、ヴァルキリーズのトップ下の10番をマンツーマンマークした。
試合が進む中、ヴァルキリーズ10番は吉田の執拗なマークを振り切り、センターサークル内でボールを受ける。
そこに吉田が彼女の背後から猛然とスライディングタックルを仕掛けた。
吉田のスパイクがヴァルキリーズ10番の右ふくらはぎに激しく当たり、彼女はグランドに叩きつけられるように倒れ、激痛に顔を歪めた。
吉田は素早く立ち上がり、ヴァルキリーズ 10番のもとへ駆け寄った。
吉田「ごめんね。故意じゃないから」
と、痛みでうずくまっているヴァルキリーズ10番にすぐに謝罪した。
審判が血相を変えて走ってきた。
吉田「足が滑ってしまって....すみませんでした。故意じゃありません」
と申し訳なさそうな顔で懇願した。
ヴァルキリーズ監督がすぐさまベンチから立ち上がり、主審に向かって激しく抗議した。
ヴァルキリーズ監督「今のはレッドだろっ! あんな後ろからのタックル、一発レッドだって!」
第4審判がすぐにヴァルキリーズ監督に駆け寄り、両手を広げて監督をなだめようとする。
ヴァルキリーズ監督「今のはレッド以外ないだろ! うちのエースになんてことを」
と、第4審判に食い下がった。
観客もざわつき始め、グランド全体に緊張が走った。
ヴァルキリーズ監督は両手を広げ大きなため息をつき、上倉を睨みつけた。彼は、栄光中学のベンチの方に歩み寄り、大声で抗議した。
ヴァルキリーズ監督「おい、上倉さん、あんたあんな指導してんの? 恥ずかしいと思わないの? 正々堂々と戦えよ!」
上倉はゆっくりと視線をヴァルキリーズ監督に移し、落ち着いた声で返答した。
上倉「何を言ってられるんですか? これはサッカーですよ。ファールも起こり得るものです。しかも、あれは故意ではなく、不可抗力です」
ヴァルキリーズ監督は呆れたようなに左右に首を振り、担架で運ばれてくるヴァルキリーズ10番を心配そうに見つめた。
ヴァルキリーズの保護者やファンたちも動揺を隠せず、グランド全体に緊迫感が漂っていた。
上倉は立ち上がり、水を飲んでいた選手たちを集め、熱のこもった声で檄を飛ばした。
上倉「試合はまだ始まったばかりだ。集中を高めていけ!」
上倉は吉田とアイコンタクトを取り、小さく頷いた。
一方、ヴァルキリーズ監督は、激痛に顔を歪める10番に声をかけた。
ヴァルキリーズ監督「大丈夫か? 痛かったろ? どこが痛む?」
10番「右のふくらはぎ…すごく痛いです」
監督は10番の手当をしていたトレーナーに顔を向けた。
ヴァルキリーズ監督「できそうか?」
トレーナーはため息をつきながら、ヴァルキリーズ監督を見つめた。
治療が終わったヴァルキリーズ10番は青ざめた顔で右脚を引きづりながら、グランドに戻ってきた。
吉田が再び10番にマンツーマンマークを開始した。
しかし、10番は先ほどのプレーで意気消沈しているのか、脚の痛みのせいか、ペナルティエリア手前でほとんど動かなくなり、吉田は苦もなくマークすることができた。
エースである10番が機能しないため、ヴァルキリーズはボールをただ横につなぐだけになり、攻撃の形を作ることができなかった。
それでもなんとかこの局面を打開しようと、ヴァルキリーズの左センターバック(CB)から、ペナルティエリア手前にいるヴァルキリーズ10番に強引にパスを入れてきたが、そのパスを簡単に吉田がインターセプトした。
彼女は瞬時に相手左サイドバック(SB)の背後にロングボールを蹴り込んだ。
その瞬間、栄光中学は素早くDFラインを押し上げ、右ウイングバック(WGB)、右MF、2トップ(右FWと左FW)がボールを保持した相手左SBに4人でプレッシャーをかけた。
驚いた相手左SBは、パスコースを探しながら焦り、苦し紛れにゴールキーパー(GK)へバックパス。そのボールを狙っていた右フォワード(FW)が素早くインターセプトし、ショートカウンターを仕掛けた。
右FWはそのままペナルエリア右角からコンドゥクシオン(スペースへ運ぶドリブル)で一気にペナルティエリア内に侵入し、GKと1対1の状況を作り出した。相手CBの対応が遅れ、誰もいないゴール前には栄光中学の左FWが1人待っていた。
