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小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第20話

第20話 履歴書・職歴書の極意
天神さんは紙ナプキンに大きく“シンプル”と書いて丸をつけた。そして下に履歴書は減点方式と書いた。
「シンプルと減点方式?」
僕は紙ナプキンに書かれた文字を読みながら聞いた。
「履歴書は減点方式です。特に見られるのは学歴、職歴に違和感が無いかです。留年を何度も繰り返している、短期での離職がないかなどを確認しています」
「なぜその部分が見られるのですか?実力があって複数の会社にステップアップをしている場合もありますよね」
天神さんは追加で頼んだモンブランケーキを一口食べる。
「1人採用するのに数百万円の費用がかかります。それだけではなく入社後も教育、給与等で費用がかかります。これは会社の人材への投資です。これだけ膨大な金額と労力を投資するのにすぐ辞められたらどうでしょうか?」
「かなりの痛手です」
「例えステップアップで複数社を短期で経験している人材でも投資が難しいでしょう。それ以外の短期離職経験も同じです。長く勤めてもらえるか?これは採用時の視点の1つです」
僕の職歴は転職回数が少ない。自信が出た。
「履歴書は目次のようなモノです。余計な文言はいりません」
天神さんは僕の履歴書の職歴欄を指さした。職歴欄には会社名と簡単な仕事内容が書かれている。わかりやすいように僕が記載した内容だ。
「この職務経歴欄は会社名以外書かないで下さい。他は削除しておいてください」
「はい…」
僕は力なくうなづいた。
「写真はさっき撮影したモノを使用して下さい。そして次は職務経歴書です」
天神さんは職務経歴書を手元に引き寄せ読み始めた。嫌な沈黙時間が流れる。僕はコーヒーを一口飲む。
「どの会社を受けるか決めましたか?」
天神さんは職務経歴書から目を離し僕の目を見た。
「だいたいは決まっています」
大手IT企業が頭に浮かんだ。
「明確な応募先が決まらない限り、職務経歴書を完成させることはできません。荒田さんの興味・関心がある業界はどこですか」
天神さんはメモ帳を取り出した。
「そうですね、やっぱり今関わっているIT業界と文房具、医療・介護業界でしょうか」
「医療・介護業界にも興味があるのですね」
「フェアでたまたま話を聞く機会があって興味を持ちました」
天神さんは僕の話をノートに書きつける。
「荒田さんの強みは何でしょうか?」
「強みはわかりやすい説明、面倒見が良い、素直、優しいとのことでした」
自分の強みを言うのは中々恥ずかしかったが、天神さんは特に気にすることも無くノートに記入を続けていた。
「仕事の棚卸しと人生折れ線グラフを書いたと思いますが、その中で成果を出せたのはどのような環境下でしたか」
僕は仕事の棚卸しと人生折れ線グラフを見る。
「ある程度自由が利く状態で、人と信頼関係を作れる状態の時に成果が出ています」
天神さんはモンブランの最後の一口を食べた。
「これで材料が揃いました。興味・関心がある業界、強み、活躍できる環境。これらの条件が当てはまる会社はありましたか?」
フェアに行った後もIndeedで会社を調べたりしたがしっくり来るものは無かった。今頭に浮かぶのはフェアで会社説明会のあったIT企業大手のY社法人営業だ。
「今思い浮かぶのはフェアで会社説明を聞いたY社です」
天神さんは少し考えるような素振りを見せた。
「なるほどY社ですね」
少し懸念があるような言い方が少し気になった。
「それではY社を応募先としましょう。応募先が決まって始めて職務経歴書の作成がスタートします。応募先企業のニーズに応える内容を書く。これが職務経歴書で一番重要なことです」
「少し盛って書くとゆうことですか?」
天神さんは顔をグイッと近づけて言った。
「違います。能力や成果に関して自分が言いたいことではなく、相手が求めることを書くと言うことです」
天神さんの整った顔が近くに来て僕はドギマギした。柑橘系の香りがした。
「なるほど」
「今回応募をしたいY社の求人内容、採用HP、会社HPを確認して下さい。その内容から求められている人物・スキルを明確にしてください」
僕は携帯を取り出し求人内容、採用HP、会社HPを調べた。
「求人内容、採用と会社HP見つけることができました」
僕は携帯を天神さんに差し出した。天神さんは携帯を受け取らず
「人事担当者は採用活動を始める前にターゲットを決めます。私達も同じようにY社が描いているターゲットを予想して作ります」
天神さんは紙を取り出した。その紙にはターゲットと上に大きく記載をしてあり下には4つの枠が書いてあった。4つの枠の上には【年齢・性別】【必要条件/歓迎条件(機能)】【必要条件/歓迎条件(情緒)】【NG条件】と文字が記載してあった。
「この条件の横に記載のある機能、情緒とはどういうことでしょうか」
「機能とはルート営業経験、簿記資格など仕事上必要になるスキルとなります。一方で情緒は素直さ、真面目、挑戦心など性格となります」
天神さんはY社の求人票に目を移した。
「この求人のターゲットは20代〜30代前半、性別の縛りは無いと見ていいでしょう。荒田さんはこの枠に入っています」
僕はその話を聞いてホッとした。
「機能はルート営業経験、ITに関する知識ですね」
「ITに関する知識は少しありますがルート営業経験はありません」
少し見えていた希望の光が小さくなっていた。
「直接的に求められる経験を持っていなくても大丈夫です。人事担当者がルート営業として活躍できる人材だと認識させることができれば良いだけです」
「どういうことですか?」
僕は少し混乱した。
「ルート営業に必要なことは顧客との信頼関係構築です。その能力を示せるエピソードを職歴に書いていきましょう」
顧客との信頼関係…僕は仕事での場面を思い浮かべた。
「そして職務経歴書は数字を使って書いてください。強みやエピソードを書くときはPREP法と物語の形で必ず記載します」
僕は急に出る天神さんの説明についていこうと必死にメモを取った。
「プレップ法と物語の形とは何ですか?」
「結論、理由、具体例、結論の順番で文書を組み立てて下さい。そして具体例は目標達成のためぶつかった壁とその壁を乗り越えた方法、そしてその経験で得た能力を記載します」
天神さんはレモンソーダを一気に飲んで立ち上がった。
「履歴書と職務経歴書が書き直せたらデータで送って下さい。提出が早ければ早いほど採用確率は高まります」
天神さんは颯爽と喫茶店から出て行った。
僕はノートに天神さんから教えて貰ったことを書いている途中だった。


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