機械式時計のカラクリ(第3編)
これまで機械式時計の心臓部に焦点を当て、どのようにしてエネルギーが蓄えられ、歯車を介して伝達されるのか(第1編)、そしてどのように1秒ごとに正確に”チクタク”と進むのか(第2編)、お話してきました。もしこれまでの話に付き合っていただけたなら、下の図の動きが少しは馴染み深く感じられるのではないでしょうか。
今回の第3編では、時計の内側ではなく、その外観に目を向けます。人々の目を引きつける「時計の顔」ともいえる文字盤。腕につけていると「お、かっこいいね!」と関心を引いたり、新しい会話のきっかけを作ったりするだけでなく、あなたの人となりやスタイル、考え方を表現するもの。文字盤の機能的な意味合いと情緒的な意味合いの両方を詳しく解説しながら、その魅力に迫りたいと思います。
基本スタイルからの逸脱
時計は時刻を知らせるものが本来の大きな役割。基本は時・分・秒を伝えるものです。これが基本形ですが、これだけ個性ある時計が多く、デザインの幅があるので、この基本スタイルから逸脱した形がたくさんあります。
おそらく読者の皆さんがイメージする、ズバリカッコいい!時計は、ベーシックな機能に加え、機能を拡充したり複雑性を増したものが多いのではないでしょうか。
機械式時計は、貴族限定の工芸品から歴史が始まり、現代に至るまで、パイロット用、ダイバー用、レーシング用など、特定の機能を求められ進化してきたわけですから、色んな表現の仕方、クリエイティブな工芸品としての側面があります。少し抽象的な話もありますが、今日はその基本形から逸脱する3つの大きな方向性をお話し、事例を交えて深堀りしていきましょう!
一つは、"今"を知るための機能。時計は最低条件、何時何分(場合によっては何秒まで)教えてくれる必要があります。ただ我々が言葉にする「今」という概念には他にも、何月何日か、何曜日か、次の満月はいつか、といった情報も含まれます。さらには、今日本にいる私たちが感じている「今」と、遠く離れたアメリカで過ごしている人が感じる「今」とを同時に知りたいとなると、第二の時間が知りたくなりますよね。または、時間を文字盤を通じてではなく、音で知らせてくれる機能も面白そう。このように、腕にのっける小さな機械に"今"という概念の情報の深さを詰め込むのです。
そして二つ目は、"今"以外の情報。せっかく身に着けるので、時間以外にも、あったら便利な情報ってたくさんありますよね。例えば、ストップウォッチ機能や、ゼンマイのエネルギー残量表示(iPhoneのバッテリー残量表示の先祖版カモ?)、指定の時間になったら教えてくれるアラーム機能があると便利。これらは特定のシーンや目的のために作られた、道具としての役割を果たす時計として、俗に「ツールウォッチ」と総称されることもあります。その中に、パイロットやダイバーウォッチなどが含まれるという関係性。このような情報群は"今"以外、または時刻の枠を超えた情報なので、情報の幅と呼びます。
そして最後三つ目。腕時計という小さなキャンバスに色んな情報を詰め込むことができて、情報の深さ(今という概念)と情報の幅(今以外の概念)がどういうものかがわかってきたところで、最後三つ目はその見せ方です。何時何分何秒という、同じ情報をどう見せるか。「時針、分針、秒針で針3本でいいじゃん」と思ってしまいますが、少し味変するだけで時計の個性が変わってきます。ここも時計のデザイン・独創性が出そうなところですよね。「こんな見せ方があったのか!」となるようなデザイン、見ていきましょう!
"今"を知るための情報
本記事ではまずは一つ目をみていきましょう。
先ほどの3つの方向性に含まれる機構は、以下のように色んな種類があります。まずは、”今”を知るための機能に注目していきます。
ビッグデイト(Big Date): ビッグデイトは、通常より大きな窓を通して日付を表示する機能で、一目で日付を読み取りやすくなっています。A. Lange & SöhneのLange 1はこの機能で有名で、ドイツ時計らしい大きな日付が特徴的(正確には「アウトサイズデイト」と言う)
ムーンフェイズ(Moon Phase): ムーンフェイズは、月の満ち欠けをダイヤル上で表示する機能で、神秘的な、ポエム的な美しさを時計に加えます。ジャガー・ルクルトのマスターウルトラスリム ムーンはこの機能を搭載(今回の記事の表紙画像はこれ!)。非常にエレガントですよね
年次カレンダー(Annual Calendar): 年次カレンダーは、年に一度の調整で済むカレンダー機能で、日付、曜日、月を自動で切り替えます(しかし2月を認識していないので、毎年3月1日に手動で合わせる必要)。パテック・フィリップのアニュアルカレンダーはこの機能の先駆けで、精巧な仕上がりが特徴
永久カレンダー(Perpetual Calendar): 永久カレンダーも、日付、曜日、月を表示します。年次との違いは、閏年までを考慮に入れたカレンダー機能なので、”永久に”手で日付を調整しなくてもいい複雑な機構です。故に、「年」表示が文字盤にあります。こちらも、パテック・フィリップが有名
ミニッツリピーター(Minute Repeater): 押しボタンまたはスライダーを操作することで、時間を「音で」知らせてくれる機能です。A. Lange & SöhneのZweitwerkはこの機能を持ち、ケース素材ごとにその豊かな音色を変え、マニアにはたまらない。中に小さなハンマーが左右に入っており、例えば10:36だったら、「時」を示す音が10回、分の音が3回、秒の音が6回鳴ります。ぜひ動画でその音色を聞いて頂きたい
さて、残りも行きますよ!
GMT: ご自身の現地時刻に加えて、グリニッジ標準時(ロンドンのグリニッジ天文台の時間)を第二のタイムゾーンを示す機能です。ロレックスのGMTマスターIIはこの機能を代表するモデルで、第二の時間を示す「GMT針」があり
UTC(協定世界時): 機能としてはGMTと同じ。ただ、第二の時間が世界標準時のUTC。ブライトリングのクロノマット44 GMTはこの機能を搭載し、パイロットや頻繁に国際的な旅をする人々に親しまれている
ワールドタイム(World Time): 世界の主要都市名が、文字盤の周りに表記があり、知りたい国のローカルタイムを知ることができる機能です。パテック・フィリップのワールドタイムウォッチは、その精密な時差表示で高く評価
デュアルタイム(Dual Time): 任意の2つの異なるタイムゾーンを同時に表示する機能です。ウブロのビッグバン ユニコ GMTはこの機能を持ち、革新的な操作性とデザインで注目
おわりに
時計の魅力はその複雑さと、その機能が私たちの生活を豊かにする方法にあります。時計一つをとっても、そこに込められた工夫と技術の進化には、深い敬意を表さずにはいられません。
今日は機械式時計の表示において「基本から逸脱する3つの方向性」のうち、1つ目をみてきました。残りは、次回のブログでさらに深堀りしていきたいと思いますので、どうぞお楽しみに!