右FWは右足のインサイドキックでグラウンダーの正確なパスを左FWへ通した。パスを受けた左FWは冷静にボールをトラップし、無人のゴールに右足のインサイドキックで軽く流し込んだ。
ネットが揺れると、グランド全体が歓声に包まれた。
栄光中学の選手たちはGKまで走ってきて、全員で抱き合ってゴールを喜んだ。選手たちはベンチに駆け寄り、控え選手とハイタッチをして、グランドの雰囲気は一気に栄光中学ムードに湧き上がった。
試合開始10分のゴールだった。
上倉は冷静な表情を崩すことなく、ベンチに座っていた。静かに試合の次の展開を考えているかのようだった。
一方、ヴァルキリーズ監督は近くにあったペットボトルを力任せに地面に投げつけた。彼の顔には失望と苛立ちが色濃く浮かび、試合の流れに対する焦りが伝わってきた。
試合は栄光中学の狙い通りに進んでいた。先制点を奪った栄光中学は、自陣ペナルティエリア前にDFラインを引き、5-3-2のコンパクトな守備ブロックを形成。
全員が守りに徹し、相手にゴール前のスペースを一切与えないゾーンディフェンスを展開していた。
まさに「ペナルティエリア前にバスを止める」と言われるアンチフットボール的守備戦術で、ヴァルキリーズの攻撃を封じ込めていた。
* * *
※バスを停める(パーク・ザ・バス):
パーク・ザ・バスとは自陣ゴール前に多くの選手を配置することで失点を抑え、手堅く勝利することや引き分けるための戦術であり、堅守を徹底する戦術である。ゴール前に頑丈なバスを置く事に類似していることが名前の由来。サッカー有識者からは批判されることがあるが、パーク・ザ・バスは非常に勝率が良く、効率的な戦術である。
ジョゼ・モウリーニョが2004年から2007年までの間にチェルシーFCを指揮していた時に使用していた戦術であり、その時期にパーク・ザ・バスと呼ばれるようになった。
* * *
ヴァルキリーズはゴール前にパスを通せず、外側でボールを回すばかりで決定的なチャンスを作り出せない展開が続いた。
栄光中学の狙いはただ一つ、〈カウンターアタック〉だった。
自陣深くに守備を固め、相手が外からクロスを上げてきても、栄光中学が誇る屈強な3CBが確実に跳ね返した。
ヴァルキリーズの10番は、足を引きずりながら必死にプレーを続けていたが、その痛みのせいでほとんどボールに触れることができず、吉田にとってマークする必要さえないほど無力だった。
攻撃の起点を失ったヴァルキリーズは、ただ横にボールをつなぐばかりで、決定的なチャンスを作れないまま時間だけが過ぎていった。
審判のホイッスルが鳴り響き、前半が終了。
栄光中学の選手たちはベンチに戻るなり、すぐに水分補給を終え、無言で整然と体育座りし、上倉の指示を待った。上倉はゆっくりとペットボトルの水を飲み、喉を潤してから、低く、落ち着いた声で口を開いた。
「後半最初の20分、前半と同じ戦略だ。守りを固めて、カウンターで必ずもう1点を狙う。20分を過ぎたら-----破壊にかかるぞ。残り5分になったらいつものだ。やること、わかってるな?」
選手たちは緊張感に満ちた表情で「はいっ!」と力強く応えた。
上倉は選手たちにもう一度確認するように、気合を込めて声を張り上げた。
上倉「いいか! この試合は絶対に負けられない。勝たねばならない試合だ。それを心に刻んでおけ。おそらく相手の10番はもうプレーできないだろう。しかし、審判が最後の笛を鳴らすまで、死に物狂いで戦い続けるんだ! よし、行け! 優勝を勝ち取る時だ!」
選手たちは全員、一斉に「はいっ!」と力強く応え、闘志を燃やしてグラウンドへと戻って行った。
上倉は、グラウンドに向かおうとするキャプテンの吉田を呼び止めた。
上倉「吉田!」
吉田はすぐに振り返り、上倉の前、1メートルほどの距離に近づき正対して立った。
上倉「もし10番が後半に出てこなかったら、いつものゾーンディフェンスで中央を守り、ミドルシュートを打たせないように気をつけろ。マンツーマンマークは終わりだ。分かったな?」
吉田「はい!」
彼女は上倉の目をしっかりと見つめ、大きな声で返事をした。
後半開始!
後半が栄光中学のキックオフで始まった。
栄光中学はすぐにハーフラインから相手ゴールにシュートを放ったが、ヴァルキリーズのGKがそのボールを難なくキャッチ。
これを見た栄光中学のDF陣は、自陣のペナルティエリア手前まで一気に後退し、前半と同じく5-3-2のコンパクトな守備ブロックを再び構築した。
ヴァルキリーズのベンチでは、10番が涙を流しながら肩を震わせていた。チームメートたちは彼女を慰めようとハグしていた。
一方、上倉は静かにその光景を目にし、表情を変えることなく視線を吉田に向けた。吉田と目が合うと、上倉は小さく頷いた。
後半に入っても、ヴァルキリーズはボールを保持しながらも攻めあぐねていた。栄光中学はペナルティエリア手前にバスを停めた守備ブロックから〈カウンターアタック〉を狙う、前半同様の試合の構図となった。
ヴァルキリーズは打開策を見出せないまま時間だけが過ぎていく。
栄光中学も2、3度〈カウンターアタック〉からシュートチャンスを得るが、相手GKの好守などもあり、得点できなかった。
上倉は、こう着状態が続く試合に険しい表情を浮かべながらベンチに座っていたが、日に焼けた左腕の黒いG-SHOCKに目をやると、静かに立ち上がった。
彼は選手たちに向けて人差し指を立て、自陣から相手コートに向けて右腕を大きく右斜め上に何度も振り上げた。
その合図を受けた栄光中学の選手たちは、新たな策に即座に移行した。相手からボールを奪った瞬間、〈カウンターアタック〉をやめ、すぐさま大きくタッチライン際へと蹴り出したのだ。
大きく蹴られたボールはサイドのフェンスを超え、遠くまで飛んでいった。
試合はもう一つの試合球で再開されたが、再び栄光中学の選手がボールを奪うと、またしても遠くへと蹴り出した。
この光景を見たヴァルキリーズ監督は、控え選手たちに指示を出してグランドの周囲に散らばらせ、ボールを拾うよう命じた。怒りの表情で上倉の方を向き、声を荒げた。
ヴァルキリーズ監督「おいおい、汚いプレーをするなっ! そんなことまでして勝ちたいの?」
上倉は、その発言を無視するように眉をひそめ、冷ややかな表情を浮かべた。
栄光中学がボールを奪うと、ひたすらクリアーを繰り返した。ヴァルキリーズの保護者やファンも焦りと苛立ちを隠せず、栄光中学の選手たちに罵声を浴びせた。
ヴァルキリーズの保護者やファン:
「あなたたち、そんなことまでして勝ちたいの?」「審判!なんとかして!」「イエロー出してよ!」「こんなのサッカーじゃない!」「時間稼ぎなんて卑怯な真似をするな!」
と、彼らの不満と憤怒が一斉に爆発し、グランドの雰囲気を一層緊迫させた。
対する栄光中学の保護者やファンも負けじと応戦した。
「ボール回してばっかりで、シュートまで行けないのが悪いんじゃないか!」「審判、こんなヤジに惑わされるなよ!」「悔しかったら点取ってみろ!」「優勝するのは栄光中学だ!」
その場は騒然とした雰囲気に包まれ、グランド全体が対立の声で満ちた。主審は栄光中学のクリアーに対して一切の注意をしなかった。
N:クリアーはサッカーのルール内で行われているプレーであり、その行為に対しては何の違反もない。
異様な雰囲気の中、試合は続けられていた。
試合時間が残り5分になると、上倉は静かに立ち上がり、手のひらを広げ右腕を大きく伸ばし頭上に掲げた。そのジェスチャーは、チームに向けた強いメッセージとなった。
栄光中学の選手たちは上倉の合図を見逃すことなく、互いに顔を見合わせながら「残り5分」と確認し合った。
相手からボールを奪った吉田は迷うことなく、力強くボールを相手コートの右コーナーフラッグに蹴り込んだ。
そのボールに駆け寄ったのは栄光中学の右FWで、彼女は右コーナーアーク付近でボールをしっかりとキープし始めた。
相手の左CBが背後から迫り、必死にボールを奪おうとするが、どうしても触れることができない。
栄光中学の左FW、右WGB、右MF、左MFが連携し、壁のようになって、背後から迫ってくるヴァルキリーズの選手たちをブロックして、右FWからボールを奪うのを阻んだ。
時間が刻一刻と過ぎ、緊張感が高まっていく。
ヴァルキリーズの左CBがなんとかボールを蹴り出し、コーナーキックになった。
栄光中学はショートコーナーを選択し、ボールを保持した右FWの周囲に再び4人の選手が密集した。
栄光中学の5人は巧みにブロックを固め、相手にボールを奪わせないようにしながら、時間稼ぎを徹底的に実行していた。
ヴァルキリーズ監督は時計を見て、焦燥と諦めが交錯したような表情を浮かべた。彼の目は険しく、視線は試合の行く末に焦点を合わせている。
ヴァルキリーズ監督「早くボールを奪い取れ!取ったら相手ゴール前にスペースがあるぞぉ!」
と、彼は怒声を張り上げた。
その叫び声はグランド全体に響き渡り、選手たちに最後の奮起を促した。
しかし、その状態が何度も繰り返され、アディショナルタイムも過ぎていった。緊迫した空気の中、監督の声と選手たちの必死のプレーが重なり合い、観客の興奮も最高潮に達していた。
主審が大きく手を上げ、試合終了の笛を力強く鳴らした。
栄光中学 1対0 浦安ヴァルキリーズFC
栄光中学の選手たちが歓声を上げグランド中央で歓喜の輪ができ、リーグ戦優勝が決まった喜びが一気に爆発した。
ベンチにいた選手たちも一斉にグラウンドに飛び出して歓喜の輪に加わった。彼女たちは抱き合い、涙と笑顔で互いを称え合った。歓喜の声が空に響き渡り、全員が優勝の喜びを全身で感じていた。
上倉はベンチを立ち上がり、満足そうに笑みを浮かべながらヴァルキリーズ監督のもとへ向かった。彼は右手を差し出し、握手を求めた。
ヴァルキリーズ監督は、がっかりとした表情でグラウンドを見つめていた。しかし、上倉が近づいてくるのに気づくと、眉間にシワを寄せて顔を強張らせた。
上倉が差し出した手を、ヴァルキリーズ監督は冷たく右手で払いのけた。二人の間に緊張が走った。
ヴァルキリーズ監督は、声を枯らしながらも低く太い声で
ヴァルキリーズ監督「こんな勝ち方で嬉しいですか?」
と上倉に問い詰めた。彼の視線は怒りと失望が入り混じっていた。
上倉は、その言葉に対して小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべ、一瞬、肩をすくめながら冷ややかな視線を返した。
上倉「嬉しいか?ですか……当然です」 と、平然と言い放ち、続けて
上倉「浦安ヴァルキリーズFCのような強豪を倒して優勝できたのですから」
その声には、確固たる自信と冷徹な皮肉が滲み出ていた。
ヴァルキリーズ監督は声を震わせながら問いかけた。
ヴァルキリーズ監督「あなたのチームはサッカーを破壊している。あの子たちに、ただ勝つためだけの狡猾なサッカーを教えて、将来、彼女たちが本当に良い選手になると思うのか?」
上倉は一瞬口角を上げ、冷たい視線を監督に向けた。
上倉「我々は、サッカーのルールに則ったプレーをしているだけです。負けるためではなく、勝つために。良い選手が貪欲に勝利を目指すからこそ、勝つのです」
ヴァルキリーズ監督は眉間に深いシワを寄せた。
ヴァルキリーズ監督「そうですか……あなたほどのカリスマがあれば、もっと色々な可能性があるはずです。でも、それを理解してもらえないのは残念です」
彼の言葉には、諦めと同時に、どこか哀れみのような響きが含まれていた。
上倉は顔に怒りの色を浮かべ、少し声を熱くした。
上倉「『良いサッカー』と言いますが、良いサッカーがなぜ負けるのですか? 負けてしまえば意味がありません。人生と同じです。勝者でなければ、良い人生など送れない。良いサッカーとは、勝つサッカーのことです。それでは、また試合の時にでも」
上倉の言葉には力強い確信と怒りが込められているように感じさせた。彼はヴァルキリーズ監督に背を向け、足早にその場を去った。
上倉は自分たちのベンチへ戻ろうとしたが、その時、後ろからヴァルキリーズ監督の声が響いた。
ヴァルキリーズ監督「君は勝利に執着し過ぎている。まるで彼女たちは君の奴隷じゃないか! もっと子どもたちにサッカーを楽しませてやれ!」
上倉はその言葉を聞くと、一瞬、足を止め、振り返った。怒りをこめて早歩きでヴァルキリーズ監督の元に戻り、彼の眼前に立ち止まった。
上倉「何が奴隷だ!? 選手たちは勝って、優勝して喜んでいるのです。あなたのチームの選手を見てください。項垂れ、泣いているではありませんか? あなたこそ試合に勝って、選手たちを喜ばせてはいかがですか? 負け犬の遠吠えとはまさにこのことです!」
上倉は激しい言葉を吐き捨てると、冷たくヴァルキリーズ監督に背を向け、ベンチ前で集合している選手たちを引き連れて、グランド脇で恒例のミーティングに向かった。
彼の後ろ姿には、怒りが色濃く映し出されていた。
呆然と立ち尽くしているヴァルキリーズ監督に、チームのコーチが話しかけた。
コーチ「監督! もう行きましょう。あんな人と関わらない方がいいっすよ」
ヴァルキリーズ監督「….」
その試合を、グラウンドのフェンス越しから静かに見つめていた白いポロシャツの男性と、水色の半袖のブラウスを着た茶髪でショートカットの女性。
二人は、言葉を交わすことなく、静かに試合会場を後にした。 その背中には、何かを予感させる深い沈黙が漂っていた。